第9話 影の総理、動く
代田は、オンラインで開催された臨時の全国知事連絡会に参加していた。
モニターには、本来であれば四十七人の都道府県知事が集う予定だったが、実際に参加したのは、およそ半数だった。この時点では、まだ連絡の取れない都道府県も多かった。特に被害が著しかった都道府県については、知事の安否すらも確認できていなかった。
まずは人命救助を最優先に、政府と各都道府県が緊密に連携し、各都道府県の警察、消防に加え、自衛隊を派遣し対応すること。また被害の全容把握、犯人逮捕に向けた情報収集についても連携しこれに当たること。そうしたお題目の確認だけで、会議は終了となった。
各都道府県ともに、今は自らの地域の安全確保が最優先で、そのために会議でいたずらに時間を無駄にしたくないというのが本音のようにも感じられた。
会議の直後、ある男が本部長室に入ってきた。ノックも、挨拶もなかった。
総白髪の和装姿。表情には深い皺が刻まれ、それなりの歳を感じさせたが、眼光は猛禽類のように鋭く、その目だけとっても、この老人が只者でないことを見る者に感じさせた。
「おっ、大岩先生!」
代田はまるで一年生議員のように、その場に直立し背筋を伸ばした。
――
それが、男の名だった。
長野の豪雪地帯に生まれ、最終学歴は高卒だが建設業で身を立てると、二十代で政界に進出。
地盤もコネも学歴もなかったが、緻密にして豪胆な性格と一代で築き上げた金脈を背景に成り上がり、戦後最年少にして首相に就任。政界を引退し、齢八十を超える現在もなお強い影響力を持ち、日本のフィクサーあるいは影の総理と呼ばれる男。そして、代田がこの世で最も恐れる男でもある。
「あまり年寄りをこき使うな!」
開口一番、野太い声で大岩は告げた。
代田は縮み上がり、
「ま、誠に申し訳ございません! しっ、しかし、事態が事態でございまして……おっ、大岩先生のアドバイスを――」
「――冗談だ」
大岩は口角を、ほんの少しだけ上げた。
どうやら大岩なりのジョークだったようだが、代田にはそれがわからなかった。
「で、状況は?」
大岩は、そう言うと応接セットのソファにさっさと掛けた。
慌てて、代田も執務机の椅子から離れ、大岩の向かいに座った。
「了解しました。おい武田くん! 武田くん‼」
代田は急いで武田を呼ぶと、大岩に現状について説明させた。
全国各地で爆発が現在も相次いでいること。犯人は不明で現在警察を中心に捜査中ということ。被害状況についても各自治体と連携し確認中ということ。さらに、武田は最後に首相官邸も被害に遭い、現閣僚のうち代田を除く全員がその犠牲となったと付け加えた。どうやら、全国知事連絡会の最中に、閣僚の死亡は確認されたようだった。
武田のその報を聞いて、代田は青ざめた。やはり、ダメだったか、と。
一方、大岩はずっと瞑目し、微動だにせず話を聞いていた。
さすがに肝が据わっている。武田は話しながら、代田との器の違いを明確に感じていた。
「米軍は? アイツらはどうしてる?」
目を開くと、大岩は太い声でそう尋ねた。
「日本政府の要請があれば、ただちに在日米軍を各地に展開する用意があると連絡が入っています。また米軍は米軍で独自に、今有事の情報収集を行っているようです」
「その点について、アイツらは何か言っているか? たとえば、犯人の目星とか……」
「いえ、現時点では特に」
大岩は、腕組みし考え込むような表情を見せた。
すると、ドアをノックする音が響いた。
「誰だ!」
苛立たしげに代田が声を荒げた。
扉が開き、対策本部の職員のひとりが顔を出す。
「申し訳ありません! しかし、緊急でお伝えすべきことかと!」
「なんだ!」
「た、たった今、報告が入り、皇居にも爆発の被害が及んだと……」
「なんだって?」
代田の声が上ずった。
「それで陛下は!」
大岩も鋭い視線を、その職員に向けた。
職員は、緊張した面持ちのまま続けた。
「御所はいまだ延焼中で、天皇皇后両陛下の安否も確認取れず、とのことでした」
「なんてことだ……両陛下は避難していらっしゃらなかったのか! 宮内庁は何をしていた‼」
「宮内庁は両陛下に避難を促していたらしいのですが、陛下が『このような時こそ、国民とともにある』とおっしゃられたらしく……」
その言葉を聞くと、代田は頭を抱え黙り込んだ。
そうした代田に対し、大岩の反応は早かった。
「引き続き、情報収集を。両陛下に関する新たな情報が入ったら、すぐ我々に報告を頼む」
大岩は低い声で端的にそう指示すると、さらに、こう付け加えた。
「とにかく、情報収集だ。人命救助は各都道府県に任せて、政府としては特に敵に関する情報を集めてくれ。もはや、これは戦だ。これ以上、敵の好きにはさせん。自衛隊も駆使し、情報収集を急いでくれ」
「了解いたしました」
武田は自衛官らしく、きっぱり答えた。同時に、大岩が来てくれて本当によかったと思った。
代田だけでは、いたずらに時間を無駄にしかねなかった。その意味で、いち早く大岩を頼った代田の判断も正しかったとも。
そしてこの時点で、実質的に政府の指揮は代田から大岩に委ねられたに等しかった。
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