1-4
結局一日中こき使われ、とっぷりと暮れた頃、
腹が減っていたのでは出来る
白い姿が見えた途端、げ、と、思わず本音が
「おや、なんです、その顔は?」
「……べつに」
「別にという表情じゃありませんよね」
笑って、こと、と、小首を傾けるのに合わせ、長い黒髪が一筋、肩からこぼれ落ちた。灰色の眸がからかうように青嵐を見詰めたが、青嵐は、むすっとくちびるを引き結んだまま黙っていた。
なんとなれば、こちらとしては、暗殺の標的である相手に――不用意に名乗ってしまった己が悪いとはいえ――良いように
しかし、そんな青嵐の態度などどこ吹く風の天涯山主は、そのまま
「おいしそうな、いいにおい……ねえ、私もいただいてもかまいませんか?」
微笑しながら、鍋を指さす。
青嵐は、厭だね、と、意地悪く答えつつ、つんと顔を背けた。
「なんでですか? だってこれ、もとはうちの食材でしょう」
山主が不満げに言った。
「でも作ったのは俺だ」
だから食わせるかどうかは俺が決めていい、と、
片頬を
「どうしても食いたいなら、交換条件だ」
「はあ」
「アンタの名を言えよ。そしたら食わせてやってもいい」
にや、と、笑ってやったら、天涯山主はかすかに目を
「〈青嵐〉」
「……っ!」
「私にも食べさせてくださいますよね、〈青嵐〉?」
またしても
眉を
「っ、殺す……!」
穏やかならざる言葉を口にしつつ、青嵐は山主の喉元を
悔し紛れに中味を乱暴にからくってみたとき、ふと、疑問を抱く――……刃物による攻撃はまるで効果がなかったが、果たして、この青年に毒は効くのだろうか。
思い付くが早いか、青嵐は我が
器を振って薬をてのひらの上に出すと、青嵐はそれらを天涯山主の目前で、これみよがしに
「ほれ……飲め」
お望みのものだ、と、青嵐は椀に
こちらが
毒入りとわかり切っている
山主は灰色の眸で青嵐を見ると、やれやれ、と、そんな表情をする。
ひと口、ふた口、と、相手は平然と
けれども、更にもうひと掬いを口の中に入れたとき、ぐふ、と、えずくような不自然な音が聞こえる。
青嵐が
ただ、けほ、ごほ、と、
毒は、まるで効かないわけではないらしい。
とはいえ、相手に死をもたらすことは、やはり不可能ということなのだろう。青嵐がそう判断する間もまだ、相手は
痛み苦しみを
毒入りとわかって、なぜ食べる。しかも、口にすれば苦痛があるにも関わらず、と、己で毒薬を混ぜておいて、そのくせ青嵐は、目の前の青年がいま取っている行動に対して無性に腹を立てていた。
「っ、やめろ……っ!」
「なにをするんですか……
山主は溜め息を吐き、青嵐の行動をそんなふうに
「なんで……!」
毒入りだぞ、食えば苦しむくせに、と、眉を寄せて青嵐は問い詰める。
「まあ、別に死にませんし」
天涯山主はしれっと言って、くすん、と、肩を竦めた。
「それに……誰かが作ったものを口にするのは何十年振りだろうって思ったら、なんとなく」
そう言ったときの
「……作り直す」
青嵐は山主に背を向けて言う。鍋に手をかけ、中味を捨てようとすると、慌てたように相手がこちらの腕を掴んできた。
「いいですよ。毒でも死ぬわけではないのですし、それを食べますから」
捨てなくてかまわない、と、そう言う天涯山主に、青嵐はひとつ、き、と、きつい
「作り直すっつってんだろ……!」
意地を張るように言って、山主を無理やり
「君は、もしかして……おひとよしというやつですね?」
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