第38話 船出

「これが、船?」

 理子がつぶやくと、鈴木が答える。


「その通りでございます。これが皇祖から受け継がれ、守り抜かれた『船』でございます」


 ゆっくりと、理子はその空間に足を踏み入れる。

 足音がやけに大きく響いた。それだけ中が静寂に包まれていたからだ。

 床には埃ひとつない。つい最近、完成したばかりの印象さえした。


「理子様、あちらへ」

 鈴木が空間の奥を指す。

 そして鈴木は振り返ると、ここまで付いてきた職員に告げた。


「君たちはここまでだ。八咫鏡やたのかがみをここに」

 最後の黒い箱を手にした職員が進み出て、箱を鈴木に手渡した。

「ここから出て、壕の外に戻りなさい。急ぐのですよ。それから、あとのことはすでに話した通り、頼みますよ」

 すると職員たちは一様にうなずき、理子に一礼すると、踵を返し階段へと駆けていった。


 理子と鈴木は、ドーム状の空間の奥へと進んだ。

 突き当たりの壁に、直径十センチほどの円形で微かに明滅する箇所があった。


「理子様、ここに八咫鏡を」


 鈴木は、職員から受け取った黒い箱を理子の前に差し出した。

 同じように外箱から順に開いていく。今度は正方形であまり高さのない古い木箱が現れた。


 さらに木箱を開くと、金属製の薄い円形の物体が現れた。表面はやはり滑らかで、理子の顔が鏡のように映った。従来の八咫鏡の形状として推測されてきた、青銅鏡との共通性のようなものも見いだせた。これは確かに「鏡」だと。

 理子がそれに慎重に触れると――


「――◯□△✕◯□△✕」


 やはり同じような音が聞こえ、円形がふたつに割れ開いた。

 三度目だがやはり驚く。これが千年以上前から存在していたとは思えない。

 中にあったのは、やはり自発光するクリスタルのようなもので、形状はディスクようだった。


「それが八咫鏡の真の姿であり、『船』を起動するです」

 鈴木は「最後の鍵」という言葉にアクセントを込めた。その表情にも緊張感が漂う。

 理子はうなずくと、先程から明滅している箇所にディスクを近づけた。

 すると、やはりディスクはその壁の箇所にすっと吸い込まれた。直後――


 ――!


 空間全体が急に明るくなった。

 見渡すと、ドーム状の壁と床がすべて白く発光していた。

 壁も床もまったく継ぎ目が見えない滑らかな白で、まるで白磁のようだと感じた。

 

 いつのまにか、入ってきた透過する扉も消えていた。ハッチが閉じたということだろうか。

 どこからか、何か巨大な機械がゆっくり始動するような音が聞こえた。


 まもなく、空間中央の床が緩やかに盛り上がり始め、最終的にふたつの椅子の形状になった。

「理子様、どうぞおかけください」

 理子は静かにうなずき、その中央の「椅子」のひとつに腰掛けた。鈴木も隣に座る。

 そして、鈴木は厳かに告げた。


「理子様、これで船出の準備は整いました」

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