第31話 貧血……じゃなくて、貧魔


 どうやったら健康になれるんだろう?


 僕は、ベットに仰向けになって考えている。


 ハカモリが僕の体から出ていって、体が軽くなった。何でもやれそうだと思った。だが、それは間違いだった。


 部屋に戻り、母上の腕に抱かれて眠ったその後、問題が発覚した。


 最初は、ただの疲労感だったのだ。目が覚めても母上の腕の中で、疲労感と眠気に身を任せていた。父上とハカモリが大事な話をしてるなー、という雰囲気を感じながら二度寝した。


 次に起きたのは、晩御飯の時。母上に起こされた。でも、疲労と眠気で起き上がれなかった。母上に甘えるように、力が入らない体を押し付けた。


 そうして少しの間、親子で団欒していたのだが、急に母上が立ち上がり、駆け出した。戸惑う父上の声に耳を貸さず、屋敷をかけて医務室の扉を蹴破り入室。僕の様子がおかしいと医者に詰め寄った。


 気圧される医者が何とか平静を装い診察した結果、貧魔と診断されたのだ。


 貧魔って言うのは、魔力が足りない状態のことだ。貧血みたいなもの。必要な魔力を作り出せず、体調に影響が出る。


 魔力は力だ。その力を、無意識に肉体の強化に使っている。魔力が減ると肉体の強化が弱まり、力が入らなくなる。体力を使った、みたいな状態だから休めば治る。

 しかし、休んでも回復しない、回復が遅いことがある。これが貧魔だ。


 医者の説明では、ハカモリが体から出たことで作り出せる魔力が大きく減ったらしい。それで、貧魔になったと。


 そして、日付が変わった今でも貧魔の症状が続いている。


(あの時は体が軽かったのに、おかしいなー。体からハカモリが抜けた時点で貧魔になるよね?必要な魔力が作れないわけだし……。なんで体が軽かったんだろう?う〜ん……わからないな〜)


 昨日聞けばよかったんだけど、眠気と倦怠感が酷かったんだよね。口を開くのさえ面倒だった。


 ここは、ハカモリに相談してみよう。ちょうど目の前に居るのだ。


 奴隷とサラは、メイドの教育でこの部屋には居ない。

 そして、シルフィー姉上が今朝ダンジョンに潜って、この世界について何も知らない(と、勘違いされている)ハカモリが一人ぼっち。


 様子をみないといけない僕と、一人にはできないハカモリを同時に監視しよう、ってことらしい。ハカモリが僕に包み隠さず話した。誰かに聞かれても良いように日本語で。

 

 ちなみに、ハカモリに包み隠さず話したのはシルフィー姉上だ。というか、ハカモリの前で普通に相談していたらしい。シルフィー姉上がいない間、ハカモリをどうしようか、と。

 結論は、僕とハカモリが知り合いで仲は悪くなさそうだから、同じ部屋に放り込もう、だ。「両方面倒見ないといけないから丁度良いな」って笑っていたらしい。

 

 そういう理由で、僕とハカモリの面倒を見るために、護衛と使用人が多めに配置されている。ありがとうございます。


 ともかく、相談だ。


「ねえ、ハカモリ。貧魔ってどうやれば治ると思う?」


「知らないよ。そんなこと」


「だよね……」


 ハカモリは、僕相手ならタメ口だ。なんか、元自分に敬語を使いにくいらしい。凄くわかる。僕も、同じだ。


 そなことより、貧魔の解決法だ。


「前の世界に魔力なんて無かったもんね……貧血みたいなものらしいけど……」


「じゃあ、レバー食べれば治るんじゃない?」


「血じゃあるまいし、レバーで魔力は回復しないよ」


 そもそも、どういう原理で魔力が作られているんだか……。


「この世界、魔力回復ポーションとか無いんだよね?」


「無いよ。魔力のあるものを殴れば、似たようなことになるけど……」


 魔力のあるものを攻撃すれば、攻撃対象の魔力が散る。その散った魔力を自分のものにできる。

 つまり、魔力のあるものを攻撃すれば、魔力が回復するのだ。


「でも、回復とはちょっと違うんだよな〜」


 使わなければ、散っていく。残るのは、ほんの一部の魔力だけ。

 回復というより、必殺技ゲージが溜まる感覚だ。次の戦闘の時にはリセットされている。

 

 攻撃を受ければ自身の必殺技ゲージが減って、相手の必殺技ゲージが増える。それがこの世界のバトルシステム。


 いかに攻撃を受けずに攻撃を当てるか。それが重要になってくる。


「あれは、戦闘中でしか意味が無いね……」


 今は使えない。使っても意味ない。疲れるだけ。


「食事から何とかならないかな?貧血みたいものだし……」


「やっぱりレバー?」


「レバーかぁ〜」


 レバーは肝臓。解毒をする臓器だ。全身に毒が回らないように、吸収した物が一番最初に運ばれる。栄養が使われるのは、肝臓を通った後。

 

 つまり、レバーは吸収した栄養や毒素が一番濃い場所。レバーには栄養が詰まっている。ついでに、魔力も詰まっているかもしれない。


 ちょっと、ハカモリに相談。


「試してみる?やってみるだけなら、簡単だろうし」


 料理人に頼めばいい。


「やるのはフィルくんでしょ?僕に聞かないでよ」


「あ、そうだね。僕だったね。うん。やってみよう」


 ということで、使用人に指示を出した。これで、近いうちに試せるだろう。


「それよりさ、僕が抜けたから貧魔になったんだよね?」


「うん。そう聞いてるよ」


「魂が魔力作ってるなら、栄養とっても意味ないと思うんだけど……」


「あー。なるほど……。栄養は体が使うものだからね……」


 魂なんて概念が魔力を作り出しているなら、物理的な解決はできないだろう。


「……でも、魂って心じゃん?心は脳でしょ?」


 感情は脳が司っている。脳は心で、心は魂。と、考えるなら、魂は脳とも言える。


「脳に何かしらの栄養を与えれば魔力が作られるかも……」


「ホルモンみたいに?」


「ホルモンみたいに」


 ホルモンを作るのにも、必要な栄養素がある。コレステロールとか、トリプトファンとか、他にもいろいろ。


「何が魔力に変わるの?」


「知らない」


「だよね。フィルくんの記憶になかったし……。ていうか、この世界の栄養学って、なんていうか……」


「酷いよね……」


 なにか食べてお腹が満たされれば、栄養補給できたと考える状態。

 不摂生な日本人も似たような所ある気がするけど、子供の頃から三大栄養素を叩き込まれているだけマシだ。


「昨日、領主様とお医者さんに説明したんだけど……基礎知識が違いすぎて気が遠くなった」


「店長の衛生教育を受けているみたいな?」


「そんな感じ」


 前世で働いていた飲食店の店長。衛生を舐め腐っていて、食品衛生講習会に毎年不参加。

 

 高校で最新の衛生を勉強したハカモリと、古い衛生知識しかない店長では、話が噛み合わない。お互いに「コイツ何言ってんだ?」と思っていた。


 店長の知識が古すぎて、ハカモリの使う単語が分からなかったり、考え方が違ったり。説明のための説明が必要で、口下手なハカモリは天を仰ぐしか無かった。


 そもそも、ハカモリからしたら、飲食店の性質自体が不衛生だ。虫が入り放題な厨房、ろくに手洗いできないお客様を待たせるな精神……。思い出したら、僕までウンザリしてきた。


 ハカモリも思い出してウンザリしているのだろう。表情から疲れが伝わってくる。


 二人で苦笑いをしていると、扉がノックされる。訪ねてきたのは医者だった。


「お調子が悪い時にすいません。ハカモリに聞きたいことがありましてな」


「いいよ。僕は気にしないで、ハカモリと話して」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 そんなに敬われると、居心地が悪いな。いつも、助けて貰ってるし……。


「実は、貧魔の治療について相談があって来たのです」


「あー……はい……」


 ハカモリの反応が悪い。

 僕たちも、たった今話して結論が出なかったことの相談。きっと、どう断ろうか考えているのだろう。


 僕が代わりに答えよう。


「実は、僕たちもその話をしていたんだけどね、行き詰まっていたんだよ。ハカモリの世界に魔力は無いし、そもそも魔力が何か分からないし、どうやって作られるのかも分からない。正直、お手上げだよ」


「そうだったのですか……では、私の仮説も正しいか確認できませんね……」


「仮説って?」


「昨日、栄養の分類を聞きまして、それを調べていて思ったのです。『エネルギーになるもの』は魔力になるのではないかと。魔力はエネルギーですからな」


「「あっ……」」


 盲点だった。

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