ダンジョン攻略が普通になった世界
おがた
第1話 ダンジョン攻略
第一話
僕、烏丸浩二は、ある遺跡の攻略に向かっていた。
「阿久津さん、今何層ですか?」
阿久津さんというのは、大人の生き残りの一人、研究者で、僕のパーティの情報屋である。
いきなり、いろいろあった。それを少しだけ、話そうと思う。
この世界に突如として現れたダンジョン。無数のダンジョンには、モンスターと呼ばれる怪物が棲み、そこを根絶やしにすることをダンジョン攻略と呼んだ。
そして、もう一つ大きな出来事が起きた。ダンジョンから出てきたモンスターに、大人は軒並み攫われた。
この世界には、若者しか存在しないことになってしまった。生きているのかさえ、わからない。
だが、「生き残り」と呼ばれる人がいる。それは大人のことを指す。
そして、ギルドが結成された。
これは、ダンジョンを攻略するための組織である。
法律はもはやなくなり、世界は混沌とした。
僕らはそんな日常を必死に受け入れながら、前に進むしかなかった。
そして、今はダンジョン攻略の最中である。
「階層は、十七階だね。うん。モンスターの反応は今のところない」
僕は少し安堵して、朝に作ったサンドウィッチを食べた。
「休憩しますかね。阿久津さんも休みましょう」
「うん。美味いな。モンスターの闇鍋だけは二度と食べたくないね」
「はは。でも、美味しいものもあるみたいですよ」
「本当かい? 僕はゴブリンの脳汁炒めは絶対にもう食べたくない」
ゴブリンの脳汁炒めというのは、ゴブリンの脳汁が少し酸性の液体だから酢豚のようになるんじゃないかと言われ、作られるモンスターの食べ物である。
えてして、まずい。
「バスターソードの耐久値はどうだい?」
「まだ保つかなと思います」
「うん。苦労して作ったからね。でも、君はもっと細いレイピアみたいのが、いいんだっけ?」
「はい。細いので、毒で倒す系がいいです」
「難しいんだよね。毒を作るの。毒をどう保管しておくかというのも」
「まあ、今の武器で満足しているので、大丈夫ですよ」
「うむ。このダンジョンは、次で最後らしいよ。ボスがリスポーンしたとか何とか」
「ダンジョンって、一回攻略してもリスポーンするんですよね。核をぶっ壊さないと」
「そうそう。ダンジョンの核って何なんだろうね」
「人の細胞の核に限りなく近いって言われてますけどね」
そう。そう言われている。
それが、もしかしたら、大人が軒並みやられた原因なのではないかと、言われている。
僕らは、サンドウィッチを食べ終えると、口を拭き、ダンジョンの階段を一歩ずつ降りていった。
十八階に到着した。
「静かですね」
「空間が広い。ボスが来るぞ、こりゃあ」
どしん、と大きな音がしたかと思うと、上から巨人が落ちてきた。手には棍棒を持っている。
「トロールか」
「足を切れば、大丈夫だ。棍棒にやられるなよ」
陰に阿久津さんが隠れると、僕はバスターソードを構え、そしてトロールが吠えた。
「仲間に呼ばれたら、最悪だな」
しかし、最悪な事態が起きた。ゴブリンが大量に発生した。
「くそ。どうすればいい?」
迷っていると、トロールが棍棒で僕に殴りつけてきた。
バスターソードが完全に砕け散る。
「やばい!」
棍棒が振り上げられて……。
閃光が瞬いた。
何だ……?
気づけば、トロールは四散した。
「逃げて!」
それは女の子だった。同じ歳くらいの。
「わかった。ありがとう!」
女の子は曲がる剣を駆使して、大小のゴブリンを倒していった。
「核が出た!」
僕が叫ぶ。女の子は飛び上がって、核を斬った。
どこからともなく、風が吹く。
そして、ダンジョンは静けさを取り戻す。
「ありがとう。君がいなかったら、死んでた」
「いいのよ。それよりも武器をなくしてしまったようね」
握手を求められた。
僕はしっかりそれを握った。
「阿久津さーん! もういいよー!」
阿久津さんがどこからともなく出てきた。
「私、月城紅。よろしく」
「えっと、この子が助けてくれたの?」
「はい。そうです。バスターソードがオシャカになってしまいました」
「ふむ……。どうしようかね。ダンジョンの宝箱から手に入れるしかないかな」
「何か、作れませんか?」
「うーん。材料が足りないよ。アメジストと鉄鉱石が必要だね」
「そんなのあったかな……」
バッグを漁る。
しかし、ルビーとアルミの塊だけだった。
「それなら、私が作れるわ。私の<主義>は、製造主義。だから、武器を作れるの」
<主義>というのは、集まり、集合体、能力の総称である。
民主主義という言葉は、今や政治の言葉ではなく、能力のことになっている。
「君、製造主義なの?」
「ええ。だからそれでレイピアを作れるわ」
「よかったじゃないか、烏丸君。これでレイピアに移行できる」
「じゃあ、頼んじゃおうかな」
そして、手をかざすと、たちまちレイピアができた。
こういった能力の<主義>というのは、ダンジョンができた際に、自然と発現したのだった。
「ありがとう。じゃあ、ダンジョンを出ようか」
その時だった。
ガーン、ガーン、ガーン、と三回、何かが響いたかと思うと、上から巨大な蛇が落ちてきた。
「スモーキストスネークです!」
紅が叫んだ。
煙霧主義を持ち合わせた蛇ということだ。
辺り一面を煙が包み込む。
「阿久津さん、月城さん、動かないでくださいね」
僕が言った。
そして、レイピアを突き立てた。
「無道精錬潔白」
僕がそう呟くと、蛇の姿はあらわとなり、二人の姿も見えた。
「何をしたの?」
紅が聞いてくる。
「僕の主義は不明なのですが、祖母から教わった技がありまして。祖母は生き残りです」
と、説明している間に、蛇はシュルシュルと動き、こちらに迫ってきた。
「はっ!」
レイピアを目の前に一振り。
蛇は真っ二つに割れ、鮮血を吹き出しながら、沈黙した。
「おいおい。もっと心臓を一突きするとか、あるだろ」
阿久津さんが文句を言いながら、靴についた蛇の体液をハンカチで拭っていた。
「すみません。つい」
「あれは隠しボスですね」
なるほど。ダンジョンには、よくあるのだ。親玉を倒したと思ったら、さらに敵が出てくるという現象は。
僕らはその後、どこでもモンスターとは遭遇せず、地上へ戻った。
「んー! 美味しい!」
「僕も三日間くらい潜っていたので、少し、気分が晴れました」
「もう夕方なのね」
紅が呟いた。
僕らは宿屋を探して、そこへ行くこととした。
「戦利品はあるのですか?」
「おあいにく、このトロールの棍棒だけです。実は、レイピアの材料で出したルビーとアルミが唯一の戦利品でした」
「あ……。なるほど」
自分も考えなしにやってしまったと罪悪感を感じているのかもしれない。
「いいんですよ。ああしないと、生き残れなかった」
「そうだぜ。月ちゃんがいなかったら、死んでた」
阿久津さんが言った。
「月ちゃんって誰」
僕が言う。
「え? 月城紅ちゃんだろ? 月ちゃんでいいじゃん」
僕はそうは呼ばないけどな。
そう思いながら、棍棒を武器屋に売りつけて、宿屋に着いた。
「あなたたちの仲間はいないの?」
紅が、同室で寝ることとなった。お金を節約するためとは言っているが、実際のところ、僕らが半分だけ出すように仕向けた心遣いである。
「いないよ。僕と阿久津さんだけ」
「それでレベルスリーのダンジョンに?」
「まあ、そうだね」
死にかけたけど。
とは、流石に言えない。
「まあ、私も人のこと言えないけど」
そうだ。この子の仲間はいるのだろうか?
来た時も一人だった。
「君の方は?」
「私、追放されちゃって……」
追放とは、いわゆるパーティのクビである。リストラ。
パーティは、グループだ。ゲームのそれと同じである。
「ああ……。そうだったんだ。でも、一人であそこはだいぶ危険だぞ?」
僕が自分のことを棚に上げて言った。
「ええ。それはわかってるわ。でも、何か、入ってみたらモンスターが異様に少なかったから」
それはきっと、僕が倒しまくったせいだろう。
「まあ、何はともあれ、お互い無事であってよかった」
そして、夕飯を宿屋の一階の酒場に行ってとることにした。
「稼ぎはパァになっちゃったけど、まあいいよね」
乾杯――と言って、グラスをカチン、と合わせる。
「明日はどうしようか。紅さんはどっか行くの?」
「本当は、レベルフォーのダンジョンに挑戦したくて……」
レベルフォーか。それは、僕らでは無理な気がする。
特に、無色の僕は。
無色というのは、<主義>を持ってない人のことである。僕は何の<主義>があるのか、わかっていない。
「君は製造主義、僕は無色。こっちの阿久津さんは生き残り。うーん。他に仲間を集めないと厳しそうだね」
そう言ったのも束の間、阿久津さんが反論してきた。
「いいや。行けるんじゃないか? だって、ボスだけだろ? 倒せないのって」
「そりゃあ、そうですけど。ボスを倒して、核を壊さないと、ダンジョンは永久にリスポーンされて、攻略できませんよ?」
「そんなにレベルの高いダンジョンなら、他の客もいるはずさ。臨時的にパーティを組んでやりゃあいい」
そんなことできるのだろうか?
今までやったことがない。
第一、<主義>がわからないばっかりには……。
「レベルスリーにしましょう」
紅が言った。
「え? いいのかい? きっと稼げても、そんなだよ?」
「コツコツやっていきましょう」
どうして、僕らがダンジョン攻略をしているか。
それを話してなかった。
ダンジョン攻略は、昔でいう仕事のようなものだ。
みんな迷惑しているし、金銀財宝が手に入るダンジョン。
仕事にならないほうがおかしい。
そして、ダンジョンをなくすこと、もしくは攻略の過程で、大人たちの滅びた原因や、ダンジョン発生の理由なんかを知ることができるんじゃないかと国は動いている。その国を動かしているのも、年端もいかぬ、僕らと同年代の少年少女たちだ。
そういうわけで、僕らは、ダンジョンを攻略している。
そして、それを生業としている。
「まさか大人がいなくなるなんて、誰も思ってなかったよね」
そんなことを考えて、昔のことを思い出した。
「烏丸君。起きなさい。大変なことになっている」
それは礼儀正しい頃の、今はありえない阿久津さんの姿だった。
「どうしたんですか? 学校へ行かないと」
「今、大変なことになっている。あちこちで変な洞窟が頻発に発生している。そこから変なものが出てきて、大人たちを軒並み食べている」
「食べている?」
「見ればわかる。来なさい」
外は、地獄絵図だった。大人たちが食われている。子供はまったく怪我すらしていない。
「大人だけなのは、なぜなんでしょう?」
「たぶん、何かのプログラムだろうな。仕組まれているクーデターかもしれない」
「わかりました。とにかく、ここを去りましょう。あの奇妙な生物に構っていたら、死にます」
核シェルターに移動すると、そこは子供たちだらけだった。
「他の大人も食われたんでしょうね」
僕が推察して言った。
「僕も食われるところだったというわけだね」
そう言いながら、身震いする阿久津さん。
「これからどうなるんでしょう。これは全国的なのか、全世界的なのか、それとも地域の局所的なものなのか」
「ニュースやラジオを聞いている限りでは、きっと、全世界的だろうね」
「どうして、こんなことが……?」
「君のご家族を探そう」
それから、探しても、祖母にしか会うことはできなかった。
「よかった。浩二。あんたは、無事だったんだねえ」
「ええ。僕はどうやら無事なようです。きっと父さんたちは、たぶん……」
それだけでわかったようだった。
「あんただけ生きていれば、それでいいよ」
「どうしたら、いいんだろう。これから」
「わからん。政府も大混乱だろうからな」
「あんたに無道流を教えよう」
祖母が言った。
「え? 何それ」
「技じゃ。代々引き継がれた技じゃ」
それで僕は無道流を学んだのだった。
「政府は陥落した」
そう、誰かが呟いた。
それから、新たな常識が生まれ、僕らは、毎日、必死に順応していった。
「これからどうなるんでしょうね」
僕が阿久津さんに言った。
「うむ。どうやらダンジョンって呼ばれているらしいよ」
「何がですか?」
「あの発生している洞窟さ。モンスターというやつが、出てきているらしい」
そんなファンタジーなことがあるのか?
しかし、信じずには、いられなかった。
「攻略してどうするんです?」
「ダンジョンが無益化するらしい。よくも悪くも」
「ダンジョンを無効化ではなく?」
「何にもなくなるんだとさ。鉱石なんかも出てくるらしいよ。今、武器屋が発達しているらしいね」
そんなゲームみたいなことがあるのか。
「ま、何とかなるかなあ」
そう、独りごちた。
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