第17話 ラジオ
すでに外は、暗い。
当直室もかなりの暗さだったが、ギリギリ明かりを点けず過ごすことができた。
駆と日向は、そこにある簡易ベッドに腰掛け、パンをかじっていた。パンは、ここまで来る途中に立ち寄った小さな商店で、かろうじて残っていたのを買ったものだった。
実際に過ごしてみると、この当直室は想像していたより悪くなかった。
電気も水道も使えるし、部屋を出て廊下を進めば水洗トイレも利用できた。
日向も最初は「本気?」みたいな顔をしたが、今は落ち着いた表情をしている。
しかし、駆の心はどこか落ち着かなかった。
これから、ふたりきりの一夜を過ごすと思うと、どうにも落ち着かないのだ。
幼馴染なので、幼い頃は一緒に寝泊まりしたこともある。が、それはごく幼い頃の話で、今やふたりは高校生なわけで、それなりのお年頃だ。
加えて、この一年は疎遠になってしまい互いに気まずかったのに、である。
だから、あえて少し早めの夕食としたのだ。やることがあれば、少しは気が紛れると思って。
だが、それも食べ終えると、本当にやることがなくなった。
相変わらず携帯も「圏外」で、互いに何をするでもなく時間を持て余した。
おまけに室内は、もうかなり暗い。
暗がりの中、続く沈黙がさらに気まずさを加速する。
それに耐えかね、駆は立ち上がると室内を確認するように歩き始めた。
「どうしたの?」日向が尋ねてきた。
「いや、そろそろ明かりでも付けようかなって」
そんな言葉が口をついて出た。すると、
「でも、部屋から光がもれるのってマズいんじゃない? 私たち、ある意味、不法侵入してるわけだし」
「確かに」鋭い指摘だと思った。
そこで、駆は何か使えるものはないかと改めて室内を見回した。
「あっ、これ使えないかな?」
駆は、壁に吊るされた懐中電灯を指差した。
そして、それを手に取ると、スイッチを押してみた。橙色の明かりが灯った。
「ついたね!」
そう言う日向の表情も、橙色に染まった。
しかし、このまま室内を普通に照らしたら、明かりを付けたのと同じになりそうだ。
外にできるだけ光がもれない配慮せねば。そこで駆は懐中電灯を床に置いてみた。
「こうすれば、大丈夫かも」
映画館のフットライトのようなイメージだ。床面のみが照らされ、そのほのかな照り返しで部屋全体もうっすら明るくなった。これなら、外にも光がもれないだろう。
「うん、いいね」
この一連の会話が終わると、再び沈黙が流れた。
いっそ寝てしまおうかとも思ったが、それにはまだ時間が早過ぎる。
隣の日向を盗み見ると、同じく落ち着かない様子で髪を触っていた。
何かしゃべらなければという強迫観念のようなものにまた駆られる。
駆は、苦し紛れに室内を再び見渡してみた。
何かないか?
テーブルの上のあるモノに目が止まる。
それは、古いラジカセだった。
駆は立ち上がると、テーブルまで歩いてき間近で眺めてみた。
「これって、ラジカセってやつかな?」
以前、友達の家に行った時、似たものを見たことがある。
「それっぽいね、随分古そうだけど……」
日向の言う通り、もはや考古学的価値がありそうな古いラジカセだ。
よく見ると、背面の電源プラグはコンセントに刺さったままだった。
「電源入るかも」
「本当に?」
日向も立ち上がり、駆の隣にやってきた。
駆はPowerと書かれたボタンを試しに押してみた。液晶にRADIOという文字が灯る。
「ラジオ?」
「多分」
ふたりとも同時にスピーカーに耳を近づけた。
間もなく、ノイズに混じって断続的な女性の声が聞こえてきた。
「こちらはコミュニティFM湘南――繰り返しお伝え――」
「やっぱ、ラジオだ!」
駆の声に、日向も笑顔でうなずく。ふたりとも、情報には飢えていた。
「――首都圏および横浜――の爆発――現在も――発生――模様です。テレビ――はじめ――キー局――停波――詳しい――不明――電車、地下鉄――公共交通――見合わせ――模様です。携帯――キャリア――不通――未定――ことです。首都圏および――いまだ危険――できるだけ離れ――命を最優先――ください。コミュニティFM湘南――」
駆と日向は、しばらくそのままじっと耳を傾けた。
電波が悪いのか聞き取りづらかったが、どうやら録音した音声を繰り返し流しているようだった。また他局も聞こえるか試してみたが、他に受信できる放送はFM、AMともになかった。
三十分ほど後、ふたりはようやくラジオを切ると、再びベッドに腰を下ろした。
断片的だったが聞き取れた情報としては、
一、首都圏だけでなく横浜周辺でも爆発があったらしい。
二、テレビやラジオのキー局はすべて停波している。
三、交通機関もほとんどが止まっている。
四、携帯も全キャリアが不通もしくは繋がりにくい状態にある。
五、首都圏および横浜周辺から、なるべく離れた方がいい。
最後の五は、公的な情報というより放送の発信元であるコミュニティFMの私的なメッセージという印象を受けたが「命を最優先」という言葉はふたりの心に強く残った。
結局、爆発の原因などはわからずじまいだったが、得られたわずかな情報からでも、事態は想像以上に深刻で、今なお悪化しているように思われた。
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