第65話 花火
――都庁が強大な敵を、空へと押し返している。
少なくとも駆には、そう見えた。
自分の三倍近くもありそうな球体を、都庁は上半身全体で抱えるようにして上昇していた。
加えて、敵は都庁があまりに至近であるため攻撃できないようでもあった。あるいは、先程のように攻撃があっても都庁が跳ね返しているのかもしれない。
いずれにせよ、都庁と巨大な敵は膠着状態のまま、ほぼ一体となり、まもなく日没を迎える空へと徐々にだが加速しながら登っていった。
「どうなってるの? そっちの状況を教えて!」
「何か答えて!」
「答えなさい!」
美空は何度も叫んだが、日向からの返答はなかった。
その間も都庁は着実に高度を上げ、瞬く間に地上からは「点」のようになった。
「大気圏、突破します!」
スタッフも困惑しながら現状を伝えた。
駆もまた困惑していた。
何度も声を掛けようと思ったが、何と声をかけていいかわからなかった。
大岩も、天馬も、代田も、そこにいるみながこの状況をどう捉えたらよいかわからなかった。
あるいは、敵の方がむしろ日向を宇宙へと誘っている可能性だってある。いや、むしろその可能性の方が高いかもしれない。日向はすでに意識を失い、敵にされるがままになっているという可能性も……。
いずれにせよ、その真実をはかりかねた。
困惑と不安が駆の心を満たした頃、予想もしなかった言葉が会議室のスピーカーを通じ、駆の耳にも届いた。
「駆くん、そこにいますか?」
紛れもなく、幼馴染の、日向の声だった。
「日向! 日向! 日向!」
前にいる人々をかき分け、駆はモニターの前に進み出た。
日向が呼んでいる。日向が自分を呼んでいる。
職員やMGOFのスタッフたちも、彼が彼女の呼ぶ「駆」とわかったのか、駆が前に進みでることを許した。そして、駆はついに美空の隣に並び立った。
「どういう状況か、彼女から聞き出して」
美空はそう言うと、ヘッドセットを駆に渡した。
「駆くん、そこにいますか?」
再び声が聞こえた。そして、モニターに日向の顔が映った。
その表情は疲弊し、かなり衰弱しているようにも見えた。
「ここにいる! 大丈夫か!」
「大丈夫って言いたいけど……結構、ギリギリ、かも。お父さんも、いる?」
一言ずつ、絞り出すように日向は語った。
すると、森園も人をかき分け、モニター前に駆けてきた。すでにその目は真っ赤だ。
「父さんだ! 日向! 日向!」
「お父さん?」
「あぁ、見えるか?」
「うん、見えるよ。お父さん」
立川の映像は、日向のもとにも届いているようだった。
「どうした? 大丈夫か?」
「さっきさ、私とお父さんは、血の繋がりがないって……聞いたけど」
森園はその言葉に固まる。
「でも、でもね……そんなの関係ない。私にとって、お父さんはお父さんだけ」
「日向……」
「今まで、血の繋がりもない私を育ててくれて、愛してくれて……ありがとう」
森園は顔をくしゃくしゃにさせ、静かにしゃくり上げた。
「なあ、日向? どうしたんだ? 何が起こってるんだ?」
代わって駆が尋ねる。
「あのね、これからすることは、全部、私の意志、だから」
「意志って、どういうことだよ?」
「私、これから自爆するね」
そして力ない笑みを浮かべると、こう付け足した。
「それ以外、方法はないから」
会議室に動揺の声が溢れる。
美空もモニターに鋭い視線を向ける。
「……何言ってんだよ。意味わかんねえよ!」
駆は首を横に振り、低く叫んだ。
が、次の日向の言葉に駆は固まった。
「それ以外、みんなを守る方法はないから」
「……そんな」
「あのね、もう最後だから、言わせてほしいことが、あるの」
駆は再び首を横に降った。
「私ね、出会った頃からずっと、駆くんのこと――」
その先を聞いたら、すべてが終わってしまいそうな気がしたから。
「――ダメだ! 日向、言うな! ダメだ!」
駆は叫んだ。
それでも、日向は精一杯の笑顔を作って、迷わず告げた。
「大好き、だったよ」
駆の視界が歪んだ。
俺だって、俺だってと思うが、喉が詰まって言葉が出ない。
「そんな、悲しい顔、しないで」
日向はやはり笑顔を作ると、言った。
「最後くらい、笑って」
「イヤだ! ダメだ!」
「お願い。あなたが笑ってくれたなら、私は――」
「――イヤだ! そんなの」
「駆くん、お願い」
「ダメだ! ダメだ……」
「笑って、お別れしよう。駆くん、最後のお願いだから」
その言葉に切実な覚悟を感じた駆は、ついに涙を無理やり拭った。
そして精一杯の、下手な笑顔を作った。
それでも日向は、うれしそうに微笑んでこう告げた。
「――ありがとう」
直後、モニターの映像が砂嵐に変わった。
――大気圏の外側で、都庁が巨大な敵とともに強烈な光を放ち、爆ぜた。
その圧倒的な光は雲を突き抜け、地上からも目視できた。
日没後だったにも関わらず、地表はまるで昼間のように明るくなった。
その光は新たな太陽の誕生を思わせるほど激烈だったが、花火のように儚く消えた。
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