第3話 借金返済クエスト

 シュルシュルと髪の毛を元に戻しながらシキは障子の向こう側へと歩いて行った。

 障子に映るシルエットから見るにどうやら足場に乗って包丁を引き抜こうとしているらしい。包丁を飛ばせるのだからわざわざそうしなくても良いのでは、とも思ったが下手に煽る必要もない。


「ところで、お主は座敷童子についてどれ程知っているかの?」

「えぇーっと、商家とかに住み着くとその家が繁栄するとか……?それくらいだな」

「ふむ、まぁその通り。レイジとの契約もそれじゃ。それでな?幸運を授ける相手から溢れる活力のようなものを糧にする訳なのだ」


 なるほど、共生関係に近いのか。幸運をあげればそりゃあやる気も上がる。成功者の人ってなんか眩しいイメージあるし、そういう生存戦略なら納得だ。え、まさかそれを俺に望んでるのか!?いや待て、そう言えば座敷童子って……


「あのさ、座敷童子が離れた家ってなんかそれまでの幸運の分不幸になるみたいな話聞いたことあるんだけど」

「それも半分くらいは合っているな。正確には怠惰な家を見限った場合、だ」


(怠惰、かぁ……スローライフってそれに当てはまったりしないだろうか)


 俺はおそるおそる

「ちなみにこのままだと俺も?」

と、聞いてみた。

 するとシキは今まで見たこともないくらい可愛らしい笑顔で「もちろん」と返事をした。

 つまり、借金をいつまでも返さずにいると何かしらの不幸が襲いかかるというわけか。


「そういえば聞いてなかったけど借金の額ってどのくらい……?」


(出来れば返せるくらいの範囲で頼む!)


「そうさなぁ……まぁだいたい一千万くらいか」

「いっせっ……?!」


 シキから告げられた金額に血の気がサァーっと引くのがわかる。何故なら銀行に預けている預金含めて俺の全財産は借金の五分の一程度しかないのだ。

 更に首にされてから新しい仕事も見つけられてないからニートだ。今から就職しても月収を得られるまではしばらくかかる。


「まぁそんなに青ざめなくても良い。利息は無しで良いし、期限は一年にしてやる。だが延長話だぞ!」

「それは助かる、ちなみにもし、万が一にだけど返せなかったらーーーー」

「死ぬ」

「エッ」


 死ぬ?それってやっぱり取って食われる的な感じか、それとも東京湾に沈められる的なアレだろうか。


 黒いサングラスをかけたシキが東京湾の港でコンクリートに詰められた俺を落とすところを想像していると、ため息を吐きながらシキが口を開いた。


「別に儂が殺す訳じゃ無いぞ、心外な。そもそも、レイジは幸運などには毛ほども興味はなかった。奴は儂にこの地を守るように頼んだのだ」

「ここを?」

「この地には龍脈という魔力の川のようなものの源泉があって長年妖が取り合い争ってきた。それをレイジが所有することで不可侵の地としたのだ。尤も、奴は儂に押し付けてほったらかしにしおったがな!?」


 積年堰き止められた川が溢れ出すように爺さんの愚痴や悪口をブツブツと話すシキ。何度か同じ事を話すことはあるものの止めどなく話す様子は憎い人物を話すにしては懐かしい青春時代を思い出したかのように見えた。

 

「奴が働かなくなったせいで儂の力は衰えてしまった。もし借金を返さなかった場合、妖どもがお主から土地を奪う為に押し寄せる事になる」


 危険そうだしこの土地に思い入れもさほど無い、物凄く逃げたい。逃げても爺さんは「仕方ない」ってきっと言う。………でも。

 爺さんにはいろんなものを貰った。男手一つで育てるのは大変だったと思うし、色々迷惑もかけたと思う。

 

(きっと、これは俺の勘違いだ。それでも、俺は頼られたんだ。親父爺さんに)


「分かった、何とか一年の間にお金はどうにかするよ。シキ、麓までの道を案内してくれないか?クマに追われたせいで道がわからないんだ」


 まずは家に帰って今あるお金を持ってくる、一応二百万くらいはあったはずだ。それから就活をして働かないと。一応前職のノウハウがあるから何とかなるはずだ。

 いや、大量リストラの件で少し厳しいか?


「いや、今はここから出ることは出来ないぞ」

「え?いやいや、だってお前が働けって行ったんだろう?山から出ないとお金を稼げないじゃないか」

「実はこの土地は鳥居とは別の空間にある異界なのだ」


 異界……ダンジョンみたいな物、か?それにしては物凄くのどかだし魔物がいるような気配もしないな。いや、いてほしい訳では無いけど。


「ヨロズ、ここに来る時に鳥居をくぐったな?」

「え?あぁ……確かにくぐった」


 クマをぶつけたあの柱、だよな?たぶん。

 あれのおかげでどうにか熊から逃げれた訳だけど……まさか。


「ここには本来、鳥居をくぐることでのみ出入り出来る仕組みになっていたーーーーが、お主がクマをぶつけたせいで不安定になっている。無理に通ってもいいが深海やら火山の火口に落ちるかもだ」

「……それは嫌だな」

「それに、ちょっとこっちに来てみろ。面白いものが見られるぞ」


 縁側にいるシキの近くに寄って指の刺す方向を見る。ちょうど鳥居が見える位置だった。自然溢れる景色で風で凪いだ草木が心地よい音を奏でている。

 が、そんな中明らかに血走った目で散歩する奴がいた。


「クマが鳥居に居座ってる!?まさか俺を探して待ってるのか。………いつまで待ってるつもりだと思う?」

「もう春先じゃし冬眠もしないだろうな、あと、はらぺこのようだから獲物は決して逃さんつもりのようだぞ?」


 はちみつあげたのにあんなに怒るとは、さてはカルシウムが足りてないな?俺なんかより鮭とったほうがいいと思うぞ。

 とはいえ、このままずっと居座られても困るな。


「そうだ、良い事を思いついた」

「絶対碌な考えじゃないだろ、それ。明らかに顔がイタズラを思いついた子供と同じだぞ」

「何と言う、鳥居を直すにはクマをどかさないといけないのだから名案と言え、名案と」


 頬を膨らませて不満を伝えてくる様子は見た目相応に可愛らしいと感じる。それに、また包丁が飛んできても嫌だし聞くだけ聞いてみるか。

 

「お主がクマを倒せ!」


 やっぱり、碌なもんじゃなかった。

 

 

 

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