第6話 衝撃的な出会い(ギデオン視点)
生まれつき目付きが悪かった。
どうやら自分の顔は人を怖がらせるようで、よく人からは恐れられてきた。
新しく使用人を雇えば、圧のある俺を恐れて自ら辞表を出して去っていき、令嬢方は寄り付かない始末。そのため見合いも上手くいったことはなく、婚約を申し込まれることもなかった。
いつの間にかアーヴィング公爵は冷酷な公爵だという噂を広められて、俺にはどうすることもできなくなっていた。
(……火消しの仕方もわからない)
誰かと話したくても基本的にこの顔のせいで避けられてしまう。おまけに公爵となると、余計に近寄りがたいのだろう。遠巻きにされることもあって、社交界は基本的に苦手だった。
今回の王家主催のパーティーも同じだ。デビュタントがメインならば、俺が顔を出す必要はないのに、親しくしている第一王子であるヒューバート殿下が顔を見せろとうるさいので、参加せざるを得なかった。
殿下への挨拶だけ済ませてすぐに帰ろうと急いでいれば、美しい赤い髪が視界に入った。あんなにも綺麗な赤髪がいるのかと見とれていれば、令嬢と目が合った。
あぁ、また怖がられて逃げられるのか。そう勝手に落ち込もうとしたが、令嬢は違った。こちらを真っすぐに見つめ返してくれたのだ。
……誰かに真っすぐ見られるのはいつ以来だろうか。
その視線が純粋に嬉しくて、目に力が入ってしまう。恐れている様子など一切なく、じっとこちらを見てくれる眼差しは、新鮮で温かいものだった。
隣にいた令嬢に話しかけられるとすぐに目を逸らされてしまったが、見つめ返してくれるだけで十分だった。
初めての出来事に気持ちが揺れ動いていた。感傷に浸る暇もなく、背後から名前を呼ばれる。
「ギデオン、ここにいたか」
「殿下」
「ホールはにぎやかだから、奥の個室で話そう」
「はい」
まだ彼女のことを見ていたいという名残惜しさはあったものの、これ以上は相手の邪魔にもなるだろうと切り替えて殿下について行った。
個室に到着すると、向かい合わせで座る。
「ギデオン。社交界に顔を出すのは久しぶりだろう」
「そうですね」
「元気にしていたか?」
「はい。特に変わりありません」
「そうか」
ふっと微笑む殿下だが、すぐに表情が重くなった。
「……ギデオン。お前婚約者に想定している相手はいるか?」
「想定している相手ですか。……そう尋ねられる理由をお聞きしても?」
「あぁ。隣国……ベルーナからの申し出でな。友好のためにも姫をこちらに輿入れさせたいという話だ。ただ、俺には既に婚約者がいるし、弟にもいる。双方側妃を持つつもりはないんだ」
「それで私、ということですか」
「あぁ……」
隣国の中でもベルーナは小国で、我が国オブタリア王国とは権威関係が明確だった。軍事力も国力も圧倒的にこちらが上であるため、さらなる友好関係を築きたいというのが向こうの考えのようだ。
「ただ。これはあくまでも付属に過ぎないし、うちは断れる立場だ。だからギデオンに好ましい相手がいるのか聞きたかったんだが、どうだ?」
俺に婚約者がいないことは殿下もよく知っていることだったので、俺はすぐに問題ないと頷こうとした。
「好ましい、相手……」
その瞬間、赤髪の彼女の姿が思い出された。名前も知らない、彼女のことが。
「なんだ、いるのか⁉」
俺が言葉に詰まったことに反応した殿下は、バッと身を乗り出した。
「あっ、いや」
「今の間は何かある間だろう?」
物凄い目力で尋ねてくる殿下。ここにも俺の目を気にしない人がいるが、この人は気にしなさすぎだと思う。
「何も……ない、わけではないのですが」
「ギデオン……! ついにお前にもいい相手が見つかったんだな」
「殿下、早とちりし過ぎです。まだ名前も知らない相手なのに」
「何だそれは! 一目ぼれか? ロマンチックだな」
興奮が抑えられない殿下に動揺が生まれるものの、一目ぼれと言う言葉に引っ掛かりを覚える。
(……一目ぼれ。確かに赤髪には惹かれたが)
それよりも印象に残っているのは、あの真っすぐとした眼差しだ。
「一目ぼれ、とは違うような気がしますが」
「別に違ってもいい。相手がいるんだな? それならこの話は断る」
「……はい」
「よし。……それにしてもギデオンが遂に異性に興味を抱くとは」
自分の事のように喜ぶ殿下に、不思議と俺も嬉しくなる。
「だが、名前も知らないとなると大変だな。今すぐ戻ったところでもうパーティーはお開きだからな……」
そうか、会場に戻ってももう彼女と会えることはないのか。
もうこれで最後になってしまうとなると、それは嫌だった。もう一度会いたい、そう強く気持ちが湧き上がってくる。
「見つけます。……見つけ出して、今度こそ話したいです」
「……頑張れ、ギデオン。応援してるぞ」
「ありがとうございます」
殿下の応援を受け取りながら、俺も屋敷へと戻るのだった。
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