第25話 ミッション

 佐藤太郎は、混濁した意識の中にいた。

 そして、その最中で「ある夢」を見ていた。

 自分が佐藤太郎ではなく、であった頃を追想する夢を。

 まるで今際の際、走馬灯のように人生が回想されるというあの現象のように……。


 森園淳一は、群馬の裕福な開業医の三男として生を受けた。

 幼い頃から成績は群を抜いてよく、地域で神童と呼ばれ育った。

 勉強で苦労した記憶はない。本を読めば、たいてい一度で頭に入った。

 その生まれ持った恵まれた頭脳により、あたりまえのように東大の理科三類に現役合格。

 卒業後は米国ハーバード大に籍を移し、分子生物学の研究に没頭。卒業後も米国の研究機関で、第一線の研究を行っていた。そう、森園は絵に描いたような学術エリートだった。

 そんな時、かつて籍を置いた東大の天馬和彦教授に声をかけられた。


 ――この国の、日本の未来のための研究に力を貸してくれないか? 君の力が必要だ。


 振り返れば、これが人生の分かれ道だった。

 このオファーを断っていれば、森園は森園淳一の名を捨てずに済んだだろう。


 しかし、森園は声がけに応じ、まもなく帰国した。

 理由は、声をかけたのが天馬だったことが大きかった。当時すでに、天馬は量子力学の世界的権威であり、ノーベル賞に最も近い日本人とも噂されていた。彼がリーダーを務める国家的な研究プロエジェクトと聞き、森園の研究者魂に火が灯ったのだ。それにこの学際的なプロジェクトに絡むことは、今後のキャリアにとっても悪くないと思えた。


 帰国すると、その研究がどうやらとすぐにわかった。


 プロジェクト参画前、最初に求められたのが守秘義務契約へのサインだったからだ。それだけなら、米国の研究機関でもよくあることだ。が、研究の主体が東大ではなく、内閣府だったことが気になったのだ。なぜ大学をはじめ教育科学を管轄する文科省やその傘下の団体ではないのだろうか、と。また本プロジェクトはすべて第一級の国家機密にあたり、家族、友人含め、一切の他言を許さないという徹底した秘密主義も気になった。


 しかし、すべての疑問は研究所入所初日に氷解する。

 天馬から驚くべき研究ミッションを告げられたからだ。


 ――異星人の遺伝子を、解析してもらいたい。

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