迷い家のよろずや〜リストラされ祖父から相続された土地は借金取り付き!?〜

怠惰るウェイブ

第1話 祖父からの手紙

「あー………何も、したくない」


 賃貸マンションの一階に借りている我が家、狭い部屋のさらに狭いベッドの上で朝日から隠れるように目を手で隠す。


 カーテンの隙間から指す日の光の先から元気の良い声が聞こえてくる。『クラス』やら『席』と聞こえるからおそらくは小学生だろうか。

 ならばサラリーマンも通勤をしている時間だろう。ついこの間までなら俺もこの時間には芋洗いされている筈だった。


 ダンジョンアイテムの大手、ダンジョンの現れた頃から親しまれた老舗の会社に俺は勤めていた。普通の成績で珍しい資格を持っている訳でもない俺が契約社員とはいえ勝ち組と言われる立場を手にしていた………筈だった。


 数週間前、家のポストに無造作に入っていた封筒の中身、たった一枚の紙きれでそんな生活は終わりを告げてしまった。


 新進気鋭の新しいライバル店の登場によって追い詰められた結果、無茶な改革や経営転換によって屋台骨が折れ大量リストラをせざるをえなくなったらしい。

 契約社員だった俺は真っ先に切られ、上司の顔を見ることもなくニートに。


 いや、それだけでこうなった訳じゃない。

 契約を切られたその日のうちに祖父が亡くなった。そのショックから未だに立ち上がれずにいる。


「はぁ…………これから何をすれば良いのかも分からなくなっちゃったなぁ……ん?」


 俺の声に応えるかのように玄関の方から音が鳴った。


「手紙……?爺さんから?」


 玄関にあるポストの中にはやけに分厚く重い一通の手紙が入っていた。

 タイミングとしても遺言に違いないと恐る恐る封を切る。

 手紙には端的に葬儀は要らないこと、墓も要らないこと、そして「満足だ」という言葉だけが綴られていた。

 そして、最後に「道に迷ったらここに行け」という謎の言葉で締めくくられていた。

 

「地図と……鍵か」


 手紙をぶ厚くしていた原因は地図で印がつけられ更に意味深に鍵まで同封されていた。

 爺さんが何を残したのかさっぱり分からない。でも、道を見失った俺にはちょうど良かった。


「行くか!」


◆◇◆


 爺さんからの手紙を受け取って数日後、俺は地図に示された場所へと足を運んだ。

 地図が導いた先は山へと続く割れた石畳の道。

 人を拒絶するような雰囲気を感じるが、もう失うものは何もない。恐れる理由はないのだ。


「俺は無敵……!怖くなんてない」


 マイナスイオンだろうか体が冷えて足が震えるような気もしないでもない。まぁ気の所為だ。

 歩いてみれば普通の登山道とさほど変わらない。謎の鳥の鳴き声や不意に揺れる草があるくらい、どうってことない……。


「うわ!なんか踏んだ!?……ってただの木の実か」


 こんな感じでハイキングをすること一時間、先には何も見えない。あるのは木と向かいからでっぷりと太った身体をこれまた太い四肢で弾くように走ってくる黒い服に身を包んだ………


「クマ?」


 返事をするように咆哮したクマはさらに速度を増して俺目掛けてやってくる。

 森の中、クマに出会ったらえぇっとイヤリングを落とせば良いんだっけ?それとも鈴を鳴らす?

 確実に獲物を見る目で走ってくる輩に鈴なんて効くのか?そんなのNoだ、だって現に今必死に鬼ごっこの最中なのだから!


「はっハチミツ食べたくなーい!?向こうにあるからさぁ!肉より美味いと思うけどなぁ!?」


 木を使ってスラロームをしながら撒こうとしてもダメ、ハチミツを勧めてもダメ、金太郎はよくこんな奴と友達になったな。尊敬するから助けてぇえええええ!


「こちとら、サラリーマンから、ニートに!ジョブチェンジした体力無しのもやしだぞ!?少しは、手加減とか、ないの!」


 必死に走って元の道も見失った。救助なんてこんな山奥に来るわけもない。絶望的中の状況、流石に無敵なんて言ってられない。誰か助けてくれー!

 

 そんな心の叫びが通じたのか救世主は突如として現れた。


「ハチミツ食べたいんだろぉおおおあお!?好きなだけ喰ってろ!」


 地面に落ちていた太めの木の棒を装備、木にぶら下がったハチミツの壺をクマの顔にシュート!

 綺麗な放物線を描いた蜂の巣は大量の蜂と共にクマの顔へとぶつかった。


「グァ!?」


 突然顔に何かがぶつかったことに驚いたクマはその場に止まった。どうやら蜂に顔を刺されて前がよく見えなくなったらしい。前足で蜂を弾こうにもひらりと躱され、更に突撃されている。

 身体中に蜂がまとわりつく光景に唖然としながらもゆっくり、ゆっくりと俺は移動していく。


 そうして、ある程度距離が離れた瞬間踏み込んだ。そう、ちょうど良く折れやすくいい音のなりそうな小枝を。


「アッ」

 

 その瞬間、ボコボコに腫れた顔がこちらを凝視する。明らかな怒りの感情いや、殺意だろうか。まるで自分の体を気にせず真っ直ぐ木の幹にぶつかりながら突進を開始した。


「何してんだ俺ぇええええええ!」


 よろよろと走る俺、真っ直ぐ弾丸のように突っ込むクマ。どちらが速いかなど考えるまでもなく。次第に俺との距離が縮まっていく。

 

(何かないか、何か!一瞬だけで良い、あいつが止まってくれさえすれば!)


 走りながら周囲を見渡す。辺りには木々が生い茂っている。それだけだ。青々とした葉っぱを拵えて風にやられる様をゆっくり見れたら良かった。今みたいな状況でなければ。


「ん?アレは……!」


 緑一色な世界の中に唯一色の違う物を見つけ俺はそれに向かった。残念なことにクマもそれに合わせて曲がってきた。そのままどこかに行ってくれたら良かったのに。


 俺は真っ赤に染まった二本の間を潜り抜けそのまままっすぐ走る。前の見えないクマは同じように追いかける。

 だが、俺とお前の違いはその食べすぎて太った腹だ!


「ハチミツ食べ過ぎなんだよ!」


 俺が容易に潜り抜けた赤い二本の柱にクマは勢いよく突進、巨体は通り抜けられずまるで車同士がぶつかったような物凄い音を立てて仰向けに倒れ込んだ。


「ははっ……膝が笑ってる」


 震える足を見て苦笑し、前を向くと開けた場所にポツンと武家屋敷が建っていた。






 

あとがき

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