大声ちゃんと小声ちゃん

「山中美穂……です。よろしくお願いします」


 初めて見たとき、リスみたいな子だなと思った。

 やぼったい黒髪に、背も低い。

 背中を丸めながら、転校生とは思えない静かな挨拶をした。


「じゃあ山中、相沢の隣で頼む」


 先生が声をかけるも、場所がすぐにわかるわけがない。

 なのであたし・・・は、いつものように叫んだ。


「美穂っち、ここだよー! この金髪の隣ー!」


 ギャハハとクラスメイトが笑う。


「初対面で美穂っちはやべーだろ」

「距離感やばすぎて草」


 私、相沢穂波はいわゆるクラスのムードメーカーだ。

 コツは簡単、どれだけつまらない事でもハキハキと大声でしゃべればいい。


 それが得だということは、小学生に上がってすぐ学んだ。

 高校になっても、それは変わっていない。


「よろしく転校生ちゃん」

「……はい」


 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。

 やっぱり小声ってのは損だ。


「……あ」


 授業中、隣に視線を向けると、どうやらプリントが一枚足りなかったらしい。

 前のヤツは転校生のことを忘れているらしく気づいてない。


「あの……」


 小声ながら一生懸命に伝えようとするが、「よーし、これに書いてある通り―」と先生の話しが続く。

 まったく。


「せんせー!」

「なんだ相沢?」

「山中さんのプリントがありませんよー。一枚追加してくださーい」

「おおそうか。すまんな!」


 するとまたクスクスと笑い声が聞こえる。

 一枚手に入った彼女が、私に何か言った。

 聞こえなかったが、どうやらありがとう、とらしい。


 でもこれは善意からじゃない。


 私はしたたかだ。

 自分の印象が良くなると思っただけ。


「せんせー、美穂っちまだ転校生だから教科書足りないよー」


「せんせー、美穂っちはテストの範囲わかんないじゃない?」


 彼女のあだ名は、いつの間にか『小声ちゃん』になっていた。

 私は隣の席だったので何度も助けたが、段々と面倒になってきた。

 おせっかいとわかっっても、一言だけ。


「もっと大声でハキハキ喋った方がいいよ? 小声って、損だよ」

「……う、うん。えへへ、ありがとう」


 そしてそのお礼も、随分と小声だった



 二年生に上がって、美穂っちとはクラスが別々になった。

 小声ちゃんとバカにされ、うまくクラスメイトに打ち解けれなかったことは知っていたが、それは彼女の問題だ。


 ただ、大声でしゃべればいいだけなのに。


 いつか虐められるんじゃないのかと思っていたら、それはまさか、私のほうだった。


「相沢。お前、うるさいんだよ」

「マジうざい。死ね」

「ぎゃっはは、二度と喋んな」


 たまたま私の言葉の一つが気になったらしく、ヤンキーのグループに絡まれてしまった。

 私は声が大きいだけで、別に心が強いわけじゃない。


 友達は誰も助けてくれず、次第に私は、ぼそぼそと喋ることしかできなくなった。


 ……ああ、もしかして、そういうことだったのかな。


 そしてある日、私は校舎の裏に呼び出された。

 よくわからないが、ヤバイク通学がバレたらしく、その告げ口をしたのが私だと思われたのだ。


「お前、マジで陰湿だよなー」

「制服破っちゃわない?」

「はは、それいいね」


 何人かの生徒と目が合ったものの、誰も助けてはくれなかった。

 大きな声で叫べば、誰か来てくれるかもしれない。

 だけど私は、もうそんな事はできる勇気がなかった。


「……やめなさい」


 するとその時、いじめっ子の背中越しから、か細い声が聞こえた。

 震えていたが、どこか懐かしいような。


「あ? 誰だお前?」

「こいつ、『小声ちゃん』じゃん」

「転校生、ねえ、あっちいってくれる? それとも、同じになりたいの?」


 なぜ美穂っちがここにいるのかはわからない。

 だけど彼女は、決して動かなかった。


「やめ……なさい」

「は?」

「だから、やめなさい!」


 すると次の瞬間、美穂っちが叫んだ。

 普通の人からすれば、ちょっと声を張ったにすぎない。


 ヤンキーは怯えるどころか、笑っている。


 でも私にとっては、誰よりも、今までどんな声よりも大きく聞こえた。


「先生呼んだ。体育の井筒先生。もうすぐ来るから」

「いづ――ねえ、ヤバいよ!?」

「……覚えてろよお前」


 井筒先生は、生徒指導の怖い先生だ。

 ヤンキーは蜘蛛の子を散らしたかのように去っていく。


 すると美穂っちが、静かに手を差し伸べてくれた。


「……ごめんなさい」


 訳も分からず手を掴んで起き上がるも、彼女はなぜか泣き出した。


「え、ど、どうしたの!?」

「……遅くなって、ごめんなさい。私、何度も何度も止めようとした。でも、身体が動かなくて……いつも、いつも相沢さんには助けられてたのに……ごめん」

「……そんなの……いいよ」


 私はただ、自分勝手に彼女を助けてただけだ。

 それなのに声が小さいだなんて裏では馬鹿にしてた。


 彼女は、誰よりも大きな声で私を助けてくれたというのに。


「そういえば、井筒先生は?」

「……ごめん。先生見つからなかったから、嘘ついた」

「ははっ」


 それから私は、自分が虐められていた事を井筒先生に話した。

 美穂っちがしっかりと証言してくれたおかげで、いじめは翌日からなくなった。


 大きな声は必要なかった。

 ただ、美穂っちのように勇気があればよかっただけだ。


  ◇


「……相沢さん」

「んーどうしたのー」

「お、おもい……」


 お昼休み、屋上で美穂っちのふとももを枕にしていた。

 彼女は、私に何でも言ってくれるようになった。


 それが、凄く嬉しい。


「でも凄く柔らかいの」

「……じゃあ、交代しよ」

「え? 交代?」

「うん」


 リスのような笑顔がたまらなく可愛い。

 両肩を掴んで位置を変えると、美穂っちが、私のふとももで横になった。


「どう?」

「気持ち……いい」

「あはは、そりゃよかった。――ねえ美穂っち、前に声が小さいだなんて言ってごめんね」

「ううん……お礼を言いたいのは私。ありがとう、相沢さん」

「そういえば、私だけ下の名前呼びってなんかズルくない?」

「え? ど、どういう」

「加奈って呼んで。ちゃんづけでもいいよ」

「……加奈ちゃん」

「くぅ、かわいいなぁもう!」

「わ、わ……えへへ」

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