第19話 私のヒーロー

 日向と出会った日の記憶は、ない。


 物心がついた時には、すでに一緒にいたからだ。

 いつも隣にいるのが自然で、あたりまえだった。


 理由は、物理的に隣に住んでいたというのがやはり大きい。

 日向の家、佐藤家は父子家庭で、父親の太郎が家を空けることが多かった。すると、決まってお節介な駆の両親が「困った時はお互い様」とか「お隣のよしみ」とか「ひとり見るのもふたり見るのも一緒」などと言って、日向を預かった。駆は一人っ子だったが、どうやら駆の母親は女の子が欲しかったようだ。だから、自分の娘のように日向のこともかわいがった。


 日向は、昔から体が弱かった。一度、駆と四つ葉のクローバーを探しに近所の公園をハシゴしてまわった時、倒れて大騒ぎになったこともあった。性格も引っ込み思案で、いつも駆の後に隠れているような大人しいタイプだった。


 しかし、そんな性格に反し、なぜか男の子が遊ぶようなおもちゃを好んだ。明らかに日向の父、太郎の影響だった。

 日向の父、佐藤太郎は大学で社会学の教授をしていたが、その研究テーマが一風変わったもので「ヒーロー社会学」というものだった。ざっくり言うと、古今の日本のヒーローに共通する考えや根底に流れる思想をつまびらかにするという研究らしい。詳細は知らないが。


 だから、日向の家には資料という名の様々なヒーロー玩具やDVDが山のようにあった。

 太郎曰く、あくまでもこれは研究資料とのことだったが、日向にとっては一番身近なおもちゃだった。駆もすぐに、日向の家の玩具やDVDが気に入った。


 そのため、ふたりは日向の家でともに過ごすことが多かった。

 もちろん、遊び道具は太郎秘蔵のヒーロー玩具。太郎秘蔵のヒーローDVDもふたりしてよく観たものだ。太郎はそんなふたりを見て「君たちもだいぶ、わかってきたね。ヒーローの素晴らしさを」などと言い、よく頬を緩めた。そのうれしそうな笑顔を、駆はよく覚えている。


 ふたりが小学校に上がる頃、日向は眼鏡をかけ始めた。

 なんでも先天的に目が光に弱いからとか言っていた記憶がある。

 あるいは、幼い頃にヒーローのDVDを観過ぎて目が悪くなったのかもしれない。

 いずれにせよ、眼鏡をかけた日向は見た目も合わせ、より大人しい印象を周囲に与えた。


 だから、日向が学校で注目を浴びるようなことはほとんどなかった。

 小学校低学年の頃は、ほとんど毎日一緒に登下校もした。

 ふたりとも積極的に友達を作るようなタイプではなかったし、相変わらずふたりともヒーローに夢中だった。この頃には、よく太郎に連れられ、ヒーローショーも見に行った。


 しかし、高学年になるとふたりでいることが、周りから奇異に見られることが多くなった。

 そのうち「あっ、カップルだ〜!」などと級友から、からかわれるようになる。

 それでも、日向は駆のそばを離れようとはしなかった。

 何か言われると、すっと駆の影に隠れ、駆の袖をつかんだ。

 駆の方も、そんな日向を守らなければという使命感のようなものをずっと感じていた。

 悪を憎み、弱きを助ける。まぎれもなく、ヒーローの影響だった。


 そんなある日。

 級友のひとりが悪ノリし、

「おい、おまえらカップルなんだから、チューしろよ!」

 とはやしたて始めた。

「チュー! チュー! チュー! チュー!」

 周りの男子も同調し煽った。

 日向は、いつもように駆の背にすっと隠れた。振り返ると、泣きそうな日向の顔があった。

 駆は拳を握りしめると、意を決し周りの男子に叫んだ。

「うるさい! 俺たちはカップルじゃない! 日向は昔から体が弱いんだ! だから、俺がいつも守ってるんだ! 大切な友達だから! 文句あるか――!」

 駆が叫んだ直後、担任がたまたま入ってきた。

「幸野の言う通りだ! おまえら、今後一切、幸野と佐藤をからかうんじゃない!」

 途端、男子たちは、ばつが悪い顔をした。

 以来、ふたりがからかわれることはパタリとなくなった。

 その事件のあった日の帰り道、日向はぼそりと言った。


「今日は、ありがとう。駆くんは、私のヒーローだね」


 考えてみれば、あれが最初に日向を女の子として意識した瞬間だったかもしれない。

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