第2話 仲間の死

第二話

 クエストを受けた。

 クエストというのは、ギルドが出す依頼のようなものである。

 それをこなすことで、収益を上げることができるのである。

 そして、その依頼を自分でも出すことができるので、今回、受けたのと同時に、仲間募集の旨を掲示板に掲載させてもらった。

 そして、やってきたのが、隼人という少年だった。

「よろしくお願いします。隼人って言います。レベルツーくらいまでは、自分で攻略したことがあります」

「全然、いいんじゃないか? すげーよ」

 そう、阿久津さんは言った。

 僕も、紅も頷き、準備をして、レベルスリーのダンジョンへ、クエストを受けて向かった。

「ここのラスボスの青龍を倒すことが条件ね」

 紅がクエストの依頼書を見ながら言った。

 ダンジョンの中を進んでいく。

「うん。結構強いと思うけど、まあ、やってみないとわからないしね。それに、報酬のとこ、見てみなよ」

「え?」

 報酬は、三十万円だった。

「これなら一ヶ月の宿代くらいは稼げるな」

「ずっと一緒に住むのは、ちょっと……」

 まあ、そうだよね。紅は、半分肩代わりしてくれているのだ。

 この、隼人にも報酬を払わないといけない。

 だから、まあ、実際は少し足りないのだが……。

 何もやらないよりは、マシだろうと。そう思ってやるしかない。

「声がするわ」

 いよいよ来たか。モンスターである。

 ダンジョンには、モンスターがいる。ダンジョンにしかいない。

 それは、奇形な怪物が多い。

 たまに鉱石などを落とす。

「声的に、ゴブリンだな」

 そう、阿久津さんが言った。

「そうですね……。キーキー言ってます。数は、およそ四体」

 そう言った瞬間、目の前にゴブリンが現れた。

 紅が華麗に斬りつけていく。

 そして、僕が無導流で応対する。

「隼人君、右の一体、斬って!」

「はい!」

 そして、落ち着くと、素材がいくつか手に入った。

「ゴブリンの脳汁ですね」

「やめてくれよ……。俺は嫌いなんだよ。脳汁」

 そう、モンスターの素材で料理を作ることがある。

 一定の需要はあるが、えてして、まずい。

「あとで売りましょ。そこそこいい値段になると思うわ」

「これを欲しがる好事家を知りたいものだよ……」

 それをバッグにしまうと、階層をさらに深く潜っていった。

「そろそろ、食事にしないか」

「そうね。今朝作っておいたお弁当があるの」

「まじか!」

 それは、白米と唐揚げ、漬物だった。

「こういう素朴なのが、いいんだよなー」

 僕はそう呟く。

 皆、美味しそうに、涎を拭いている。

「いただきまーす」

 と、誰かが言って、僕らは食べた。

 こういう場合、お約束として、まずいのだが、それはすごく美味しかった。

「うまっ! どうやって、作ったの?」

「マヨネーズを混ぜたの」

「そんなことが!?」

「ええ。それから、上に唐辛子を千切りにして、乗せてあるでしょ? そこに一味ペーストをお酢と片栗粉で塗ってあるの」

「へ、へえ……」

 ちょっと高度すぎて、何も言えねえ。

「とにかく、ピリ辛で美味いよ」

「よかった」

 その笑顔は、とても可愛かった。

 ここで、彼女の容姿を述べよう。

 彼女は、茶髪で、ロングの髪型である。髪留めがある。そして、軽装の鎧を身につけている。以上だ。

「何?」

「いや、何でもないよ」

 僕が見ていたのが、少しバレてしまったようだ。

 しかし、白米を口に運ぶと、少しだけ、幸せな気持ちになった。

 弁当を食べ終えると、一気にエナジードリンクを喉に通した。

 ゴクゴクと飲んで、元気をつける。

「美味い!」

 そして、さらにダンジョンの奥へ進んだ。

「敵が少ないわね。先に攻略しているパーティがいるのかしら」

「うん。それは確かに思うね。敵が少ない気がする。何となく」

 しかし、目の前に、モンスターが現れた。

「あれは……」

 あれは、キングマミーだ。

 キングマミーは、その名の通り、マミー、ミイラの王様である。

 そいつは普通、ダンジョンにおいて、レベルファイブのモンスターである。

「どうして、キングマミーが? こんなところにいないだろ」

「もしかして、のことを喋ってもいいかい?」

 阿久津さんが言った。

「いいですよ。言ってください」

「こいつがいるから、モンスターが少ないとか……ないか?」

 なるほど。モンスターがいないのは、こいつが駆逐していた……?

「とにかく、逃げよう」

「いや。マミーの特性を理解しているだろ? 逃げれねえよ」

 阿久津さんは、汗を拭いながら、言った。

「マミーは、一度見たものを必ず殺す」

「そう。戦うしかないわ。でも、これで納得ね」

 紅が言った。

 それに僕は理解できず、返す。

「何が?」

「クエストの報酬がやけに高かった理由」

 そう言った。

 そうだった。くそ。それをよく考えておくんだった!

「誰に焦点が合ってるか、確認しないと」

「たぶん。僕の方を見ているかと思います」

 そう、隼人が言った。

「できるだけ、後ろにいるんだ」

 そして、僕はレイピアを取り出した。

 行くぞ。必ず、倒す!

「はあっ!」

 思いっきり、振り下ろす。しかし、ひとたび触れただけで、僕のレイピアは、砕け散った。

「どうすれば……!」

 紅しか頼りがない!

 しかし、紅も叩きつけられ、壁から伝いおちた。

 くそ!

 これじゃあ、隼人だけになってしまう。

 隼人は、剣を構えて、とてもまっすぐな目で爛々と輝かせ、それと対峙した。

「僕は負けない!」

 そう言った瞬間、スパッという音がした。

 どさり、と落ちる。

 隼人の頭だった。

 キングマミーは、そのまま、壁の中にめり込んでいった。

 え……?

 どういうこと?

 すぐには理解できなかった。

 死ん……だ?

 え?

 え?

 どういうことだ?

 僕は生きてる。隼人は?

 その目は、こちらをスッと見つめていた。

 ダンジョンを死に物狂いで抜け出し、酒場で落ち着きを取り戻すまで、ノンアルコールビールを飲んだ。

 もちろん、大人があまりいない世界。

 だからこそ、酒場は交流の場だけであり、ビールには、アルコールは含まれていない。

「蘇生できる<主義>はないのか?」

 そう、現実的でない思考に陥る。

「ないわ。ダンジョンは死の場所。死んでも何も不思議じゃないわ」

 仲間の死。

 僕は阿久津さんと二人三脚でやってきた。

 だから、仲間の死というものは、経験したことがなかった。

 心にズンと来る。

 どういう顔をすればいい?

「気にしないでおくのがいいわ。あまり考え込むと、いいことないわよ」

 そうは言うものの、考えざるをえない。

「僕も君も、大人が食われていくのを見ていたじゃないか」

 それとこれとは、何か違う気がする。

 なぜなら、一緒にお弁当を食し、笑い合った仲である。

 それをあんなにむげに、一瞬でやられるなんて。

「しばらく、一人にしてください」

 そう、二人に言った。本当はこんなことをしている場合じゃないのに。

 早く稼がないといけないというのに。

 でも、そんなこと――。

「お代は要りませんから」

 そう、少年に言われる。

「え?」

 それくらいしか、言えることはなかった。さらに、惨めな姿をすごく恥じた。

「あの人、死んだ人、見たことないのかな?」

 と、そういったことばかりが耳朶に触れる。

「ちくしょう、ちくしょう……」

 泣きながら、膝に拳を打った。

 気づけば、真夜中になっていた。酒場には、僕以外誰もいない。

 僕はフラフラとしながら、階段を登り、借りている部屋へ向かった。

 ゆっくりとノブを回す。

「来たのね」

 そう、紅が言った。

「ああ。気分は最悪だよ」

「そう。ゆっくり休んで」

「ありがとう」

 そして、風呂にも入らず、僕はそのままベッドにつっぷした。

 朝まで、こんこんと寝てしまった。


「おはよう」

 ああ。僕はこの子が死ななくてよかった――。

 そう考えているのではないか、と、酷く罪悪感を抱いた。

「うん。今日は何もしたくない」

 正直なことを言った。

「うん。私たちは、レベルワンのダンジョンを攻略するつもり」

「わかった。気をつけて、行ってこいよ」

 そして、紅たちは部屋を出ていった。

 阿久津さんは何も言わなかった。


 仲間が、一人の人間が死んだだけ。

 そう捉えれば、普通のことだ。

 昔なんて、何人の人が、毎日死んでいたか、わからない。

 それを、ダンジョンで一人が命を落としただけ。

 だが、心にくるものがあった。

 僕が死ぬ可能性もあったのだ。しかし、彼が死んだ。

 僕よりも、勇敢に散った。

 僕は何もできなかった。

 何もできなかった!

 くそ! くそ! くそ!

 何も! 何もあいつにしてやれなかった!

 悔しく思おうが、どう考えようが、これは、些細なことだ。

 忘れなければならないことだ。

 これからもずっと経験するだろう。

 僕は彼の遺体のある、墓場へ向かった。

 急いで、ダンジョンから出たため、彼の首飾りしかなかった。

 それを土に埋めた。

 じっとそれを見る。

 墓石には、彼の名前が彫ってある。

「すまなかった。僕が弱かったからだ。無道流でも何でもやればよかった。すまなかった」

 謝ろうが、誰も答えない。

 しかし、声が聞こえた。

『烏丸さん。気にしないでください。僕は誇りを持って、死ねました』

「いや、僕があの時、身代わりになっておけば……」

『そんなことは言わないでください。これも宿命です』

「だが……。そうだ! キングマミーを倒すのはどうだ?」

『危険です。やめましょう』

「だよね。これで死んだら何なんだって感じか」

『その通り。僕の分まで、これからもダンジョン攻略、頑張ってください』

「ああ。じゃあね」

『はい。さようなら』

 そして、意思疎通は途切れた。

 僕は脱力して、その場で泣き崩れた。

 しばらくして、燃え盛る炎のように、闘争心が湧いてきた。

 そうだ。僕はこれからもダンジョン攻略をしなければならない。

 そして、彼の、隼人君のためにも、この世界を終わらせないといけない!

 大人たちを取り戻し、僕らが大人になり、子供を産み、そして世界を再構築しないといけない。

 その使命が、僕にはあるのだ。

 僕は武器屋で、なけなしの金で短剣を買うと、紅たちのいるダンジョンへと向かった。

 レベルワンのダンジョンといえど、気をつけなければいけない。

 死ぬものは、死ぬ。

 だが、死んでたまるか! そう思うようになっていた。

 ダンジョンに潜り、地下三階まで来た。

 そこに紅たちが休憩をしていた。

「よ、お。どんな感じだ?」

 すごくオドオドしていたと思う。

 とても拙かったと思う。

 だが、声を出せた。

 それだけで、いいと、思った。

「これ食べたら、ダンジョンを一気に進めるわよ! 家を建てるくらいに稼ぐんだから!」

 その一言で、報われた気がした。

 僕は、笑顔で答えた。

「そうだな。まあ、レベルワンじゃ、宿代一週間ってとこだろ」

 そして、調子は完全に戻り、僕らはダンジョン攻略をどんどん進めた。

 最後のボスのところに差し掛かった。

「今回のボスは、キングゴブリンらしいわ」

「どうして、それを知ってるんだい?」

「クエストの依頼書に書いてあったもの」

 そうか。未発表の事実は、高難易度のダンジョンでは多い。

 それは、もう経験済みである。

 そして、こういう低レベルのダンジョンに関しては、事実がすべてて開示されていることが多い。というより、ほぼすべてだ。

「じゃあ、華麗に倒しますか」

 その僕の掛け声を皮切りに、上から落ちてきたキングゴブリンを見据える。

「へっ。せいぜい、声も上げぬうちに料理してやらぁっ!」

 短剣如きの武器では、もちろんそれは叶わなかったが、無事、キングゴブリンを倒すことができた。

「ねえ。この金の腕輪、剣と融合できないかしら」

「金の短剣ってわけか。攻撃力はどれくらいだ? 阿久津さん」

「え? そうだねえ。少しはあるよ。レベルスリーくらいかな」

 それなら、充分だ。

「じゃあ、頼んだよ」

 そして、たちまち、剣は金の色を帯びた。

「さて。これで宿代は消えてしまったわけだけれど?」

 もうひとつクエストを受けなければならない。

「ギルドに行こう」

 そして、ギルドに向かった。

「いいクエストはないかな〜」

 と、探していたら、新たなクエストが貼り出された。

「なになに。レベルスリーのダンジョン。ボスは、キングマミー」

 キングマミー。

「キングマミーってレベルスリーじゃなくない?」

 しかし、そこに赤く、注意書きがなされていた。

「脱走したキングマミーにつき、レベルを下げています。だって」

「これ……受けようか」

 そう僕が呟いた。

「いいの? 大丈夫?」

「ああ。大丈夫さ。それにこいつは、あそこのダンジョンのマミーかもしれないだろ」

「だから、大丈夫かって、聞いているのよ?」

「大丈夫さ。きっと」

 その時には、なぜか、大きな自信があった。

 これで、隼人の無念を晴らせる!

 そして、自分とケジメをつける!

 そして、キングマミーはあっさりやられた。

 その素材の一部に、隼人の剣のかけらが混じっていたそうだ。

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