第31話 相手として不足なし


 まさかここで王女様と再会するとは思わなかった。先程の微妙な空気もあり、若干の気まずさを感じながら彼女に近付く。王女様は私に気が付くと、大きく目を見開いて驚きながら私の名前を呟いた。


「……レリオーズ嬢」


「先程ぶりです……」


 しっかりと頭を下げて挨拶を済ませる。再開した場所はまだ待機場所なので、人目は少なくギデオン様からも見えなかった。


「まさか……レリオーズ嬢が飛び入り参加の方かしら」


「はい、よろしくお願いします」


「そうだったのね」


 私とティアラを交互に見ながら、どこか納得しているようだった。

王女様が、他の走者はまだ準備中で、もう少ししたら来るということを教えてくれた。


「……レリオーズ嬢。先程は申し訳なかったわ」


「えっ」


 何か会話をしようと考えていた矢先、王女様が突然の謝罪と共に軽く頭を下げた。


「貴女とアーヴィング公爵の時間を邪魔してしまって。ごめんなさい」


「い、いえ。何も説明しなかった私にも非がありますので」


「いいえ。説明するようなタイミングはなかったもの。戸惑うのも当然よ」


 これは完全に自分が悪いのだと言い切る王女様に、私はそれ以上言葉を重ねるのをやめた。謝罪を受け取らなくてはいけない状況になってしまったので、ぎこちなくなりながら頷いた。


 話に区切りがつき、沈黙が流れたかと思えば王女様は唐突に話題を振った。


「ねぇ、レリオーズ嬢。貴女はどれだけアーヴィング公爵のことが好きなの?」


「……え?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので、驚きのあまり間の抜けた声が漏れてしまう。


(好きって……あの好き、だよね? 恋愛面で好意的に見ているかどうかっていう)


 あまりにも王女様がさらりと聞くものだから、聞き間違いではなかったか自分の認識と合っているのか不安を抱いた。


「わたくしは好きよ。アーヴィング公爵のこと、お慕いしているの」


 私が悩んでいる間に、王女様は自分の答えをハッキリと告げた。薄々先程のやり取りでの表情で気が付いてはいたが、明言されるとまた感じ方が変わってくる。


(そうか……好き、なのか)


 だからと言って私には何もできないと思っていれば、王女様は真剣な眼差しでこちらを見つめた。


「レリオーズ嬢。貴女とアーヴィング公爵が今交流を重ねている段階だとは重々承知しているわ。……それでも、私にチャンスをもらえないかしら」


「チャンス……ですか?」


「えぇ。もちろん、ただでとは言わないわ。……そうね。このレースで私が勝てたら、私にもアーヴィング公爵と話すことを許してほしいのだけど。……駄目かしら」


 王女様の声色と目線からは、かなり本気で言っているのだろうという様子が伺えた。


(私に言わずにギデオン様と話すことだってできるのに……王女様は、自分があまり好まれないことをしている自覚があるからこそ、こういう提案をするんだろうな)



 ある意味筋を通そうとしているのだろう。そういう姿は嫌いじゃなかった。


(王女様なら、権力使って奪うことだってできるだろうに。……それをしない上に勝負を持ちかけるのは、私の好みだな)


 ニッと心の中で笑みを浮かべると、私は王女様が向けてくれたような真っすぐな眼差しを返した。


「わかりました。お受けいたします」


「……ありがとう。それではまた、レース場で会いましょう。先に行っているわ」


「はい」


 王女様は馬術発祥の国出身だと言っていた。そう考えると、走るのもかなり早いことだろう。相手にとって不足なし、とはまさにこのことだと思う。


(ギデオン様に聞かずに決めちゃったな……でも、王女様から話す分にはいいのか)


 ふとギデオン様と王女様が話す姿を想像した。きっと高位な方同士、話が合う可能性が高い。


(楽しそうに話すのか………………それはなんか嫌だな)


 ギデオン様が他の誰かと楽しそうに話すことに、何故かもやっとしてしまった。今更話をなかったことにはできないが、好意が明確な王女様がギデオン様に近付くことへ不安を覚えた。


(いや……勝てばいいだけだな)


 どうしようもできない訳ではない。王女様が出した条件は、私に走りで勝ったらということ。


(今気づいたけど……王女様は勝つつもりで提案したんだろうな)


 自分の走りに自信があるからこそ、あってないような条件を出したのかもしれない。


「走りに自信があるのは私だって同じだ……!」


 私はティアラの方を見上げると、手綱を持っていない方の手で拳を作って掲げた。


「ティアラ、絶対勝つぞ! この勝負、負けられない……!!」


 熱意が伝わったのか、ティアラはブルッと返事をしてくれた。それが嬉しくて、自然と口角が上がる。勝てるかどうかの不安がない訳ではないが、私は自分とティアラの走りが最高だと知っている。


「ティアラ、行こう!」


 気合いを入れると、私はレース場の方へ向かうのだった。


▽▼▽▼


 次回更新は明後日になります。毎日更新が滞ってしまい大変申し訳ございません。よろしくお願いします。

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