第6話 閃光と黒煙

 駆と日向の自宅は、東急池上線、戸越銀座駅の近くにある。

 電車やバスなどの公共交通機関を使えば、高校からも比較的近い。


 しかし、今日に限ってはそうはいかない。実際、外苑前駅から溢れ出た人を見る限り、少なくとも銀座線は不通のようだったし、渋谷から立ち昇った黒煙を見れば、渋谷に乗り入れている交通機関も絶望的だろう。また渋滞のため、タクシーも機能しているとは思えなかった。


 だから、徒歩で帰る他なかったし、それが結局、最速で家にたどり着ける手段だった。ふたりは、自らの足で先を急いだ。駆の足はまだ痛んだが、なんとか歩を進めた。時々、振り返っては、ストーカーの男がいないか確認したが、骨董通り以来、男の姿は見なかった。どうやら、うまくまけたようだ。


 青山通りから広尾、恵比寿と抜け、ふたりは目黒駅付近まで来た。

 JR目黒駅前にも、多くの人と車が溢れていた。


「山手線は全線運転を見合わせております!」


 駅員が拡声器の割れた声で繰り返している。

 そんな最中、前方の空に白い閃光が走った。


「あっ!」

「光った!」

「今、光ったよね!」


 ふたりの周りからも、そんな声が上がった。

 方向から言って、おそらく品川駅方面だろう。

 閃光は雷のように地面に向かって伸び、直後、光が落ちたあたりに黒煙が昇った。


 いったい、何が起きているのだろう? やはりテロか? それとも……。

 また駆の脳裏に、今朝見た臨時ニュースの「ミサイル」の文字が蘇った。

 テロでなく、もしもミサイル攻撃だとしたら――

 

 ――それってもう、戦争じゃないか。


 もし本当にそうだとしたら、状況は一層悪化していくだろう。

 振り返れば、渋谷方面にも相変わらず濃い黒煙が見える。

 黒煙から逃げる意味でも人混みを避ける意味でも、目黒駅を離れ権之助坂を下るのが賢明だと思えた。だから、ふたりは権之助坂を下り山手通りに出る選択をした。


 山手通りの渋滞もまたひどかった。警察、消防などの緊急車両でさえ、渋滞にはまり身動きが取れないようだった。路肩に車を止め、歩き始める人もいる。歩道にも帰宅難民と思われる人々が溢れつつあった。


 ふたりの家のある戸越銀座まで帰るには、どこかでこの山手通りを横断する必要があったが、こうした状況で車がほぼ動いていなかったため難なく横断できた。車と人に溢れた山手通りを避け、東急目黒線不動前駅近くの通りに入る。


 すると通り沿いのスーパーから、金切り声が聞こえてきた。

 その声に思わず店の中を見ると、水のペットボトルを巡り主婦が取っ組み合いをしていた。店員もその様子に気づいてはいるが、会計で手一杯のようで「ただ今、現金のみのお会計になります!」と繰り返し叫ぶのみだった。

 すでに陳列棚からほとんどの商品が消え、残った商品を巡り争奪戦が始まっていた。眼前に立ち昇る黒煙の恐怖に人々は、すでにパニックに陥っているように見えた。

 ふたりは目を背け、その場を後にした。

 東京を包む空気が、異常さをはらみ、日常が変質しつつある。


 とにかく、一刻も早く家に帰ろう。


 自宅こそが奪われた日常の象徴であり、帰るべき場所だった。

 自然とふたりの口数は減り、反比例するように歩くスピードが上がった。

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