微妙な嫌がらせと直訴①
(この歳になって勉強をしなくてはいけないなんて……ッ)
初日、宝石箱を持って再び部屋に戻ったリディアが一息つく間もなく笑顔の執事が現れ、そのまま図書室へと連行された。リアージュの書斎だと思っていた場所は彼の私室らしく、そこよりも蔵書が劣る部屋を図書室と呼ぶとは……と呆れかえるリディアを、執事は巨大な机の前に座らせ、教養のレッスンがスタートした。
内容は王国の歴史からスタートし、政治、経済と続いた後、数学、魔法と進んでいった。
政治や経済、それから数学の基本的な考え方は現代日本人でも理解可能なもので、物理法則なんかはそっくり同じで安堵した。
まあ、そりゃそうか。自分が読んだ本の世界にいるのだとしたら、推定では作者は現代日本人ということになるので、奇抜な設定など盛り込んでいるはずもない。
続いて語学だが、これも自分がネット小説で読んだ転生主人公と同じく、どの言語も大体読めるし話せることがわかった。ありがたい能力だ。
礼儀作法やテーブルマナー、ダンスは元伯爵令嬢だけあって、きちんと身体が覚えていた。
最後に魔法だが……。
「お嬢様は魔法の才能はあまりないようですね」
レッスンという名の詰め込み教育を一週間ほど続けたのち、こほん、と咳ばらいをしてドーズが告げた。急遽教師を連れて来て連日朝から晩まで図書室に監禁されていたのだが、魔法だけは都合がつかず、引き続きドーズが担当してくれていた。
流石は公爵家。執事も魔法が使える。
問題はリディアだ。
(魔法は使ったことがありませんので……)
ぐったりとテーブルに突っ伏している彼女は、ここ三日、人生でやったことのない「物を浮かせる」魔法を発動しようと四苦八苦していた。ドーズ的にはこれくらいは貴族の令嬢ならできて当然、という初歩も初歩の魔法らしいのだが……。
(身体の中心から湧き上がる熱の塊を両手から放出して物を包みこみ、ゆっくりと持ち上げる、なんてどんな感覚でやったらいいって言うのよ……)
誰もが体内に持っている(らしい)魔力を感じ取り、脳内で使いたい形を想像し、自在に操る
その感覚が一流のものが魔法使いになれるという。
「ドーズ……恐らく私には魔法の才能は無いと思うのよね……」
他は一通りこなしてきた。ただこの魔法だけが厄介なのだ。どんよりとした半眼で執事を見れば、彼はふむっと顎に手を当てて考え込み、「もう少し簡単なものに挑戦しましょう」と静かに宣った。
(いや、どんなものでも無理だから! 魔法なんてゲームとか漫画でしか知らないから! 使えたら確かにカッコいいとは思うけど、やればやるだけ頭痛が酷く!)
声にならない不満で口をパクパクさせていると、図書室の奥に置かれていた柱時計が夜の八時を打つ。
「そろそろ晩餐ですね。御準備を」
「はぁい」
といってもリディアが持っている晩餐用のドレスは、最初の舞踏会で着ていたローズレッドの物の他に二着あるだけで、毎回それをルーティンさせていた。現代日本で着回しコーデは当たり前だが上流社会の晩餐会では許されるのか。
(許されないよなぁ……でもま、誰も私のドレスになんか感心なさそうだけどね)
初日にリアージュと顔を合わせて以来、彼を見ていない。晩餐もただっぴろい食堂に一人きりなのだ。他に同席する人もいないし、毎日同じドレスでもいいような気がするがそう簡単にはいかない。
なにせ、彼女の侍女二人と騎士一人はもちろん、他の使用人達全てに「疑われて」いるのだから。
廊下を通るたびにひそひそ声が聞こえる。邸宅内の場所を訪ねても忙しそうに無視をされる。タイニーとナインにいたっては朝と夜に申し訳程度に挨拶をする以外、全く顔を見せないし、護衛兼見張りのフィフスは無表情で影のように付き従い、一言も発さないのだ。
こちらが話しかけても。
人がいるのに一人きり、なんてお洒落な歌詞みたいだな、と現代社会の冷たい荒波に揉まれてきただけあるリディアは特に気にもしていなかった。
実害があるわけでもないし、ここまでの時間の使い方はほとんどが図書室での詰め込み教育だったのだから。周囲にライバルしかいない塾で雑談もせず、一人黙々と志望校合格を目指しているのと大差ないだろう。
そんな「空気扱い」の他にも微妙な嫌がらせがあった。
それが、晩餐の料理だ。
(今日はなにかな……?)
一人きりで巨大なテーブルに座り、出されたものに目を見張る。
(今日はビビンバか!)
そう。
貴族の邸宅の晩餐に、何故か出されるのは異国の料理ばかりだった。恐らくは食べなれないものを出して困らせてやろうという魂胆なのだろうが、毒入りだとか死ぬほどまずい物とかを出さない辺りに『公爵家の料理人』のプライドが垣間見える。
美味しくないものは作りたくない、食材は無駄にしたくない。でも辟易させて追い出したい……。そんな彼らの願いを叶えるには『食べ慣れない味』が一番だろうということで、様々な国の料理が出されることになったのだが。
(普通に美味しいんだよなぁ)
コース料理ですらない、見た目はビビンバにそっくりだがここではそいう名前かどうかも分からない料理は、熱々の石鍋にどん、と盛られた米と味付けされたホウレンソウやもやしにお肉、卵なんかが乗っていて、前世の通りスプーンで混ぜて食べるようだ。
どう考えても晩餐用の食事ではないし、こんなものを自宅のパーティで出されたらレディ達は卒倒するが料理人を解雇するだろう。
だがリディアは一向にかまわない。
もぐもぐ普通に食べている彼女を見て給仕はおののき、メイドは顔を歪めている。
(この前はすっぱ辛いスープだったわねぇ……それとジャスミンライス? みたいなのだったし……その前は魚のあら汁で……)
鯛か何かのあら汁で喜んで食べたし、入っていた海老の頭をちゅーちゅーしてたらメイドの一人が卒倒していた。
かと思ったら砂糖漬けのパンのようなものやらレモンで似た魚やら……やたらとパンチの効いた味付けの物が出てきたが食べられないことはなかった。
生の卵と生の魚はやばいよな、と思ってこれだけは火を通してもらったが、出てきた瞬間に悲鳴を上げるでもないリディアに使用人たちは戦々恐々としていた。
(全体通して誇り高い人たちなのか……イマイチ、こう、嫌がらせに力が無いのよね……)
最終的には彼らの徳の高さ(?)みたいなものにまで言及していたリディアは、自分だって好きで屋敷にいるわけではないのだから上手くすればこの軟禁状態から解放されるのではないかと考える。
ビビンバと一緒に出された塩味の貝と海藻のスープを食べ終え、お茶を飲みながら「彼らはリディアに出て行ってもらいたい、自分もここから出て行きたい」という主張で結託し、リアージュをどうにかできないだろうかと、思考を巡らせた。
(やっぱ直訴かな)
それが一番だ。
がた、と音を立てて椅子から立ち上がり、リディアは「御馳走様でした」と誰もいないように見える食堂の、そこかしこに隠れている使用人に告げた。それから大股で食堂を後にする。護衛のフィフスが付いてくるのがわかったが、リディアはあえて彼を無視して使用人用の通路に飛び込んだ。
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