第5話 なにゆえ剣の修羅は同門を皆殺しにするに至ったか
わたしの呟きに弟子たちの誰も答えはしない。かわりに返ってきたのは黒く塗られた矢であった。
狙いの甘いその矢をわたしは易々と避けてしまう。
と同時に、わたしは足もとの罠を鞘でつついて動かした。竹槍の埋まった落とし穴に毒矢の嵐、おそらくは幾日もかけて用意したのであろう仕掛けを無駄にする。
「このままではわたしを殺すことは叶いませんよ、我が同胞よ。」
わたしの言葉に、弟子たちががさりと藪から飛び出してくる。
「師を謀って跡継ぎを掠めとった盗人め、小僧だからといって我らは容赦せんぞ。その首は刎ねて野ざらしにしてくれる。」
激情に鼻息を荒くした弟子が低い声でわたしの命を奪うと宣言する。ほかの弟子たちも静かに剣を鞘から抜いた。
「よくぞ言いました。その気迫、実に心地よいものです。」
ああ、これでようやく真剣で勝負ができる。昂る心のまま、わたしは太刀を抜いて地を蹴った。
「来るぞ!」
もう遅い。
あっという間にひとりの弟子の懐へと入ったわたしはその胴を一刀にて両断する。血しぶきのなか、わたしを三人の弟子が囲んだ。
「くたばれぇぃっ!」
今しがたひとりの命が奪われたばかりというのに、弟子の誰も顔色をかえようとしない。
三人はそれぞれわたしの逃げ道を塞がんとそれぞれ違う技を放った。
正面の大男は上段からの袈裟斬り、右の骨ばった女は胴への突き、左の背の低い男は足もとへの薙ぎはらいである。
ぴったりと息のあった三人に、わたしは嬉しくてしかたがなかった。
やればできるではないか。よい技をみせてくれたことへの感謝としてこちらも奥義を放つ。
頭上に横にかまえた太刀を、手首を勢いよく捻って振りまわす。
まるで閃光のようにはじけたわたしの剣は三人の首をまとめて刎ね飛ばした。その場に三人の死体が崩れ落ちるのを待たずに、わたしは駆けだす。
老けた男が怒りの表情で体を弓なりに絞る。その手に握られた刀が神速の突きを放とうとしていた。
この技はわたしとて理解に苦しんだ記憶がある、男は歳月をかけて技をその身に染みこませたに違いない。
その修練に敬意を表して、わたしも同じ奥義を放つ。
瞬間、剣が交わった。切っ先がずれて狙いを外したのは男の技、まっすぐに男の眉間へと刃がむかっていったのがわたしの技である。
驚愕に目を丸くしたまま、男は頭を貫かれた。
そんなわたしの上から女が飛び降りてくる。ずっと木の枝の上で機を計っていたのだろうか、女はまっすぐにわたしの頭を狙っていた。
すぐに男に刺したままの刀を居合の要領で抜き放ち、女の首と体をわかつ。女はかすれた呻き声を最後にこぼして死んだ。
最後に残ったのはひとりの男である。
憤怒に顔を染めながら、男はふた振りの刀をかまえた。とたん、目にもとまらぬ連撃が大地を穿ち木々を吹き飛ばす。
まるでひとつの暴風雨のように荒ぶる男がわたしに迫った。
その剣撃の吹雪を、わたしはひとつひとつ丁寧にひき剥がしていく。そして、男の胸もとに剣をつきたてた。
男の瞳から光が消え、だらりと体が弛緩する。わたしが剣をひき抜くと男の死骸は泥のなかに倒れた。
七人の同門の死体が転がる。曇天の空からしとしとと雨が降りだした。
「なんと、満ち足りた勝負であったか。」
なかなかどうしてすばらしい剣技ばかりであった。たとえわたしにすぐさま斬り捨てられたとて、その技は見事というほかない。
わたしはこの素晴らしき同胞たちの冥福を祈って手をあわせた。
「わずかの間ながら、ずいぶんと世話になりました。同じ師を仰ぐ同胞としてその剣を忘れることはありますまい。また冥府にて勝負を願いとうございます。」
血生臭い匂いがたちこめる沼地に、大笑が響いた。
「まったく、剣の道を解さぬ無能どもと思えばよくやってくれたではないか。やはり道場を開いて正解であった。」
雨で体を濡らしながら、老人が歯茎をみせて笑っている。わたしは老人がこの闇討ちの一部始終を目にしていたことを確信した。
「ご老体、わたしにこの同胞らをけしかけたのはあなたですね。」
「それを知りながら乗ったおぬしも罪であるな、跡継ぎ殿。」
おおかた跡継ぎに足るかどうかの試練といったところであろうか。この老人はそのためだけに七人の弟子たちを育てあげたのだ。
「まったく、これで心残りはないわ。跡継ぎ殿、五十神流の技を後世に伝えさえすれば後は好きにおやりなさい。」
老人が懐から短刀をとり出す。そしてそれを己の首にそえた。
「よいのですか。」
「ん? なんのことじゃ?」
「剣の道を歩んだ者ならば、その最期を真剣勝負にて終えたいと願うはず。せっかくわたしがここにいるのですから、真剣勝負をしないでよろしいのですか。」
「よいよい、跡継ぎ殿の剣を年老いてろくに体も動かんくなったわしの剣で汚しとうはない。わしはおぬしの美しい剣裁きを目に焼きつけて死にたいのだ。」
老人がぐっと手に力をこめる。しわくちゃの肌に食いこんだ短刀は、そのまま老人の首を半ばまで断ち切った。
「カカカカカッ、満足のゆく生であったことよ! ……ゴバッ、ゴバッ。」
老人が自害する。笑顔で逝った老人は、すこしの悔いもないようであった。
「さて、そこに隠れなさっている葵殿はわたしに斬りかかってはこないのですか。」
老人の最期を看とったわたしは、藪に隠れたままの葵に目をやった。
「ひっ、ひぃぃぃぃっ!」
恐怖で顔を歪ませた葵が藪から後ずさって姿を現す。その怯えようにわたしは苦笑した。
「べつにとって食いはしませんとも。わたしとて道理は弁えております、その気のない者に斬りかかるなど狂人のすることではないですか。」
「や、やめて。殺さないでっ……。」
どうやら死の恐怖に囚われたままの葵にはわたしの言葉も届かないらしい。葵には悪いことをした、わたしはすまなく思う。
「跡継ぎということでご老体は屋敷をわたしのものと言いましたが、葵殿にすべて譲りますよ。蔵のほかはすべて葵殿のものです。」
そう告げたわたしは背後に震えたままの葵を残して歩をすすめる。さて、今度はどこへ旅しようか、わたしは京の灯りを目にしながら頭を悩ませた。
……そういえばあの老人の孫娘、葵はどこか聞き覚えのある名をしている。いったいどこで耳にしたのだろうか、わたしは頭をひねった。
「五十神、葵と。」
そう呟いてみてはじめて、わたしは葵がいわゆる"ひろいん"のひとりであることを思い出した。
殺人剣にこだわる師に己の技を貶されたことが悩みであったはずだ。
確か、主人公に諭されて人を活かす剣などという世迷いごとを唱えるようになるはずだった。初めて読んだときに思わず失笑してしまったからよく覚えている。
「剣とはしょせん殺人の術、なればこそ真剣勝負にてのみ輝くものです。」
葵の信念を否定するわけではないが、それはわたしの剣の道と交わることはないであろう。
今度こそ葵への興味をなくしたわたしは歩みを早めた。
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