第33話 体の調子を整えたい


 相談に来ていた医者が退室し、僕は再びハカモリと話し合いをする。


「貧魔は置いといて、病弱体質の改善をどうにかしたいね。どうしたらいいかな?」


「ベタなやつだと、乳酸菌飲料、サメの肝油かな?」


「この世界の乳酸菌飲料って、ちょっと怖いな……」


 衛生的に。


「そもそも、あるか分からないし……」


「生きたまま腸に届くとも思えないしね」


「まあ、死んでても腸を通るだけで効果はあると思うけど……悪玉菌の餌になったら元も子もないか……」


 乳酸菌で腸内環境を整えるのは難しいのだ。


「肝油は……成分を調べられないのが怖いね……」


 サメは大型魚だ。大型魚の肝臓には濃厚なビタミンAが含まれていて、過剰症になる危険がある。


「そもそも、なんで病弱なの?遺伝か、エイズ的な何か?」


「いや、未経験な子供にエイズって…………。それに、母上も父上も健康だから、遺伝とは思えないし…………」


「じゃあ、なんだろうね?」


「なんだろうね……?」


 僕もハカモリも、病気には詳しくない。考えても、原因は分からなかった。


「純粋に免疫が上がればいいと思うんだ」


「じゃあ、太ろうか」


 ハカモリがサラッと爆弾発言をした。

 


 ちなみに、医学では脂肪=免疫という考え方がある。熱を出した時に脂肪をエネルギーに変えるから、ある程度の脂肪がないと発熱や風邪に弱くなるのだ。


 体脂肪率が低いボディービルダーなんかは、風邪をひきやすいなんて言うぐらいだし、脂肪は大切だ。


「そんなに痩せてないと思うけど……」


 僕が腕を捲ると、いつも通りの腕が露になる。


「いや、ガリガリじゃん」


「そうかな?」


 自分では分からないだけかな?他の人から見たらガリガリ?


 僕は上半身を起こして服を脱ぐ。


「起きて大丈夫なの?」


「平気だよ。体に力が入らないだけだから」


 ハカモリの心配を他所に、僕は上半身裸になった。


「うん。引き締まってるね。ナイスマッチョ」


「いや、ただのガリマッチョだろ。八歳児がガリマッチョとかキモイわ」


 言われてみれば、痩せてる気がする。太るべきなんだろう。


「脂肪つけるか……」


 ただ、太るとしても限度がある。医学では脂肪=免疫と言ったけど、太り過ぎは良くない。病気の原因にもなるし、ストレスも抱えやすくなる。


「肥満1ぐらいが良いよね……」


 肥満1は、三種類の脂肪のどれか1つが多い状態……って健康診断の紙に書いてあった気がする……。


「ハカモリは肥満1だよね」


「そうだよ。コレステロールの脂質異常。悪玉コレステロールが多いんだよね」


 悪玉コレステロールは、彼の宿敵と言ってもいい。ラーメン、チーズ、卵、彼の好物にはコレステロールが付き纏うのだ。


「パッと見、痩せてるように見えるけど……」


「見た目は関係ないんだよ。衛生の先生も言ってたでしょ?」


「あー……言ってた気がする……」


 BMIの話のときだっけ?……ん?BMIってなんだろう?なんか計算した記憶はあるけど……身長と体重がなんだかんだ……。思い出せない……。


「まあ、しっかり食べてれば良いんじゃない?」


「しっかり食べてコレなんだけど?」


 僕はサイドチェストをした。あっ、力が抜ける……。


 貧魔の症状で立っていられず、ベットに突っ伏す。


「坊ちゃま!?」


 メイドが慌てて駆け寄ってきた。それに反して、ハカモリは冷静に一言。


「安静にしろよ……」


「元気いっぱいな小学生が安静に出来るわけないでしょ?」


「坊ちゃま!そんなこと言ってないで、反省してください!だいたい、坊ちゃまは――」


 病弱なのに動きすぎ。メイドの声に耳を傾けない。貴族という責任ある立場なのだから部下の話を聞け。と、滅茶苦茶怒られた。ハカモリに軽口を叩いただけなのに……。


 何はともあれ、脂肪の話。


「たぶん、太らない体質なんだよね。どうやったら太るかな?」


「暴飲暴食は体に悪いし、もう諦めたら?野菜食っとけばなんとかなるんじゃない?」


「結局、そこに落ち着くのか……。野菜はしっかり食べてるんだけど……」


 栄養を知らない割には、貴族の食事はバランスがいい。

 サラダとか、付け合せとか、彩りとか、野菜がたくさん使われている。


「でもまあ、ビタミン不足を補えば多少は改善できるかな?今より、たくさん食べないとダメかもだけど……」


 結局、野菜を暴食することになりそう。一日に必要なビタミンを補うための野菜の量って多いから。野菜はあまり好きじゃないんだけどな……。


 僕が黄昏ていると、ニア姉上がノックもせずに入ってきた。


「フィル!貧魔なんだって!?だいじょう……ぶ?」


 姉上が僕を見て固まった。


「なんで上半身裸なの?風邪ひくよ?早く服着て」


「わかりました」


 力の入らない体を動かして、のろのろとシャツを手に取ると、姉上がすかさずベットに上がって手伝い出した。


「フィルは貧魔なんだってね。辛いでしょ?お姉ちゃんが着せてあげるから楽にしてて」


 有無を言わせず、テキパキと着せてボタンを留めていく姉上。


「寒かったでしょ?お姉ちゃんが温めてあげるね」


 姉上が僕を抱きしめる。優しいけど力強くて、温かい。身を任せたくなる抱擁。


 ずっとこのままがいい。でも、今はダメだ。人目がある。それに、まだハカモリに相談があるのだ。


「姉上、今は寒い時期じゃありません。むしろ暑いです。離れてください」


 日中は暖かく、夜は寒い。初春の気候だ。日中の今、人肌は暑い。


「体調は大丈夫なの?」


「一応、解決策は出ました。医者にも協力してもらっています」


「あっ。そういえば、医者から聞いたよ。腐った豆を手に入れて欲しいんだってね。お姉ちゃんが探してくるよ」


「ありがとうございます」


 ニア姉上は顔が広くて人脈が豊富。だから、外国で食材探しをするのに打って付けなのだ。本当に心強い。


「それで、具体的にどんなのが欲しいか教えて欲しいの。だから、一緒にベットで寝ようか」


「姉上、話の前後がおかしいです」


 どこから一緒に寝る流れになったんですか……?


「いいから、いいから。フィルは病人なんだから寝て。ほら早く」


 言われるがまま……というか、されるがままだった。


 姉上が腕力で僕の上半身をベットに押し付けた。そのまま、姉上は僕に添い寝をして、胸の当たりをポンポンする。


「懐かしいな〜……。昔はよくこうやって寝かしつけてたんだよ。覚えてる?」


「覚えてないです。それより、味噌のとくちょ――」


「――そうだよね。覚えてないよね。フィルはまだ赤ちゃんだったもんね」


 赤ちゃんの頃か……どうりで覚えてないわけだ。


 いや、それより説明。


「あの、姉上――」


「――眠かったら寝ていいんだよ。沢山寝ないと大きくなれないからね」


 それは夜に言う言葉です。お日様が輝いている時に言わないでください。


「あの、姉上、味噌なのですが……」


「ミソなんてどうでもいいでしょ?お姉ちゃんと寝よう?」


「本題を思い出してください……」


 姉上が駄メイドと似たようなことをしている。残念だ。


「あのね、フィル。私はあまりフィルと一緒に居られないの」


「え?そうなのですか?」


 もうすぐお別れということ?ついに嫁入り先が決まったのかな?


「私が学園に通っていた頃、家に帰る度、一日中フィルと一緒に居てね、私の母上が拗ねちゃったの。それで、あまりフィルと一緒に居られなくなっちゃった」


「自業自得じゃないですか……」


 なんというか…………残念。姉上って残念な人だったのかな?


「でもね、フィルから相談されたって言い訳さえあれば、ずっとに一緒に居られるの。だから、説明の途中で眠くなったら寝てもいいんだよ」


「わかりました。眠くなったら寝ます」


 僕は、眠ることなく説明を続け――執念じみた細かい質問に、詳細に答えて――姉上を追い出した。

 僕はハカモリと重要な話をしないといけないのだ。いつまでも姉上に構っていられない。


 でも、もうちょっと一緒に寝たかったな……。

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