第39話 Fight The Power
カーステレオから、Public Enemyの"Fight The Power"が爆音で流れていた。
咲は、その"Fight The Power"のフレーズをステレオに合わせ叫んでいた。
検問のゲートを真っ二つにしてから、すでに二時間。ジムニーは、ずっと走り続けていた。
ゲートを突破した直後は、当然のように自衛隊車両が追ってきた。が、自衛隊車両が進入できないような狭い道ばかりを、ジムニーは巧みに選び進んだ。やがて追手が見えなくなると、咲のドライブの見事さに駆は密かにうなった。
その後も慎重を期してか狭い道ばかりを乗り継ぎ、今に至る。
周りの景色は牧歌的な田園地帯で、おそらく静岡県のどこかと推察された。
「ノリ悪いねえ、ふたり! 今日びの若者はヒップホップなんか聴かないの?」
咲は、ステレオに負けない大声で言った。
ヒップホップを聴かないわけじゃない。選曲が古すぎるのだ。なにせ、自分たちが生まれる前の曲だ。かろうじて駆は父の持っていた古いCDで聴いたことがあったが、日向にはさっぱりだろう。実際、日向は窓の外の田園を眺めていた。まあ、歌詞の"Fight The Power(=権力と戦え)"は、自衛隊の検問を突破してきた今の自分たちにはピッタリかもしれないが。
にしても、なぜ検問を突破するような無茶をしたのか?
その理由を咲は、端的に語った。
日向の父、太郎に頼まれたからだ、と。
なんでも太郎によると、今や公権力は自衛隊も含めて大混乱しており、不当な逮捕や拘束が横行しているとのこと。だから、もし日向と駆がそのような目に遭いそうだったら、助けてほしいと咲に頼んだと言う。
そんな頼みを告げる太郎も太郎だが、実際に行動に移す咲も咲だ。
太郎の話の真偽も定かじゃないだろうし、ひょっとしたら不当に公権力に抗ってしまった可能性だってある。では、なぜ咲は無条件に太郎を信じたのだろう。
ちょうど曲も終わったので、駆は素朴な疑問を投げてみた。
「あの、咲さんにとって、太郎さんってどういう存在なんですか?」
「どういう存在ってなによ? 駆け落ち少年駆くん」
「なっ、なんすか、その駆け落ち少年って! 僕らは駆け落ちしたわけじゃないですから! 避難しただけですから! な、なあ! 日向」慌てて日向にも同意を求める。
「そ、そうだよ!」日向もぶんぶん首を振ってうなずいた。
「フフ、かわいいねえ。ふたりとも」
その返しにイラッとした駆は、再び問う。
「咲さんと太郎さんは、その、どんな関係なんですか?」
「あぁ、そういうこと?」
「やっぱり、その――」
「――愛人、とか?」
思わず吹き出しそうになる。
が、実際そのような関係かとも勘ぐっていた。
おそらく、咲と太郎は「そういう仲」なのだろうと。
「そんなんじゃないわよ!」
咲は、あっさり答えた。
「えっ、ちがったの?」日向が意外そうに言うと、
「えっ、日向までそう思ってたの?」
今度は咲が振り返って言った。慌てて駆が叫ぶ。
「前! 咲さん、前向いてください! 運転中ですから‼」
「へいへい、駆け落ち少年」
「だから――」
再び、駆が否定しようとすると、前方に視線を戻した咲が言った。
「――強いて言うならビジネスパートナー、かな」
「ビジネスパートナー?」
日向がオウム返しすると、咲が答える。
「そう、あんたたちが想像するようなヤラシイ関係じゃないわよ。もっとビジネスライクで、互いの利益のための割り切った関係、とでも言うのかな」
それって結局、どんな関係なんだ? 駆にはわからなかった。
――でも今日、その一線も越えちゃったかもね。
その声は小さく、日向には聞こえていないようだったが、駆には聞こえた。
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