第1話 転校生

 ここは、アリエントリア、三石みついし市。


 大きいとは言えない町なんだけど、今は「国際貿易中心」のような、意味わからない肩書きいっぱい受けたアジアの片隅だ。それにしても、全世界からもたくさんの人が訪れ、この辺りの企業にもかなりの恵みだろう。


 でも、これだけ現代的な都市にも、ある古い伝説が流れている。それはアブラナ村、すなわち「精霊の村」ということ。これに基づいて作られた小説、歌などの文芸作品は、数え切れないほど多いんだ。


 ある程度で、この伝説も、もはや半世紀以上変われやしない三石市の市民たちが望んでいる未来ーー世界に秘めた力を手に入れて、三石の皆さんの生活をもっと豊かにさせる。


 小説家は夢を描く。その「世界に秘めた力を手に入れる」人は、小説家たちに「勇者」と呼ばれた。


 僕も時々こんな夢を見る。勇者になって旅立ち、一つ一つの挑戦を切り抜け、魔法の宝石を手に入れる。今から見ればバカバカしいけど、僕と同じくそんな夢を見る同世代の仲間がいっぱいいるから、恥ずかしくと思わなかった。


 こんな妄想ができる穏やかな生活は、中学三年に入る同時に終わりを告げた。



 桜に覆われた四月の通学路を走り抜けて、やっと無事に学校にたどり着いた。


涼司りょうじちゃん!おはよう!」元気そうな口調で挨拶してくれたのは、高野茂たかのしげる、この学校で数少ない友達だ。


「おはよう。」と、いつも通り僕は同じ言葉を繰り返した。


 ここは、かつらおか中学校、三年5組の教室。


 十人ぐらいの生徒しかなかったのに、騒ぐ声は十分耳障りだ。とっくに見飽きたこんな風景を見て見ぬふりして、自分の席につくとすぐにポケットから本を取り出して読んできた。好きで本を読んでいるわけではなくて、この場合ではこれしかろくなこともできないからだけだった。


 騒ぎが以前より長く続いた。何かが起きたのか、と心で自分に問いかけて、頭で検索していた。


「転校生の件って、どう思う?」急に目の前で現れたのは石井拓海いしいたくみ。こいつが彼女が出来た以来、あんまり僕と喋ったこともなかったので、珍しく主動的に寄ってくるのもびっくりした。


 でもそうだよね、今日、転校生が来るらしい。


 この中学校は他の学校と一番の区別は退学方針なんだ。毎学年、一人や二人の転校生が入学する同時に、半数ぐらいの生徒は退学される。退学される原因は今まで不明だけど、今や知っているのは、退学は成績悪いやいじめなどと一切関係なし。それにしても、僕はまるで運命の女神に恵まれたように、果たしてこの学校で三年生になった。


 だからこそ、転校生がくるのは、この人数少ないクラスには、大ニュースだ。


「おい、なんだこのはっと悟った顔。昨日すごく期待しているって言ったじゃない。」


 昨日?昨日こいつと一緒にいたっけ?全く記憶がない。まさか、世界線が乱れた?他の世界の僕が勝手に何かをやっちまって今の僕に気づかれちゃったとか?


 そしてまるで心が読まれたように、目の前の石井がふっと笑った。


「ごめんごめん、からかってごめん。まぁ、あんたみたいな情報遅れのやつがこんなこと事前に知るわけあるか。教えてやるぞ、今日、転校生がくる。」


「実は事前に知らせたようだけど。」と言いたかったが、結局こいつと無駄な会話をしない方がよかろうと思ってた。そしてまたこいつは独り言かないか知らない嘆きをした。


「俺にはあんまり興味はないなー」


「誰も聞いてねぇよ」とは結局言わなかった。


「転校生なんて俺は興味なし。」


「そりゃお前がもう彼女が出来たからだろう?前回転校生が来るとき、お前が随分興味津々だったって覚えているのよ。男子だって聞いたときかなり落ち込んじゃったじゃない?」


「まぁ」、石井はきまり悪そうにニヤリと笑った、「そんな昔話はやめとけよ。噂だけど、今回のは確かに女子なのよ。」


「僕と関係ないだろう?」


 そして、どれだけの質問を石井が聞いても、僕はずっと口を噤んで本の世界に浸る。


 本を持ってきてよかったね。


 実は、彼女が欲しくないわけではない。でも「女子転校生がくる」イコール「彼女ができる」みたいな話は気持ち悪すぎて付き合う気もない。それに、彼女って、変わりをもたらせないものだろう。


 チャイムが鳴った。梨木なしき先生が教室に来た。その後ろには、知らない女の娘がついている。生徒たちがまたさわぎだした。


 外見から言えば、彼女は廊下で挨拶しても絶対記憶に残らない存在感薄いタイプなんだ。腰まで垂れている黒髪は特徴かもしれないけど、身柄が小さいのでそれほど長いとも見えない。よく見ないと気づけない制服の襟に隠されているペンダントの他に、全身には目立つアクセサリーも見当たらないんだ。一言でいえば、極めて普通な女子生徒だ。それにしても、クラスの中の騒ぎが静まる様子が見えない。


 梨木先生が咳払いして、またクラスが静かさに戻ってきた。

「立花さん、自己紹介をしてください。」


 先生は黒板で、「立花小夜」を書いた。


「皆さんと、こんにちは。立花小夜です。趣味は読書。これから、よろしくお願いします。」


 極めて普通で自己紹介。


「立花小夜さんは中学最後の一年に、皆さんとのクラスメイトになる。ぜひ、仲良くしてくださいね。立花さん、あなたの席は笹倉ささくらさんの隣です。」梨木先生が教室の一番後ろの席を指で指した。これだけ身柄が小さい女の子にそんな席を座らせるのは大変だと思ったけど、立花さんは全く文句なし席に付いた。


 初めての一週間、立花さんの席はいつも生徒に取り囲まれていた。そして一ヶ月後、新鮮味が完全になくなってしまい、皆もまた自分の生活に戻り、まるで転校生が来たことなかったらしい。


 ただの転校生ではこの街の日常を揺れやしない。


 と思ったが。



 立花さんが転校してから一ヶ月ぐらい、彼女をめぐって学校にはおかしい噂が流れてきた。


 どう言っても都市伝説程度の突拍子もない話なんだけど、生徒たちの間には空前の規模で広がれているようだ。


「ゆりちゃんは五組のだっけ?最近来たその転校生、怪しく思わない?」


「そうなのよ。陰キャ女子なんだね。一日中席を離れずに意味わからない本を読んでいるばかり。絶対頭おかしいやつ。」


「その子って、殺人犯だっけ。」


「えーーウソだろ」


「本当だよ、証拠不十分で見逃されちゃったらしい。あんまり近寄らないほうがいいよ、いつか殺されちゃうの!」


「うわぁーー怖い!もう、ナナコってこんな話やめてよ、怖いもん!」


「いやいや、これからのは本番だよ。この転校生名前、り、立花だっけ?」


「そうそう、立花、立花小夜」


「この立花小夜は、人を呪う秘術ができるそうだよ。呪われた生徒は、零時ごろ鏡に

見ると、自分ではない姿が見える。」


「自分ではない?あり得ない、そんなの!」


「怖いよね。この現象の続く時間が呪力次第らしい。それに、人格崩壊までも消えちゃっていない場合もあるって聞いたの!」


「そんな…」


「と、偶然で盗み聞いた情報は、これ以上です。」


「えーー詳しいね、盗み聞きのくせに」石井さんは妙に笑って僕を見つめて、探偵気取りでメモ帳に何を書いていた。


 僕は本で石井の顔をかざした、「信じるかどうかはお前次第。」


「つまんない、もっと面白い情報ないのかい。例えばさ、彼氏がいるかいないとか…」


「そんなものってあるわけないだろう!こんなゴシップに気に入ってるなら直接前の学校の生徒に聞いたらいいじゃない!」つい大声出して教室にいる全員に注目された僕は恥ずかしくて本に顔を埋めこんだ。


「いやただの冗談だって…まぁこれからのは本題だ。この噂って、本当だとしたら、どうする?」意外な質問が出た。


「どうするって、こんな馬鹿馬鹿しい話って本当なんてありえないだろう…」


「実は、」珍しく石井は真剣な顔していた、「ここには、証拠があるんだ。」


「証拠?」


「この噂は、少なくとも半分事実である証拠。放課後ついてこい。」

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