第12話 象徴の家族

 神奈川県三浦郡の葉山御用邸に、唸るようなローター音が響いていた。

 自衛隊のヘリEC‐225LPが、その車寄せにゆっくりと降下していく。


 異様な光景であり、紛れもなく異例の事態だった。


 無骨な機体が着陸すると、対照的に華奢な体躯の若い女性が降りてきた。


 ――和泉宮理子いずみのみや りこ


 皇位継承順位第二位にあたる和泉宮栄仁ひでひと親王の第二女子で、今年、学習院高等科を卒業し大学に入学したばかりだった。


 淡いピンクのツーピーススーツ。長い黒髪は後でひとつに束ねられていた。姿勢がよく、背筋がまっすぐ伸び、目には皇室の女性らしく凛とした佇まいを感じさせた。


 しかし、その心は平静でなく、大いに揺れていた。

 理子は、まさかこんなかたちでここを訪れるとは夢にも思わなかった。いや、むしろ夢であってくれたら、どれほどいいかと。

 一時間ほど前に聞いた話は、それほどに彼女を打ちのめした。


 ――皇居、そして赤坂御所にも、爆発の被害が及んだ。


 皇居には、天皇皇后両陛下。赤坂御所には、理子の両親である和泉宮栄仁親王夫妻、そして姉の栄子えいこ内親王と弟の大仁おおひと親王がいた。

 消火活動は難航しており、安否についても現在確認中とのことだった。


 続報は、まだない。


 今朝まで、理子は石川県にいた。

 午前中から開催予定だったあるシンポジウムに、来賓として招かれていたためだ。


 しかし、朝から全国で起きた爆発騒ぎにより、シンポジウムは中止となった。

 金沢市内に留まっていたところ、同じ市内の高層ビルが被害に遭ったのを受け、宮内庁職員が理子の安全を考え政府に働きかけると、急ぎ帰京するよう小松空港に自衛隊ヘリを手配した。


 だが、離陸まもなく、皇居と赤坂御所の被害についての第一報が入った。また東京の被害も甚大であり、都内に戻ることも危険だと宮内庁は判断。そのため急遽、異例ではあるが、ここ葉山御用邸にヘリを着陸させたのだった。


 御用邸内に入った理子は、祈る他なかった。

 この悪夢のような騒ぎが一刻も早く収まることを。そして、大切な人々の、家族の無事を。

 しかし、彼女はまだ知る由もなかった。


 ――彼女が、現皇室で唯一の生存者になってしまったことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る