第5話 影の総理
ヘリから見る窓外の景色に、代田は言葉を失った。
曇天ながら、遠方に見える東京都心部には幾筋もの黒煙が登っていた。
一九九五年の阪神淡路大震災、二〇一一年の東日本大震災のニュース映像が脳裏によぎった。
あの黒煙のひとつの根本に、首相官邸も……。
その光景に、信じがたい現実が実際に現在進行形で起きていることを痛感させられた。ほどなくEC‐225LPは、ゆっくりと滑走路に着陸した。
立川広域防災基地。
着陸したのは、その一角にある陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路だった。
通常、巨大災害等の有事の際、国の災害対策本部は首相官邸に設置されることになっている。
だが、その首相官邸が爆発により今は使用不能だ。そうした際、代替施設もあらかじめ定められている。第一の代替施設は、内閣府や内閣官房が入居している中央合同庁舎第八号館だ。しかし、官邸と道を挟んだ向かいに位置し、同様に爆発の被害を受けていた。
さらに第二の代替施設として定められている、市ヶ谷の防衛省の中央指揮所もまた爆発の被害を受け使用不能となっていた。このように首都圏一帯が壊滅した際の第三の代替施設として定められているのが、都心から三◯キロ離れた立川市の立川防災基地だった。基地内には、陸上自衛隊の立川駐屯地、警視庁、東京消防庁関連施設に加え、医療関係施設。さらに今回、災害対策本部が置かれることとなった、立川防災合同庁舎がある。
代田は、合同庁舎の災害対策本部長室に入ると、椅子に腰掛け深いため息をついた。
室内に、国家安全保障局審議官の武田、そして秘書の横山が続く。
生き残った各省庁の官僚たちも、ここ立川を目指し移動しているとのことだった。
しかし、公共交通機関ならびに道路がほとんど機能しておらず、大半が徒歩での移動を強いられているらしい。そのため、対策本部では人的リソースはもちろん情報リソースも圧倒的に不足しており、事態の全容についてもほとんどつかめていないのが実情だった。
ならば民間の情報はと言えば、そちらも壊滅的だった。首都圏のテレビ、ラジオといったメディアはすべて放送が停止していた。メディアもまた被害に遭っていたのだ。試しに代田は横山にテレビを付けさせてみたが、どのチャンネルも砂嵐が映るのみだった。
なんてことだ……。
今まで運だけはよいと思っていた。が、今日でその運も尽きたかもしれない。
よりにもよって、日本史上空前のこの国難に、自分が政府のトップとなるとは。
これからの自分のひとつ一つ決断が、下手したら国運を左右しかねない。
その重圧に、果たして自分は耐えられるだろうか?
どう考えても、耐えられそうにない。己の器は、己が一番理解している。
だから、頼りにできそうな代議士には、すでにヘリから衛星電話で連絡を取っていた。
しかし、ことごとく連絡は付かなかった。都内ではかなりの箇所で爆発があったと聞く。他の議員たちも、それこそ野党議員も含め、安否すら風前の灯火かもしれない。その時、代田の脳裏にある考えが浮かんだ。
現役の議員が難しいなら、すでに引退した議員なら……?
真っ先に、ある男の険しい顔が浮かんだ。代田がこの世界で最も恐れる男の顔。
しかし、その顔を思い浮かべた時、不思議と心が落ち着くのを感じた。
コンピューターのような緻密さと、戦車のような突破力を兼ね備えた男。
戦後最年少で総理に登りつめ、今なお、政界を裏で牛耳るフィクサー。影の総理。
もはや、あの男にすがる他ないのでは?
その想いが確信に変わると、すぐに衛星電話を取った。
現在は鎌倉に隠居の身のはず。都心から遠く、おそらく被害も免れているのではないか。それに、この国難にあっても、あの男が簡単に死ぬとは思えなかった。
果たして、電話はつながった。
声は相変わらず野太く、恐ろしかった。男はやはり生きていたのだ。
電話口ながら時折頭を下げ、事情を説明すると、代田は最後にこう告げた。
「すでに隠居の身の先生に、このようなお願いをするのは誠に恐れ多いのですが、事態が事態です。こちらにお越し頂き、直接お力を……お貸しいただけないでしょうか? 大岩先生」
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