第30話 落日

 和泉宮理子かずのみや りこは、ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。


 昨日、ヘリで到着した葉山御用邸で、そのまま一夜を過ごした。

 皇居と赤坂御所の爆発の被害の報を聞いてからも、ずいぶん時間が経った。

 消火活動が難航しており、安否についても確認中。その情報がアップデートされることは、ついにこの朝までなかった。眠れなかった訳は、主にこのためだ。


 テレビも、インターネットも、携帯もつながらなかった。唯一、ラジオが地元のコミュニティFMにつながったが、同じ情報の繰り返しで皇族に関する情報は聞こえてこなかった。


 少し外の空気でも吸おう。

 理子は、窓を開けようとカーテンに手をかけた。

 すると、微かなローター音が聞こえた。


 この音は!


 勢いよくカーテンを開くと、窓も開け放った。

 予想通り、北東の空にヘリコプターのシルエットが見えた!

 しかも、徐々に大きくなっている。

 間違いない、こちらに向かっている!


 理子は、寝室を飛び出すとすぐ玄関に向かった。

 あのヘリに天皇皇后両陛下、両親である和泉宮栄仁かずのみや ひでひと親王と同妃殿下、そして兄弟たちが乗っているに違いない。


 胸の中に安堵が広がる。よかった。本当によかった。

 まもなく、ヘリは理子の時と同じく御用邸の駐車スペースに着陸した。

 ものすごい風と音だ。

 玄関を出た理子だが、なかなか近づくことはできなかった。理子に気づいた職員たちも、慌てて彼女をその場に踏みとどまらせた。


 白地に青いラインが入った機体には、JAPAN COAST GUARDと書かれていた。

 海上保安庁?

 理子がそんなことを思っていると、プロペラが回転数を落としヘリの扉がゆっくりと開いた。


 やがて、見覚えのある顔が降りてきた。

 長年、今上天皇に仕えてきた侍従の鈴木だ。

 黒いスーツ姿だが、顔にはところどころ煤が付き険しい表情をしていた。両手には、何か黒い箱のようなものを抱えている。


 理子は、次こそはと期待した。

 しかし、続いてもやはり同じような黒いスーツの男が降りてきた。その次も同様に黒いスーツの男。ふたりとも鈴木と同じように、黒い箱を抱えていた。


 そして、それ以外の人間は降りてこなかった。


 理子は、呆然とした。

 ……どういうこと?


 ヘリから降りてきた三人は、鈴木を先頭にこちらに向かってくる。

 近づくにつれ、三人ともみな顔が煤でひどく汚れ、スーツが破れたり焦げたりしているのがわかった。一様にその表情は、険しい。

 特に鈴木の眉間には、近づくにつれ、より深い縦皺が刻まれていった。


 そして、理子の目の前までやってくると深々と頭を垂れた。

「理子内親王殿下、誠に、誠に申し訳ございません」

 後に並んだふたりも同様に深々と頭を垂れる。

「どういうこと、でしょうか?」


「天皇皇后両陛下が、崩御ほうぎょあらせられました」


 理子の全身の血の気が引いた。


「また、和泉宮栄仁親王殿下、大仁親王殿下も薨御こうぎょ。和泉宮栄仁親王妃殿下、栄子内親王殿下もまた薨去こうきょあらせられました」


 鈴木は言い終えても、しばらく深く頭を垂れたままだった。

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