婚約発表舞踏会①


(もちろん、こちらだって彼女を本物の婚約者にする気はない)

 だが、腕に掴まり緊張しきった顔で周囲を見渡すリディアを見ていると揶揄いたくなるのも真実だ。

 彼女がもたらした情報により、すぐにコートニー伯爵の身辺調査が始まった。彼がどこの組織と繋がっているのか。

(財政状態は芳しくなく……コートニーの領地から上がる金では賄えないほどの借金がある)

 それにリディアの父伯爵が作った財産のほとんどが領地からではなく、自身が起こした鉄道事業によるもので、その権利はすべてリディアへと引き継がれていた。

 リディアの管財人は、現コートニー伯爵から色々と打診を受けるが全て突っぱねていると苛立った様子で語っていた。あんな奴と選んだなんて、お嬢様の正気を疑います、とも零していた。

(だが……普通の良家の子女なら屋敷と領地を取り上げられるくらいなら、次の伯爵の慈悲に縋った方がいいと考えるのが普通だろう)

 限嗣相続法(直系の男子、それがいない場合は遠縁からでも男子を探し出して相続させていく法律)に含まれるのは代々引き継がれていく領地と屋敷である。そのため、リディアには次の伯爵に追い出されても文句は言えない。それを知っていた父伯爵が娘のために、独自に財産を作っていたのは慧眼だろう。

(……だが……)

 鋭い眼差しで周囲を見渡すリディアは、今日は飛び切り綺麗に装っていた。

 麦藁色の髪は艶が出るまで櫛削られ、華やかに結い上げられている。ダイヤモンドで囲まれた、瞳の色と同じエメラルドグリーンの宝石飾りが天井のシャンデリアの明かりを跳ね返して七色の光を弾いている。ドレスは艶やかな光沢のあるクリーム色のシルクで内側にはレースのスカートが何枚も重なっていた。

 デコルテとむき出しの肩を覆う、薄いショールはふわりと軽く、揺らめく水面のように色味を変化させていた。大きなリボンには金糸の刺繍。長めの裾を彩って垂れる様子は優雅なトレーンを思わせた。

 誰もがオルダリア公爵の婚約者に目を見張り、レディたちは妬ましそうに扇の陰で歯噛みし、紳士たちは値踏みするような視線を向けている。

 そのどれもに、何故かリアージュは苛立った。中でももっとも虫唾が走るのは。

「お美しいミス・リディア。宜しければわたくしと一曲」

 リアージュが少し彼女の側を離れて、他の紳士と話しているとすぐに寄って来る「虫」がいる。彼女がその誘いを受けるより先にリアージュが素早く動き、リディアの腰に腕を回した。

「すまないが、彼女は誰とも踊らないので」

「え!?」

 ぎょっとして目を見張るリディアに笑いかけ、唖然とする「虫」にちらりと冷たい一瞥を送る。

「ちょっと……なんてことするんですかッ」

 引き攣った顔で引き座がる紳士を尻目に、優雅に彼女を連れ去って歩きだすと、小声でリディアが不満の声を上げた。

「ここは君がわたしの婚約者だと吹聴してまわるパーティだ。なのに何故他の男と踊る必要がある」

 さらりと告げれば、彼女が口の端を下げ唇を引き結ぶのに直面した。

「このパーティは私を餌にして某伯爵を釣り上げるためのものだと思っておりましたが」

 再び、彼女が警戒するように辺りを見渡す。掌に伝わってくる彼女の緊張をほぐすように、リアージュはそっとリディアの手を取ると指を絡めるようにして握り締めた。

「君はどうにもちぐはぐだな」

「え?」

 先程感じていた疑問が再び首をもたげてくる。見上げるエメラルドの瞳を見下ろしながら、リアージュは低く告げた。

「わたしが知る限り、君は屋敷から追い出されたくないという理由だけで、オーガスト・ブレンドと婚約するようには見えないのだが?」

 自分に財産があるとわかっているのなら、さっさとあの男を切って大手を振って生活しそうなものだ。それが何故婚約など承諾したのか。

 その疑問に、彼女がうろっと視線を泳がせた。

「……い、一時の気の迷いですよ。お父様が亡くなって傷心していたところにするっと入り込んできたと言いますか……」

 苦い顔で告げるリディアに、何故かリアージュは不快感を覚える。

 一時の気の迷い。傷心したところにするっと入り込んできた……。

「それよりも本当にオーガストは来るんでしょうか? 見当たりませんけど」

 自分と腕を組む男の肘の辺りにそっと触れて尋ねるリディアを連れて、リアージュは舞踏室の真ん中へと進み出る。それから、周囲に見せつけるように手を取って腰を支えた。

「……リアージュ……」

 軽やかにワルツが始まり、トータル四度目のワルツが幕を上げた。

「今は踊ってる場合では……」

「君が気の迷いであんな男の接近を許すとはな。何があった?」

 彼女をリードして美しく磨かれた床を滑るように移動すれば、リディアが口ごもる。

「ですから……気の迷いです」

「そんなに心を病んでいたのか?」

「い、い、か、たッ」

 睨み上げる彼女に片眉を上げる。

 誰もが一目置くオルダリア公爵に、ここまで不躾な物言いをするのだ。オーガストには殊勝にしていたなんて信じられない。

(……となると、この女はオーガストと組んでわたしの内情を探ろうとしている?)

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