依頼①


「本当に生き返ったのか」

 ツィーリアの神殿はリディアの暮らすコートニー伯爵領から駅馬車を乗り継いだ、王都の近くにあった。五日近くかけて辿り着いた凪は、女神とそっくり同じ赤毛に赤い瞳の神星官しんせいかんが目を細めて自分を矯めつ眇めつするのに思い切って口を開いた。

「では……あなたがリディア・セルティアの呪いの解除を?」

「ん? ああそうだ。面白いほどに強力な呪いだったよ」

 目を細めてにんまり笑う、サラサラストレートヘアの神星官に凪は自分が女神からリディア・セルティアの復讐を手伝えば、そのままこの世界で第二の人生を送れると告げられてきたと話した。

「なるほどね」

 神殿の奥にある居住スペースへと凪を案内した神星官はイリスと名乗った。彼女は凪に黄色っぽい色のハーブティと緑のクッキーを出した後、差し出した二通の手紙を読んでいる。

「この男について、リディア・セルティアは何を望んでいたんでしょうか」

 例えば呪いを解いて元気になったら刺したいとか。絞め殺したいとか。毒殺したいとか。同じように呪い返したいとか。

 身を乗り出す凪に、イリスは思わず顰め面をする。

「こう見えても私は神星官だぞ? 人を害する術など持っていない」

「……そうですか」

 ち、と舌打ちすれば赤い目を瞬いたイリスがさも可笑しそうに笑い出した。

「確かにリディア・セルティアは復讐に燃えていた。呪いを解呪したところで自らの生命力がのこっているかどうかわからないぞと念押ししたが、死んでも呪うと息巻いていた」

 なるほど。リディアの望みは呪殺か。

 ふむふむと顎に手を当てて頷く凪の額を、イリスがこつん、と弾く。

「そう簡単に邪術に手を出すな。跳ね返されるぞ」

 人を呪わば穴二つ、ということだろうか。

「それに、リディア・セルティアは自分の手であいつを縊り殺したそうだった」

「絞殺か……」

 難易度高ぇなぁ。

「お前はやたらと好戦的だな」

 呆れたように告げるイリスに、凪は姿勢を正す。

 別に好戦的なわけではない。効率よく復讐を遂げるにはリディアの願いをかなえるのが一番だとそう思うからだ。

「一つ聞くが、第二のリディア」

 名を名乗っていないためこういう風に呼ばれる。はい、と短く返事をするとイリスはテーブルに片方の肘をつき、掌に頬を乗せて尋ねた。

「お前、そのままリディアとしてコートニー伯爵に復讐を遂げて……あとの人生楽しめるのか?」

 指摘されて凪ははっと身を強張らせた。

 ニュース映像が脳裏に過る。

 浮気相手の恋人を刺殺した後輩が豚箱行きになるように。その渦中にいたあの男が恐らく社会的地位を失墜するように。

 向こうが悪くても、こちらが手を下せば人生は詰む。

「…………どうすればいいんでしょう」

 思わず目の前の神星官に尋ねれば、彼女は赤い瞳をキラキラさせて自分の前に置いてあるハーブティを一口飲んだ。

「呪殺はお勧めしないな」

「……この世界に……殺し屋とかいないんですか?」

 読んだ文庫本の内容を思い出しながら尋ねると、イリスはにんまり笑った。

「いるな」

 マフィア的なのとオーガストが関わっている描写があったが、そこに頼むには莫大な財産が必要だろう。幸いなことに、リディアの父は自分の死後、跡継ぎではない彼女の手元に、何も残らないことを知っていた。

 そのため、領地に関わらない、独自の鉄道事業を立ち上げその私財をすべてリディアに残したのだ。

 伯爵の位と共に相手に渡るのは領地と爵位と屋敷。そして領地からの収益のみで莫大な事業利益はすべてリディアのものとなった。

 オーガストが狙っていたのはその個人資産だ。

 それを手にするために、オーガストがマフィア的な組織と関わっていたが……そこはさすがに元現代日本人のご令嬢にもハイリスクすぎる。

「……強きをくじき、弱きを助ける必殺仕事人みたいな人達は……?」

 ご都合主義の小説世界でありますように。

 そう祈りながら尋ねると、イリスは更に笑みを深めた。

「いるな」

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