第23話 喪失と撤退

 午前八時半、対策本部会議が開かれた。

 そこには大岩、代田、武田に加え、天馬の姿もあった。


 会議冒頭では、各地の甚大な被害が報告された。

 特に自衛隊機が撮影した一夜明けた被災地の空撮映像には、みな息を飲んだ。

 それらの映像は、先の大戦の空襲による「焼け野原」を彷彿とさせた。

 ただ一点ちがうのは、それがモノクロではなく鮮明なカラー映像だということだ。


 ゆえに、どこまでも生々しく、痛々しい現実がそこにあった。

 この見渡す限りの焦土に、つい昨日まで何千何万の人々の穏やかな営みがあったのだ。

 暮らしが、日常が、いのちが、確かにそこにあったのだ。

 失われたものはあまりに大きく、重かった。

 続いて、一同をさらに沈黙させる報告があった。

 それは、宮内庁職員よりもたらされた。


 ――天皇皇后両陛下の崩御が確認されました。


 大岩は、その表情を一層険しくした。

 代田は、堪えきれずハンカチで目を覆った。

 誰もが言葉を失い、しばらくは水を打ったような静けさが支配した。

 この崩御の報を全国民に知らせる術すら、今はない。


 重苦しい沈黙を、大岩の一言が破った。

「ここにいる者だけでも、黙祷しないか」

 会場にいた全員が大岩を見た。その瞳は真っ赤だった。

 今も政界のドンと恐れられているこの男が、涙を必死に堪えている。

 その表情は、その場にいた人々の心を動かした。

「今有事で奪われた、すべての尊い命に。そして天皇皇后両陛下に」

 誰もが黙って、うなずいた。

 それを受け、大岩が野太い声を発した。


「黙祷!」


 みなが瞑目し、亡くなった人々に、御霊に、静かな祈りを捧げた。

 その後も、重苦しい報告が続いた。

 水道、ガス、電気、ライフラインは寸断され、復旧の目処すら立たない。

 交通網も、公共交通機関はもちろん、多くの道路が使用不能な状態にあった。

 携帯、ネットなどの情報網も、いまだ寸断されたまま。マスコミも壊滅。

 被害者の総数は先の大戦も越える空前の規模にのぼるだろうが、正確には把握できていない。

 ただ、現在もなお増え続けていることだけは確かだった。

 あらゆる状況が、を物語っていた。

 今のところ、なんの打開策もない。希望すらないのだ。


 もうこれ以上、悪い報告はないだろうと議場にいた人々が思い始めた会議の終盤、ひとりの職員が取り乱した様子で現れ、挙手をした。外務省の職員だった。

「き、緊急のご報告があります!」

 発言を許された職員は周りを気にしながらも、意を決したように前に出て発言した。


「ざ、在日米軍が、撤退を開始しました!」

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