第7話 焼失
学校を出て、約二時間。
ようやく、戸越銀座にたどり着いた。
普段ならゆったりした空気の商店街に、今日は緊張が漂う。
すでに多くの店がシャッターを下ろし、人はみな足早で表情は一様に険しい。
営業していたスーパー、ドラッグストアには、やはり人が殺到していた。
が、何よりふたりが違和感を感じたのは、その「匂い」だった。
どこからか、やたら焦げ臭い匂いが漂っている。
……火事?
駆の脳裏に、そんな考えが浮かぶ。
日向も同じことを考えたのか、ふたりは無言でうなずきあうと帰路を急いだ。
ふたりの自宅は、商店街から二本通りを入ったところにある築二十年ほどの鉄筋コンクリートのマンションだ。商店街からは徒歩五分ほどの近距離にある。
ふたりが自宅に近づくと、なぜか焦げ臭いも増してきた。嫌な予感がする。
まさか⁉
最後はほとんど駆けるようにして、ふたりはマンション前にたどり着いた。
同時に、目の前の景色に絶句した。
――マンションが、自宅が、帰るべき場所が、燃えていた。
駆はそこにいた人垣をかきわけ、自宅に近づこうとした。が、
「下がって! 危ないから、下がって‼」消防隊員にすぐに制止された。
まもなく非常線が貼られ、それ以上はマンションに近づけなくなった。
赤々と燃えるマンションに、消防士たちが放水を開始する。
その様を、ふたりは黙って見る他なかった。
怖いとか、悲しいとか、そんな感情も浮かばなかった。
あの炎の奥で、過ごしてきた家が、部屋が、家具が、服が、思い出が、刻々と失われていく。
そのことがあまりに非現実的で、絵空事のようで。
まるで、テレビか映画でも見ているような気分だった。
ピコン!
その音が、ふたりを現実に引き戻した。
日向の制服のポケットから、その微かな電子音は聞こえた。聞き慣れたメッセージアプリの着信音だと、すぐにわかった。
日向はポケットから携帯を取り出すと、覗き込んだ。
「繋がったの?」
自然とそんな言葉が出た。
彼女の携帯が繋がっただけでも朗報じゃないか。おそらく、今日初めての。
しかし予想に反し、日向は困惑した表情を浮かべていた。
「一瞬だけ繋がって、また圏外になっちゃったみたい」
そう言って、日向は携帯の画面を駆へと向けた。
「でね、お父さんからメッセージが入ったんだけど。これって、どういう意味かな?」
画面には、短い一文だけがあった。
――逃げろ、できるだけ遠くへ。
日向の父、佐藤太郎は学者だった。
佐藤家は父子家庭で、太郎は確かどこかの大学で社会学の教授をしていたはず。
そこから、駆はこの短い一文に想像を巡らせた。
社会学者とはいえ、大学に籍を置く身。ひょっとしたら今回の騒動について、何か情報をつかんだのかもしれない。だとしたら……。
そこまで考えたところで、袖口を引っ張られた。
再び、日向を見る。明らかに様子がおかしい。
顔には、明確な「恐怖」が浮かんでいる。
その表情は、今日すでに二回見ていた。
「また、あの人が、いる」
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