第32話 五大栄養素は……まだ早い


『熱やエネルギーになるもの』は、魔力になるのだろうか?


「ありえるかもしれないね。ハカモリはどう思う?」


「正しいかは分からないけど、いい考えだと思う」


 だいたい、意見は合ったかな。満場一致で正しいということにしよう。


「そうなると、何が魔力を生み出すかだよね」


「『熱やエネルギーになるもの』は、炭水化物と脂質だったよね?」


「炭水化物はエネルギー。脂質は熱だから……魔力は炭水化物かな?」


「脂質もエネルギーに変換されると思うんだけど……?」


 たしかに、脂肪なんかはエネルギーに変換されるから、脂質もエネルギーに変換できるはずだ。


「脂質にも種類あったよね?エネルギーになるのは脂質全部かな?それとも、一部の脂質?」


「えー……。覚えてない……。一括りに油とか糖って言うけど、種類が多いし性質も違うからね……」


「というか、仕事で全然使わなかったから、普通に忘れるよね?」


「うんうん。忘れる忘れる」


 顔を見合わせて笑い合う。


「あの……質問しても良いですかな?」


 医者が居るの忘れてた。


「あっ、すいません……」


「ごめんね。君の意見がかなり良かったから、話に夢中になってたよ。質問ってなに?」


「私の意見がお役に立つなら、何よりです。それで、質問なのですが……栄養は三種類では無いのですかな?」


「あれ?言ってないの?」


 ハカモリに聞いたら苦笑された。


『三大栄養素が分からないんだから、五大栄養素は難しいって。詰め込みすぎても良くないし……』


 ハカモリは、医者に分からないように日本語で答えた。

 あからさまに言語を変えると、後ろめたさが透けて見えるよ、ハカモリくん……。


 まあ、とにかく、事情は分かった。たしかに、単純明快な三大栄養素で躓くなら、すこし複雑な五大栄養素は難しい。

 あまり詰め込みすぎると、混乱して曲解や誤解、思い込みが多くなる。それは避けた方がいい。


「栄養の種類については、頑張って見つけて欲しい。正直、僕たちでも分からないし、間違えることもあるんだ」


 学生の頃、ゴマはビタミンだと思ってたら脂質で、それを知ってるのに間違えちゃう……ってことがよくあった。見た目に騙されがちだし、栄養って難しい。


「もしかしたら、遠い外国に栄養学を研究している国があるかもしれないです。その国を探してみるのも……難しいですよね……。すいません……」


「あ、いえいえ。お気になさらず……」


 栄養学を研究している国か……。


「もしも、栄養学を研究している国があるとして、どんな国だと思う?」


「中国みたいな国とか……?」


「中国か……」


 たしかに、中国は昔から薬学が発達していたイメージがある。漢方とか、そういうの。

 医食同源を唱えたのも、中国だっけ?意味は、薬も食事も源は同じ……あ、これは、先生が違うって言ってたか。間違いを覚えてた。


 医食同源の意味は分からないけど、ハカモリが言いたいことはわかった。


「たしかに、中国みたいな国があれば可能性はあるね。でも、健康食だったら日本みたいな国もありじゃない?」


「あー。そうだね。味噌とか欲しいって思ってたね。忘れてた」


「ああ。僕も忘れてた。味噌、欲しいね」


 豚骨スープを作っている時に、味噌豚骨にしたいって思ったんだよね。味噌も麺もなかったから、豚骨ラーメンもどきになった苦い思い出が蘇るよ。(昨日の出来事)


「ミソ、というのは?」


 あ、また医者を放置していた。


「味噌は腐った豆だよ」


「腐った豆……」


「腐った豆なら、納豆もありますけど……今は関係ないですね。すいません」


「い、いえ。それはいいのですが、腐ったものを食べるのですかな?」


 僕はハカモリと顔を見合わせる。


 先に口を開いたのはハカモリ。


「この国に腐り物って無かったっけ?」


「あからさまなのは見たことないね」


 納豆とか、シュールストレミングとか、明らかに腐ってるだろって思うものは見たことない。貴族だから、自動的に避けられてるのかもしれないけど。


 口下手なハカモリに、腐り物の説明は難しいだろう。ここは、僕が説明しよう。


「ワインがどうやって出来るか、知ってるかな?」


「ブドウを圧搾し、樽に入れれば出来ると聞いたことがあります」


 要するに、ぶどうジュースを樽に入れるってことだね。


「じゃあ、どうして、ブドウジュースがワインになるかは知ってる?」


「水の精霊がイタズラをして、酒になると言われています」


「異世界だね〜……」


 この世界、精霊が居る。実在する。しかも意思疎通できる。

 

 水の精霊が、「私がイタズラしたから酒になったんだよー」とか言ってからかってそう。そうじゃなくても、「酒を作ってやるから、我に供物を捧げよ!」とか言うかもしれない。


 それはともかく、本当に水の精霊が酒を作っているかもしれない。この世界では、僕が間違っている可能性がある。教える側としては、不確かなことは言いたくない。


 …………まあ、いいか。間違ってるかどうか、調べるよね。たぶん……。


「前世の世界の話なんだけど……ワインは、腐ってるんだよ」


「……はあ?」


 医者が、おかしな人を見る目で、僕を見る。


 気持ちは分かる。問題なく飲めて美味しいものが腐ってるとは考えない。信じられないだろう。


 僕も、言った後で「あれ?なんか違う?」って思った。ワインは腐り物じゃない気がする。イメージ的に。


 …………まあ、いいや。押し通そう。


「腐ってる物って臭いでしょ?」


「そうですな……」


「ワインって臭いでしょ?」


「大人な匂いだと思います」


 大人な味みたいに言わないで……。


 まあいい。ややこしくなるけど、押し通そう。


 僕は、できる限りのドヤ顔を作って言い放つ。


「そういうことだよ」


「どういうことですかな?」


 押し通せなかった。普通に質問された。


「ぶどうジュースは、時間経過で腐り、ワインになる。ということだよ」


「腐ったものは飲めませんぞ。そもそも、ワインは腐りません。いつまでも、保存できます」


「腐らないんじゃない。腐っているのに気づいていないだけだよ。個人差はあるけど、問題なく飲めるからね」


「飲めるのなら、腐っているとは考えられないと思いますが……?」


「腐るのには、種類があるんだよ。『発酵』と『腐敗』。この2種類ね」


「『はっこう』と『ふはい』ですか」


 この国に、発酵と腐敗に当たる言葉は無い……たぶん。認識してないからね。知らないものに言葉をつけることはできない。


 医者には、発酵と腐敗に当たる、この国の言葉を作ってもらおう。そうしよう。


「発酵と腐敗の違いはたった一つだけ。有益か、有害か。ワインは……飲みすぎはダメだし病気の原因になるけど……飲めるから有益。有益な腐り方を発酵と言う。腐敗は……説明聞く?」


 ぶっちゃけ、発酵の説明は無駄なワードが多かった気がする。簡潔にしないと無駄に深く考えがちだ。「飲めるから有益です。発酵と言いいます」で良かった。


 発酵の逆なんだから、腐敗の説明は要らないだろう。


「有害な腐り方が腐敗ですな?」


 やっぱり分かってるね。


「うん。そうだよ。動物、植物、水分があるものと土に還る物は全て腐る。ブドウも、ブドウのジュースもね。これは世界のことわりさ」


「たしかに、自然にある物は腐るでしょうが……干し肉などは、腐っているのですかな?あれは臭くも無いのですが……」


「あー……。そうきたか……」


 細菌の話をしないといけないのかな?面倒だな……。また精霊のイタズラとか言いそうだな……。


「干し肉は水分が無いから、腐ってないと思う。まあ、この話はまだ早いかな。まず、ワインがどの時点で腐っているのか知る必要がある。それが分かったら教えよう」


 要するに、課題の先延ばしだ。もう、教えるのは疲れた。明日以降がいい。


「わかりました。ワイナリーに協力を仰いで調べます。ところで、先程ワインが病気の原因になると仰いましたが、本当なのですかな?『百薬の長』と呼ばれるほど体に良いと思うのですが……」


 日本でも、酒は体に良いとも悪いとも言うからね。ややこしい。僕もよく分かってない。アルコールがダメなのは分かってるけど……。


「病気で死んだ人の死因、好物、好物の飲食量を調べて統計を取ってみて。それで、分かるかもしれない」


「わかりました。そちらも調べます」


「うん。頑張ってみて。他に質問は?」


「ありません。体調が悪い中、ありがとうございました」


「いや、こちらこそありがとう。貧魔の解決法。参考になったよ」


 これで、貧魔は解決出来るかもしれない。後は、病弱な体質かな?

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