第29話 無人
――まるで、ゴーストタウンじゃないか。
が、日向には言わなかった。不安にさせると思ったからだ。
代わりに、こう告げた。
「もう少し、街を見てみようか」
「そうだね」
日向は、うなずいた。
ふたりは、しばらく街を歩いてみた。
だが、どこにも人の気配もなかった。
途中、略奪に遭ったと思われるコンビニに、まだ菓子パンが残っている棚を見つけた。
駆があるだけパンをカバンに入れると、日向が言った。
「お金、ちゃんと払っていこう」
誰も見ていないけど、駆もそうすべきだと思った。
だから、うなずくとパンの合計代金をレジのテーブルの上に置いた。
日向はノートを一枚破ると、こうメモを記し、そのお金の下に滑り込ませた。
『クリームパン2個、ドーナツパン3個、購入しました』
当然だが、「ありがとうございます」の声は返ってこなかった。
さらに進むと、ガソリンスタンドもあった。やはり人の気配はない。
何台か車が列を成し、先頭の車にはなんと給油ノズルが刺さったままだった。
駆はダメ元でそのノズルを引き抜くと、押してきた原付きの給油口に入れてみた。そして、レバーを引いてみる。
「あっ」思わず声がもれた。幸運なことに、そのまま給油することができた。
タンク満タンに給油を済ませると、やはり日向はメモを千切って事務所と思われる建物のカウンターの上に置いた。
『原付きレギュラー満タン、入れさせてもらいました』
そして、駆に尋ねた。
「原付きのレギュラー満タンって、いくらくらい?」
「わかんなけど、千円あれば足りるんじゃない?」
そんな会話の末、駆は財布から千円を取り出すと、メモの上に置いた。
原付きのもとに戻ると、ヘルメットを取り出し日向に渡す。
キーをひねる。左のブレーキを握る。最後に、スタータースイッチ押す。
昨日覚えたばかりの一連の動作をすると、エンジン音が響いた。
よし。これでまた走れる。
「じゃ、行こうか」
日向はうなずくと、駆の背後に収まった。
駆の腰に日向の手が遠慮がちにまわされる。同時に、こんな声が後から聞こえた。
「結局、誰もいなかったね」
実際、駆も内心では思っていた。
空に目を転じると、まだ東の空に黒煙が見える。
駆は、少し考えてこう答えた。
「あの黒い煙が見えなくなるくらい西に行ったら、きっとまた会えるよ。人に」
まるで、自分に言い聞かせているようでもあった。
駆は、ブレーキを解除しアクセルをひねる。
原付きが前進を始めると、街が遠ざかる。
昨日は、人がどこか怖かった。
でも今は、人が無性に恋しい。
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