第3話 悪の組織

第三話

 僕と紅は、アルバイトをすることになった。

「まあ、こうでもしないと稼げないからね。当面は働いて金貯めて、新しい武器を買うまでって感じか」

 僕が仕分け作業をしながら、話しかける。

 紅は、そうね、と言いながらテキパキと体を動かす。

「ところで、阿久津さんはどこ行ってるの?」

 そう紅が不思議そうに尋ねてきた。

 僕は、さあね、と返した。

「どうなんだろう? 何か仕事でもしてるんかな」

 謎である。

 彼はいわゆる「生き残り」と呼ばれる人に分類される。大人はみな、滅んだと言っても過言ではない。

 なのに、酒場という矛盾した場所があることは実に不思議だ。

「これ終わったら、休憩しましょ」

 そう紅が言うと、時計を流し目で見た。

 午前九時三十八分。

 まだ始業してまもない。

 だが、僕らはそれでもダンジョン攻略をしなくちゃならない。

 十時ちょうどに仕事があらかた済んでしまったので、そこで給料をいただいて、解放となった。

「休憩しようと思ってやってたら、終わっちゃったね」

 紅が言った。

 僕はそれにそうだね、と笑顔で応える。

「これからどうしよっか。低レベルダンジョンでもやる?」

「うーん。まあ、それもありだけど……」

 そこまで言って、ギュルギュルとお腹が鳴った。

「腹減っちゃった」

 と頭を掻きながら言った。

「そうね。何か食べましょ」

 これはいわゆるデートなのではないか?

 いや、紅とは宿代を半分にするため、一緒の部屋で寝泊まりしている。

 もはや家族みたいなもんだ。

 だから特にはそういった感情はやや薄れつつあるが、どう考えてもデートだよな。

 でもそれを言ったら怒られそうだ。

 もっとも、彼女の怒る顔は見たことがない。

「どうかした?」

「え? ああいや。何食べようかなって」

「臭い飯、いけたりする?」

 それを言ったのは、僕ではなく、紅だった。

「臭い飯? 臭豆腐とか、シュールストレミングとかってこと?」

「極端すぎ。そんなんじゃなくて、にんにくいけるかってこと」

「そりゃあ、にんにくは美味しいけども……」

 一体、何を食うつもりなんだ!?

 僕は不思議に思ったが、ここは……。

「いけるよ。にんにく大好きだから」

「そう。じゃあ、おすすめの二郎系ラーメン紹介するわ」

 え?

 そう訊く前に、彼女はスタスタと歩いていってしまった。

 それを僕は必死で追いかける。

「二郎って、あの二郎? 食べれるの?」

「モチのロンよ。めちゃくちゃ美味しいんだから」

 モチのロンなんだ……。古い……。

 そのお店の前には、行列ができていた。

「あちゃー。混んでるかあ」

 紅が少し悔しそうに言った。

「こういうもんじゃない? 並んでみようよ」

 僕がそう言うと、紅も賛成して、一緒に並んだ。

 三十分もすると、店内に入れて、券売機で買うことに。

 僕は小ラーメン。彼女は普通サイズ。

 大丈夫か?

 まあいいや。

 そしてカウンターに腰掛け、彼女は言った。

「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ」

 え? 何その呪文。

 同じのにした方がいいのか……?

「あ。こっちはヤサイニンニクアブラで」

 そう紅が先に言っちゃった。

「どうせ食べれないでしょ。普通サイズにしておいたわ」

 あ、そう。それならいいんだけど。

 怖……。そう思ってしまった。

 着丼すると、モリモリのモヤシと垂れるスープがギトギトでにんにく臭がすごかった。

 この世の臭さとカロリーをこれでもかと凝縮したラーメンな気がした。

 涎がえらいことになっている。

 超美味そうだ……。

「いただきます!」

 まずは、もやしとキャベツから。

 上ににんにくや、茶色い脂のようなもので、味がついていた。

 すげえ美味い。

 チラッと横を見ると、もう紅は麺を啜っている!

 早い!

 僕も早く食べないと。

「紅さん。これどうやって麺食べんの?」

「え? そんなのリフトアップするに決まってるじゃない」

 決まってましたか。すんません。

「あ。なるほど……」

 麺と野菜は、麺を上に、野菜を下に移動させて食うらしい。

「やっと麺だ……」

 そして啜ってみる。

 やばい!

 これだけで美味いホルモンか何かが分泌されそうだ!

 ちょっと何言ってるか自分でもわからないが、快楽物質が脳内で過剰分泌するに違いない!

 そして汁も啜る。

 醤油ベースか。しかも乳化スープだ。

 またチラリと横を見る。

 紅はもう最後の汁を啜っていた。

 早くね?

 僕はまだまだありそうな麺を口に運んだ。

 紅は「先行ってるわね」と言って、他の人に席を譲っていた。

 何とベテランなのだろう。

 食べた皿は、カウンターの上に乗せて去っていった。

 やばい。食い切れる自信がない。

 しかし食べなくては。

 それから三十分かけて完食した。スープまでは飲めなかった。

 そして店を出る。

 ああ、臭い。

 だが、それがいい。

「どうだった?」

 紅が訊いてくる。

「ムシャクシャした時に食べたら、めちゃくちゃよさそうだね」

「でしょ? 私もしょっちゅう行くのよ」

 本当にベテランだと思いました。はい。

 それからダンジョン攻略をしようと、ギルドの掲示板でクエストを選んだ。

「レベルツーなら二人でいけるかな?」

「どうかしらね。まあ、阿久津さんってアドバイスはくれるけど、戦闘要員じゃないし」

 確かに。

 阿久津さんは研究メインだから戦場では逃げまくってる印象しかない。悪いけど。

「じゃあこれでいこうか」

 それはグリーンスネークの討伐依頼だった。

「討伐依頼ってことは、ダンジョンの核壊しではないってことだね」

「そうね。きっとイレギュラーに沸いたモンスターってだけね」

 イレギュラーに沸いたモンスター……。

 何だかキングマミーのことを思い出してしまった。

 あれもイレギュラーだったのだ。

「じゃあ行きましょ」

「うん」

 ダンジョンでは、ダンジョン攻略をしているのか、何人か休んでいるのが散見された。

 この人たちはまだ初心者なのだ。

「グリーンスネークってどういうモンスターだっけ」

「緑黄主義のスネークね。花粉で惑わしてくるはずよ、確か」

 花粉で惑わす系か。

 厄介だな。

 まあ倒せばいいってだけだけど。

 するとゴオ……という音が聞こえた。

「グリーンスネークか?」

「いいえ。そんな感じじゃないわ。もっと何か、違うような……」

 依然として、何かの「声」のようなものが響いている。

 ゴオ……と音が聞こえる。

 ドスン、と音がしたかと思うと、目の前に巨大な「足」が現れた。

「トロールゾンビ」

 そう小さく紅が呟いた。

 一定確率で現れるゾンビ系の中では、一際大きいゾンビである。

 トロールゾンビという名前の通り、トロールがゾンビ化したものである。

「強いんだっけ?」

「ええ。とっても」

 どうする……? 倒せない相手じゃない気はするが……。

「やり過ごすという選択肢は……」

「ないわね」

 戦うしかないか。

 なら来い。ぶっ殺してやる。

「どこが弱点だ?」

「頭。それ以外は強烈な酸が飛び散るのと、とてつもない腐敗臭でとてもじゃないけど、正気でいられないわ」

 どうすりゃいい。

 魔法みたいな<主義>の持ち主がいればともかく。僕は無色。紅は、製造主義。作るだけだ。

 無道流で何とかできるか……?

「ひとつだけ、方法があるわ」

「何だ? 剣を投げるとか言わないよな……?」

「ええ。その通り。顔に向かって、投げなさい!」

「そんなこと! できるかよ!」

 棍棒を振ってきたため、避けなければいけない。

「こいつ、脳みそ腐ってねえのかよ!」

 しかし、剣を投げる以外にない。

「投げよう。しかしだな……。僕にはコントロールができない」

「貸して」

 紅が言った。

「え? その剣貸して」

 おもむろに、渡すと、よくわからないまま、紅は、剣を思いっきり投げた。

「グァッ!」

 マジかよ。当たるんだ……。

「ウァ……」

 ドスン、と言って、トロールゾンビは倒れた。

 液体で、床が少し窪んだ。

「うえ……。気持ちわる……」

 僕は、剣をトロールゾンビから引き抜いた。

 ねっとりしている。

 気持ち悪い。

「何か、モンスター倒さないと、この液体はどうにもできなさそうだな……」

「先へ進みましょ」

 そして、最終階層に、誰かいるようだった。

「待って。静かにして」

 紅が言った。

「何だよ。何かあるのか?」

「あれ、知らない?」

 それは黒衣の青年が一人で、モンスターを薙ぎ倒していた。

「あれは……誰だ?」

「ばか。あれはテラーよ」

「テラー? 何じゃそりゃ」

「知らないの? 悪の組織って言えば、わかるかしら」

「何そのかっこ悪いの」

「アンチズムの持ち主。あらゆるものを薙ぎ倒す。人間であっても、邪魔をしたら殺す。主に、核を回収している武装組織よ」

「核なんて、何に使うんだ?」

「それで巨大なモンスターを作るのよ。人工モンスター。それで征服を企んでいるわ」

 なるほどな。どこに行っても、そういうやつがいるのか。

「じゃあ、何もしない方がいいのか?」

「そうね。クエストは残念だけど、ここは引きましょ」

 パキッと、下に落ちていた何かを踏んづけてしまった。

「ば、ばか!」

「ごめん」

「誰だ」

 やばい。気づかれた!

 どうする? 殺されるのか?

「俺の邪魔をするやつは許さん」

「いや。たまたま来ただけですよ〜」

 しらを切った。

「本当だな? 核は俺がいただく。何もしないのならば、このまま去れ」

「え? いいんですか?」

「俺は無害な人間は殺さない」

 シュン、シュン、と長い太刀を振り回しながら、ダンジョンの奥へ行った。

 とりあえず、助かった……。

「よかった。行ってくれたようね。どうしようかと思ったわ」

「人を殺さないじゃないか。何だよ。びっくりしちゃったよ」

「いいえ。普通は殺すわ。あの人は何ていうか、殺さない人だったのよ」

 そして、僕たちは、ダンジョンを出た。

 クエスト的には、ダンジョン攻略だったわけだが、まあ、これでもいっかと思った。

 トロールの棍棒をまたもや持ってきてしまった。

 僕、これに愛着が湧きそうだよ……。

 ギルドに寄って、棍棒をお金に換えたあと、宿屋へ戻った。

「今日の二郎系分しか稼げなかった……」

「おーい。君たち!」

 そうとぼとぼと歩いていると、後ろから声がした。それは、阿久津さんの声だった。

「どうしたんですか? どこ行ってたんです?」

「いや。ちょっと仕事。お金はどう?」

「それが……」

 財布を開いて、見せる。

「あ。なるほど」

 見るからに少なかった。

 どうしたらいいかわからない。少ないバイトでもするか……。

「僕のお金を足せば、一週間くらい過ごせそうだね」

 阿久津さんは自分の財布を広げてみせた。

「すごいじゃないですか。何ですか、そのバイトって」

「教えない。いろいろあるのだよ。君たちにはできないことさ」

 きっと専門職だろう。

 阿久津さんは、情報屋である。<主義>はない。大人には、基本的に発現していないから、当たり前だけど。

 阿久津さんは、こうやって、たまに一人でどこかに行く。

 生き残りだから、下手に動き回らない方がいいと言ってるんだけどな。

「ポーションを作ってみたんだ」

「回復とか、毒とか?」

「うん。まだ試作品だけど、これを月ちゃんの製造主義と組み合わせれば、そういった道具が作れるかなって」

 なるほど。それは新しい発想だ。

「回復系の武器ですか。それは新しいですね」

「わからないよ。できるかどうか。でも、やってみるだけ、タダだからさ」

 そして、紅に、回復ポーションと、毒ポーションを渡した。

「じゃあ、行くわよ」

 そして、一瞬で光ったかと思うと、短剣がぐにゃりと曲がった。

「ちょっと斬ってみるわね」

「え」

 おいちょっと待て! と言う前に、こちらに斬りつけてきた。

 ぽわーんという音がしたかと思うと、僕はたちまち元気になった。疲れがなくなった気がする。

「すごい。効果あるよ!」

「じゃあ、ゾンビ系には効くってわけね」

「そっか。生気に弱いもんね」

「そうそう」

 それを腰に提げて、さらに短剣を取り出して、<主義>の力を使った。

「これは流石に斬りつけるわけにはいかないけど」

「草にやってみたら?」

 雑草を見つけ、それを斬ってみる。

 草はすぐに枯れてしまった。

「これも成功ね。これでだいぶダンジョン攻略が捗るわ」

 そして、宿屋に戻った。

「じゃあ、乾杯!」

 お酒は飲めないし売ってないから飲まないけど、コーラを、紅はジンジャエールを、掲げてコツンとかち合わせた。

「僕は、お酒が飲めるんだけどな」

 阿久津さんが言った。

「もう、この世は、ほとんど十代しかいないんですから」

「こんなノンアルコールビールなんて、つまんねえぜ」

 けっ、と言いながら、それでもグビグビ飲んで。

「プハッ。美味い」

「美味いんじゃないですか。じゃあ、文句言わずに、飲んでください」

 そして、僕らは、いつものように、ベッドに向かった。

「明日は、明日こそは、ダンジョンを攻略するぞ!」

 最近は、攻略できてなかった気がした。

 それにしても、あの悪の組織……。

 核を奪うってことは、一応ダンジョンは攻略してるってわけだから、そんなに悪ってわけでもないのかな?

 僕はその日は、ぐっすりと眠った。

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