第66話 生きてほしい
気がつくと、森園が背中をさすってくれていた。
いったいどれだけ泣いていたのか、どれだけ叫んでいたのか、覚えていない。
駆はすでに会議室を出て、廊下に据えられた横長のベンチに森園と並んで座っていた。
心と体がちぐはぐで、意識していないと呼吸すら忘れそうだった。
目の前には、対策本部の職員たちが慌ただしく行き来している。
日向の捨て身の行動により、当面の敵の脅威は去ったのかもしれない。
しかし、敵のもたらした災禍への事後対応は、山ほど残っているのだろう。
「少しは落ち着いたかい?」
そう問いかける森園の目も鼻も、真っ赤だった。
「君が泣き叫んでくれてよかった。おかげで少しは自制できた。でなければ、僕もどうなっていたか」
森園はそう言うと、苦笑した。
考えてみれば、佐藤太郎だと思っていたこの人の本名が森園淳一で、本当は日向との血の繋がりもないと知ったのも、つい数時間前だった。この人は自らの過去をすべて捨ててまでも、今日まで日向を守り育ててきたのだ。並大抵のことじゃない。
おそらく、駆の比ではないくらい思うところがあるはずなのに、あんなことがあった後なのに。こうして自分に寄り添ってくれている。
駆は目の前の男のやさしさと強さに、心からの尊敬を覚えた。
森園は小さく息を吐くと、切り出した。
「おそらくだけどね、日向は異星の種族特有の『思念の力』を開放したのだと思う。それこそ命を賭して思念を物理エネルギーに変換し、最後の行動を実現した。それには強力な思念、つまり強い想いが必要だったと思うんだ」
森園はここで一度言葉を区切ると、やさしい眼差しで駆を見た。
「僕はね、日向のその強い想いの源が駆くん、君だったと思うんだ」
「えっ」
「本音を言えばね、僕じゃなかったことに、父として若干の嫉妬を覚えるんだけど」
駆が困った顔をすると、森園は笑って続けた。
「冗談だよ。でもね――」
森園は表情を元に戻すと、続けた。
「――日向が守りたかったのは、この世界でも、この星でもない。君なんだ」
駆の耳に、日向の声が蘇った。
『大好き、だったよ』
「日向は君を守りたかった。心からね。その想いこそが、あの信じられない力の源だった。日向はね、本人も言っていたけど、出会った頃から本当に君が大好きだった。僕には最初からわかっていたよ」
駆の視界がまたぼやけた。
「君を見る日向の目は、いつだって特別だった」
森園は駆の肩に手を置くと、自分も涙を堪えながら最後にこう告げた。
「だからね、君には日向のその想いの分も、これからを生きてほしい」
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