第67話 引き継がれる意志
日向が眩い光になって、三ヶ月が過ぎた。
最初の数週間、敵の報復を全世界が警戒した。
だが、敵が再び姿を現すことはなかった。
恐る恐るではあったが、人々は日常を取り戻すべく動き出した。
日本は、世界は、徐々にではあるが、復興への道を歩み始めている。
災禍の最中には通信が途絶し、日本政府は他国の状況を知る術もなかった。
が、通信が復旧すると、全世界にもたらされた災禍の状況も明らかになった。
世界の主要都市はほとんど破壊され、先の大戦よりも多くの命が奪われた。
全世界がかつて経験したことのない恐怖と、深い悲しみを味わった。
いまだその傷は生々しく、癒えるには程遠い。
しかし、ほんの微かではあるが、希望の兆しも見え始めている。
共通の恐ろしい敵を前に、世界が本当の意味でひとつになる道を模索しだしたのだ。
建前や理念だけの国際協調ではなく、地球防衛という共通の目的によって強固に結ばれた本質的な国際同盟。その旗振り役となったのは、なんと日本人だった。
その人物とは、大岩善光だった。
大岩は、今回の災禍を予見し、世界を救った日本人として広く世界に認知された。
そのため国際的評価も高まり、大岩を敵視し政界追放までした米国も態度を改め、むしろ大岩を新たな国際同盟のリーダーに担ぎ上げた。ただ、大岩をかついだ米国の真の狙いは、どうやら日本が秘密裏に開発していた兵器技術にありそうだった。
しかし、大岩はそのことにあえて目をつぶった。
もはや、地球の中で小競合いをしている場合ではない、と。
そして先日再開された国連で、大岩は次のようなスピーチを行なった。
三ヶ月前のあの日。
世界は黒い雲に覆われ、死と恐怖が大地を蹂躙した。
ここニューヨークで、パリで、モスクワで、北京で。キャンベラで、ラゴスで、ニューデリーで、東京で。この星の数々の美しい都市で。
あなたの、私の、大切な友人の命が。
あなたの、私の、最愛の人々の命が、失われた。
まるでローソクを吹き消すように容易く、瞬く間に。敬意も、尊厳もなく。
まるで無価値なものとして、取るに足らないものとして、命が奪われた。
しかし、私たちは知っている。
彼らの命が、決して取るに足らないものでなかったことを。
私たちは知っている。
彼らが父として、母として、息子として、娘として、代わりなどない存在だったことを。
私たちは知っている。
この星のどこに住んでいたかに関わらず、彼らの命が等しく尊いものだったことを。
私たちは知っている。
彼らが生前に成し遂げたことは、決して忘れられることなどないということを。
では、彼らが私たちに望むことはなんでしょう。
彼らのいた過去を振り返り、悲しみに沈むことでしょうか。
見たくない現実に目を背け、現状を見て見ぬ振りをすることでしょうか。
いや、むしろ私たちがこれから成すべきことは、生きている私たちが果たすべきことは、彼らが残した未完の仕事を受け継ぐことです。
それは端的に言えば、この星のよりよい未来を創る仕事です。
その未来とは、この星の子どもたちが明日に希望を持てる未来です。
その未来とは、この星の人々がいがみ合うのではなく連帯する未来です。
その未来とは、この星がいかなる侵略者にも屈せず平和を守り抜く未来です。
その未来とは、あなたが、私が、三ヶ月前にこの世を去った彼らに胸をはれる未来です。
さあ、今こそ、彼らの偉大な仕事を受け継ぎましょう。
まだ都市の傷は生々しく、私たちの心の傷は癒えない。
また敵が、あの無慈悲な敵が、いつ戻ってくるかもわからない。
それは百年後かもしれないし、明日かもしれない。
それでも、立ち上がるのです。今こそ、立ち上がるのです。
そして今日を、最初の一歩にしましょう。
真の意味で、この星がひとつになる最初の一歩に。
あなたのために。私のために。まだ見ぬ子供たちのために。そして――
――あの日、光となってこの星を守った、ひとりの気高い少女に報いるために。
◇
国内に目を転じると、行政組織に加え、都道府県や市区町村などの自治体も、少しずつだが機能を取り戻しつつある。
国政においては、衆議院、参議院ともに半数近くの議員が犠牲となった。
それでも、一日も早い復興が待ったなしのなか、国会はいち早く再開された。
復興が一段落したら早期に総選挙を開催することを前提に、生き残った議員たちは各々職責を果たそうと奔走した。未曾有の危機が与野党を問わず議員に、その本分を思い返させたのだ。
そのリーダーたる首相には、運だけはいいあの男が暫定的に座った。
大岩の国際的な評価が高まるなか、棚ぼた的に評価を得た代田であった。
代田は首相臨時代理から、再開された国会の承認を経て正式に首相に就任した。
しかし、本人は今回の災禍を経験し、自らの実務能力のなさを痛感し、優秀な側近たちに実務を任せるスタイルを取った。そして、新たな代田内閣の官房長官に任命されたのが、代田、大岩とともに有事を乗り越えた、元国家安全保障局審議官の武田だった。
旧首相官邸跡地に急ごしらえで作らえたプレハブ小屋が、現在の首相官邸だ。
その窓から、代田と武田は夕方になると、よく空を見上げた。
高層建築が一掃され広くなった空の夕焼けは、ふたりにあの日の空を思い出させたからだ。
――あの少女が自らを犠牲に守ってくれたこの国を、今度は自分たちが守り抜く。
夕焼けの空を見る度、ふたりの胸にはそんな決意が溢れた。
◇
皇室についても大きな動きがあった。
理子が、新たな天皇に即位したのだ。
あの日、船とともに殉じたと思われていた理子は、じつは生きていた。
敵への体当たりの直前、船はコックピットを切り離し、地上へと放った。船には、
国民の復興を第一にという理子の強い意志から、華美な即位の儀式などは行われなかったが、即位した理子の傍らには、理子のたっての希望で侍従長となった鈴木の姿があった。
国民の間にも、天皇家に代々受け継がれ、理子により果たされた真の役目についての事柄が周知のこととなった。今有事で、理子が取った勇気ある行動も含めて。
そのことは、国民の心を強く打った。結果、国民は皇室への畏敬と尊敬の念を一層強くした。
理子はそうした国民に寄り添い、復興の現場に足繁く通った。
国民と同じ目線に立ち、その話に耳を澄ませ、心の底から人々を励ました。
その真摯な姿勢は、復興に臨む人々の大きな支えとなっている。
理子をこうした精力的な活動に駆り立てているのは、他でもない彼女だった。
自分に代わって、この国を、いや、この星を救ってくれた彼女だ。
だから、理子の心にはいつもこんな想いがあった。
――あなたが守ってくれたこの命を、決して無駄にはしません。
そして今日も、理子は鈴木とともに被災地に赴くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます