ゲーム制作学園ラブコメ
学校に通っていると、”持っている者”と”持っていない者”の差は歴然としている。
例えばクラスメイトで学校一番の美女――一ノ瀬ルカは、間違いなく前者だろう。
日本とロシアとのハーフで、プラチナブロンドの長い髪がサラサラしていて、切れ長の目の中にある瞳は青くて綺麗だ。
テストは学年で一位、運動能力も惚れ惚れするほどで、ファンクラブまである。
クラスの中心人物である彼女は、黙っていても人が集まっていく。
まさに天賦の才とも言える。
そんな光景を眺めながらお昼休み。
俺は、鍵のかかっていない屋上へ向かった。
お弁当ではなく、鞄から雑誌を取り出すと、ゲームコンテストと書かれた項目を指でなぞる。
上位に入選すると、これを元にゲームが開発される凄いものだ。
これで五回目。
頼む、頼むと心臓がバクバクする。
「……はあ」
そこに名前はあった。
だが、努力賞と書かれた大勢の中に、俺の名前――皆川和人が書かれていただけだった。
これは誰でももらえるわけではないが、500円の図書カードがもらえるだけの賞。
「はあ……めちゃくちゃ頑張ったのになあ」
何がダメなのかわからず、壁に背中を預けてずり落ちる。
クラスメイトが友達との交流を深める中、長い時間をかけてもたった一つの夢すら叶えることができない、これが、”持っていない者”。
もし一ノ瀬が俺と同じ立場なら、すぐにやり遂げてしまうんだろう。
と思っていたら――。
「おめでとう。やっぱり皆川くんだったんだ」
天から声がした。
いや、違う。
小窓から美女がのぞき込んでいた。
「……え? 一ノ瀬さん――」
「そっち行くね!」
とてとてと聞こえたあと、倒れたような音がして、扉が強く開く。
すると現れたのは、当然だが”持っている者”、一ノ瀬ルカだった。
「痛い……あ、ごめんね。あらためておめでとう!」
満面の笑みだが、俺にはさっぱりわからなかった。
「……何の話?」
「努力賞。今朝登校前に見て聞きたかったんだけど、やっぱりそうだったんだ」
そこから少し整理に時間がかかった。
これが、俺のゲームコンテストの話だと結びつくのに10秒ほどかかる。
「な……んで知ってるの?」
「その雑誌よく買ってるから。いつも凄いなあって思ってみてたら、皆川くんの名前があって。これはおめでとうって言わなきゃって!」
話が繋がっているような繋がっていなような。
よくわからないが、とにかく「ありがとう」と返した。
ただ、かなり不愛想だっただろう。
いつもならこれで終わり。
じゃあ、と去るだけだが、今日はどうしても一歩踏み込みたくなった。
「一ノ瀬さんって、ゲームとかするの?」
「するよ? この前の新作もクリアしたし」
「え、ポケマル?」
「あ、そっちは先週。クリアしたのはフェイナルフェンタゾー」
「……早くない?」
「ゲームが好きなんだよね。ネタバレはしないから安心して」
「いや……俺もクリアした」
「……マジ? え、最後のシーン……泣いた?」
「泣いた」
「だよね!?」
そこから俺は、いつもよりテンションが上がってしまって、人生で初めて授業をサボってしまった。
職員室の前、こっぴどく叱られる俺と一ノ瀬の並びは、クラスメイトからすれば死ぬほどの不思議だっただろう。
放課後、怒られた事よりも、まるでゲームの主人公みたいな体験だったなと考えていたら、ふたたび声を掛けられた。
当然だが、一ノ瀬ルカだ。
「ごめんね。ゲームの事になると時間忘れるんだよね」
「いや、俺も悪かった」
楽しかった、とは言えなかった。気づけば自然とまたゲームの話をしていた。
ちなみに誰かに見られないかと、ひやひやしながら。
聞けば彼女は十歳の頃、日本へ来たらしい。
驚いたことに、ゲームのおかげで救われたと。
「いじめられてたの?」
「そう。目の色、違うでしょ? 今でこそ綺麗だって言ってくれる人は多いけど、あの時は違うかった。それでゲームにハマったんだよね。一人で色んな感情が体験できるって最高じゃん?」
「……確かに」
「だから、ゲームを作ってる人って凄いなって思うんだよね。尊敬してる。皆川君も凄いよ」
「いや俺は全然だよ……努力賞だし」
「そんなことない。私も一度作ろうと思ったけど、挫折したもん。だから、もっと自信持ってほしい」
一ノ瀬が俺にお礼を言いたかったのは、過去の自分が救われたからなんだとわかった。
だけどそれと同時に、彼女もできなかったことがあるんだなあと不思議に思った。
話の途中で、俺は何となく尋ねていた。
「また作ってみたいとか思ったりするの?」
「あるけど、やっぱりプログラム? とか難しいよね。どちらかというとその……」
「……その?」
少し恥ずかしそうに、彼女が答える。
「シナリオというか、ストーリーを考えるのが好きなんだよね。キャラクターとか」
なるほど。
俺はどちらかというと苦手な分野だ。
ゲーム作りは好きだが、どちらかというとシステムの部分に興味を持っていた。
「でも、一ノ瀬さんのなら面白そう。読んでみたいかも」
「え?」
「あ、ごめん!? 興味があっただけで!?」
「……じゃあ明日、持っていく」
俯きながら答える一ノ瀬さんはとても綺麗だったが、めちゃくちゃ恥ずかしそうだった。
翌日、昼休みは危険だとわかっていたので、放課後、ファミレスで待ち合わせをしてシナリオを読むことになった。
「よ、よろしくお願いします!」
「は、はい」
ちなみに、新人作家と編集者みたいだった。
内容は王道で、主人公がヒロインと共に世界を救う話だった。
しかし、読んでいるうちに何度も驚いた。
心が揺れ動かされる。
感情の高ぶりの演出や、心の機微、これが”持っている者”だと思い知らされるほどに。
読み終わった後、一ノ瀬に視線を戻してみると、不安そうな顔をしていた。
ああそうか、気が気でなかったのか。
読んでいる途中でちゃんと伝えれば良かった。
「おもしろかった。すごく」
「……ほんと?」
「本当に」
「……お世辞?」
「いやほんとだよ。ラストもだけど、この街の所がよかった。後は、この――」
感動的な場面がスラスラと言えるのは、やっぱり本当に面白かったからだ。
途中で、一ノ瀬さんが、なぜか目を拭いていた。
おそらくだが涙を流していたのだろうか。
だけどその気持ちは、俺にもわかった。
初めてゲームを完成し、努力賞で名前を見たときのことは忘れられない。
嬉しくて嬉しくて、気づけば涙を流していた。
他人に認められたんだと、嬉しかったのだ。
……すっかり忘れてしまっていた。
そこで、ハッと気づく。
「……これを元にゲームを作ってみない?」
「え? ……私の?」
「これならきっと賞取れるよ。絶対面白いと思う」
「でも、プログラムとかできないし……それに内容もね?」
「俺がプログラムを教えるよ。わからないところは手伝う。だから、一緒にやろう。この内容を世に出さないともったいない」
これは本音だ。
大げさでも何でもない。
すると一ノ瀬さんは、ふふふと笑った。
「言い過ぎだよ。でも、ありがとう。じゃあ、頑張ってみようかな」
「そうだね。あ、ノートパソコンとか持ってないんだった……場所が……」
「だったら、皆川君のお家とかは?」
「……ええと、大丈夫だけど」
とんでもないことを言ったなと自覚したが、すぐに思考を停止した。
それからゲーム作りが始まった。
場所は俺の家で、放課後と休日。
初めはドキドキしていたが、学校で一番の美女だということはすぐに忘れていた。
それよりもこんな感動的な内容をゲームにしたいという欲求が強かった。
「うちの和人にこんな可愛い子が……うう」
「母さん、頼むから邪魔しないで」
「お母さま!? 私が皆川君に頼ってるだけですよ⁉ 泣かないでください!?」
途中、色んなハプニングもあったが、とにかく完成までこぎつけた。
後は出すだけだと思っていたが、夜中、一ノ瀬さんから連絡が来た。
「シナリオを少しやり直したい?」
「……ごめん。大変なのはわかってる。でも……」
正直、かなりスケジュールがギリギリだった。
コンテストは三日後だ。
だけど、彼女の言葉はとても真剣だった。
その想いはよくわかる。
「わかった。でも、直しを待ってたら間に合わないから、家でシナリオを書いてもらいながらその都度直すことになるかも」
「それでいいよ! ありがとう!」
そういって電話を切る。
だがそれから三十分後、大きなリュックを背負ってきた一ノ瀬さんを見たときは思わず言葉を失ったが。
「お泊り合宿、頑張ろうね!」
「……え?」
プログラムは俺が完全に担当し、一ノ瀬さんは変更する部分からのズレがないかをチェックしていた。
何度も読み返しながら原稿を口ずさむ彼女はとても真剣で、正直可愛かった。
俺は以前、クラスメイトを二つのジャンルで分けていた。
”持っている者”と”持っていない者”
だがそれは間違いだった。
彼女は、ただ誰よりも努力家だった。
知らない事があれば翌日にはしっかり勉強してくるし、都度質問だってする。
図書館で自分で本を借りてきたり、どんなに簡単な作業でもできるだけ自分でやろうとしていた。
結局今までの俺は、努力が足りてなかったというだけだ。
だけど今は違う。
一ノ瀬さんの努力を、無駄にしたくないと本気を出している。
そして、何とかすべてのチェックを終えて提出。
5分前というギリギリだったが、とても最高の物が出来上がった。
「「終わったあああああああああ」」
そのまま倒れこむと、お腹がぐぅと減る。
それは、まさかの同時に。
「一ノ瀬さんでもそんな音鳴るんだね」
「ははっ、どういうこと? 私めっちゃ食べるよ?」
「どのくらい?」
「一食だと、ラーメン五杯くらい」
「あはは、おもしろいね」
「え、マジだけど」
「え、マジなの?」
「うん」
ちなみに、マジだった。
それから月日が流れてコンテストの発表。
反省することのないお昼休み、屋上。
「いい? 開けるよ?」
「ドキドキする。お願い、皆川君」
ふたりで頁を開く。
努力賞に……名前はなかった。
佳作にも……なかった。
「これは――」
あったのは――審査員特別賞。
ゲームになることはないが、丁寧な作りこみでシナリオも良く、ゲームとしての完成度が高い。
今後にかなり期待できるっていうものだった。
努力賞よりも、上にある。
だが、ゲームにはならない。
だが――。
「……凄い。凄い凄い。凄い。ありがとう、皆川君」
「え!? い、一ノ瀬さん!?」
「嬉しい。こうやって言ってもらえて、作って……本当に良かった」
思い切り抱き着かれてしまい返事に困ってしまうが、本当に嬉しそうだった。
だけど、申し訳なさもあった。
「プログラムがよければもっと取れてたと思う。ごめんね」
「……なんで謝るの?」
シナリオはかなり良かった。
一ノ瀬の書いた内容だと、賞が取れてもおかしくはなかっただろう。
「そんなことない。私は皆川君とゲーム作りができてよかったし、いいゲームが出来たと思ってる。だから、そんなこと言わないでほしい」
「……ごめん」
「うん。私こそごめん……だから、今は喜ぼう!」
「……そうだね」
そう言われると、段々と嬉しさがこみあげてきた。
努力賞の時は、こんな気持ちは味わえなかった。
きっと心の底から必死でやってなかったのだろう。
いつのまにか俺は、順位だけが大事だと思っていた。
だけど違う。いいものを作ろうした結果、良いものが出来上がるのだ。
その気持ちを、彼女から教えてもらった。
「私だけだったらきっといつまでも作れなかった。皆川君のおかげだよ。ありがとう」
「……そう言ってもらえると嬉しいな」
そして彼女も、俺のおかげで変わったと言ってくれた。
それが、本当に嬉しかった。
「じゃあ、次も頑張ろうね!」
「そうだね……え、次?」
「もうやらないの? だって、初めてで特別賞だよ! 次、絶対に大賞が取れるよ」
「……そうかも。一ノ瀬が良ければ」
「もちろん。ふふふ」
「ん、なんで笑った?」
「今、呼び捨てだったから」
「え!? あ、ごめん!?」
「全然大丈夫。てか、私も和人って呼ぶね」
「いやそれはちょっと……」
「え、なんでそんな嫌そうなの!?」
「周りから殺されるから」
「……どういうこと?」
「ファンクラブあるの知らない?」
「何の話?」
「な、何でもない。それより、ラーメン食べに行く?」
「行こう! 今日は六杯食べる!」
「本当に食べそう」
「ふふふ、段々と私のことをわかってきたね」
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