第2話 祖父が遺したもの
こんな所に家が?いや、そんなことはどうでも良いか。クマが目を覚ます前に少し身を隠させてもらおう。
奴が倒れている場所からは少し離れたくらいの距離だ。目を覚ましたら今度こそやばい。家の家主が居ると良いんだけど。
「ごめんくださーい!クマが出て少しだけ中で休ませて欲しいんですが」
インターホンが無く、仕方なく昔ながらな玄関を叩く。しかし、何度叩いても声を掛けても全く中から人の気配がしなかった。
居留守を決め込んでいる、という訳でも無いらしく縁側の扉も閉まっていた。
「空き家なのか……ん?」
玄関の扉を叩くのをやめ、一歩後ろに引くと木製の表札が視界の端に映り込む。その名前は親しみのある慣れ親しんだ人物の字で書かれていた。
「『樟葉』……もしかしてここが地図で印の付けられていた場所なのか?」
爺さんは俺の父方の祖父だ。だから俺の苗字でもある『樟葉』という名は爺さんの苗字でもある。
とはいえ、幼い頃に俺の両親が交通事故で死んでから自立するまでは爺さんとは二人で暮らしてきた。
つまりはこの家は爺さんの別荘か生家なのだろう。
「そうだ、鍵!」
遺言らしき手紙に同封されていた古い銀色の鍵。何に使うか分からなかったから一応持ってきておいて正解だった。
急いで取り出した鍵を玄関の鍵穴へと差し込みひねる。
すると、ガチャリという音と共に鍵の開いた感触が手に伝わった。
「お邪魔します」
中は装飾も何も無い静かな廊下が広がっていた。人の気配は全くしない。それどころかしばらく人のいたような形跡が無い。
いや、それもそうか。
少なくとも俺と暮らしてからの約20年程はここには来ていないだろう。
それからしばらく家の中を見て回った。
ギィギィ音のなる廊下や土鍋を置いていただろう台所、少し毛羽だった畳が敷かれた部屋。
爺さんが好きそうな昔ながらの家で何となく懐かしい気分になる不思議な空間だった。
「あぁ〜ここで暮らすのも良いかもしれないなぁ……広い庭もあるし外には蔵もあったし。WEB小説みたいに脱サラしてスローライフ?ってのも悪く無いかも」
畳って良いよなぁ……寝転がっていると草のいい匂いがして眠くなって……嫌なことも、わす、れ……
「それは良いな、儂としても助かる。ここは良いぞ?畑をやれば豊作、空気も良い。少し危ういところを除けば住みやすいところだ」
「だよなぁ、爺さんも良い物残してくれた……って!?」
あと数秒で熟睡するところだった頭に、冷や水を掛けられたみたいに飛び起きた俺の目の前にはケタケタ笑う和服姿の少女が立っていた。
色白でおかっぱ、まるで日本人形のようなその少女の口が開き、
「レイジの孫、だよな?確かー……ヨロズ?」
爺さんの名前を喋った。そればかりか俺の名前まで知っている。
背丈的に小学生くらい、五年前から爺さんが入院していた事を考えれば少しおかしい気もする。この子はいったい……?
「おーい?聞こえておるのかー?」
「あ、ぁあ俺は爺、いや樟葉嶺二の孫であってる。名前は樟葉よろずだ、よろしく。それで君は?さっきまでこの家を歩き回ったけど合わなかったよね」
「いやなに、初めは空き巣かと思うてな?ここしばらくこの屋敷に立ち入るものなどおらなんだゆえに、隠れながら観察しておったのよ」
妙に古風な喋り方をする子だ、爺さんの真似という訳でも無いと思うけど。爺さんは普通に『俺』とか、若者言葉も良く使う人だったし。
「君はどうしてここに?親御さんがこの家を管理してくれていたのかな。近くにいるなら挨拶しておきたいんだけど。それに近くにクマが出たから知らせておきたいんだ」
少女の目線になるように膝をたたんで質問すると、少女は何とも言えない表情をした。その後すぐにクスクスと肩を大きく震わせながら笑う。
そんなに変だったろうか?いや、もしかしたら「クマくらいに怯えてよわ〜い」とか思われたか。
「あー悪い悪い。そうかレイジの奴はお主に何も伝えずに逝ったか。まぁあやつならそうするか。仕方ない、これから仲良くするのだからな。自己紹介というやつをしよう、儂はこの屋敷に住まう座敷童子じゃ。レイジの奴は『シキ』と呼んでいた」
尊大な様子で腰に手を当てて無い胸を張って、自己紹介をしてくれたこの子はシキという名前らしい。とても可愛らしいと思うが冗談に付き合っている暇はないんだよな。
親御さんに早めに猟友会か探索者を派遣してもらいたいのだ。
「シキちゃん、か。ごめんね、お兄さんお外のクマをどうにかしないとだからお母さんとかどこに居るかな」
「ほぅ……?冗談と来たか……」
(さてと、あの子が出てきたなら親御さんにも会えるだろう。探しに行こう)
立ち上がり畳の部屋から外に出ようと足を踏み出した瞬間、障子がカタンッと小気味良い音と共に閉まる。
「ごめんね、後で遊んでぇえええええ!?」
振り返った瞬間、その視界には連獅子の如く髪を伸ばしたシキが浮かんでいた。驚くのも束の間、両手足を髪で障子に固定され磔にされた。万力のような力で押さえつけられ腕や足を動かそうともびくともしない。
「ヒェッ!?」
(あぁ……これヤバいやつだ)
頬の側ギリギリをどこから持ってきたのか料理包丁が掠める。しかも、かなり切れ味が良い。良い砥ぎ石を使っているんだろう、障子の和紙を突き破っていった。
更に、まるでダーツの的に狙いを定めるように包丁がまだ数本浮かび俺に狙いを定めている。
言葉の選択をミスったら死ぬな、コレ。
「レイジは言った。『俺が死んだら孫に契約を継がせる』、と」
「契約?」
「『金を稼ぐこと』、だ」
「そ、それだけ?」
命とか危ない契約かと思ったら意外とまともだぞ?いや、座敷童子的にはそれで良いのか?
「それだけだ、儂は対価として幸運を授ける。死に至る事故ですら擦り傷すら負うことはない程の、な。しかし!レイジは五年もの間働かなかった」
え?
「無償の対価など無いし、『きっとまた働くだろう』と健気にも儂は幸運を授けてやった。だが奴は死んだ。つまり、その間の対価分の借金はお主が肩代わりするべき、よなァ?」
(じ、ジジィ!?孫に借金残しやがったッしかも相当な闇金業者だぞ、コレェ!)
今にも包丁を舐め取りそうな凶悪な
きらりと光る包丁と激おこの座敷童子、俺に取れる手段など一つだけしか最初から残されていなかった。
「えっと、あの、お手柔らかにお願いします……」
「うむ!」
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