第29話 トラップ
「おいしいですか?坊ちゃま〜♪」
「おいしい〜♪」
僕はサラの膝の上に座って、サラに料理を食べさせてもらっていた。
僕の食事を邪魔するサラに、一緒に食べる提案をしたのだ。
具体的には、ひとつの椅子に座り、ひとつの器の料理を、ひとつのスプーンを共有して食べる、という提案。
端的に言うと、サラはハニートラップに引っかかった。
「女性を手玉に取るとは……子供の成長は早いね……」
「でも、あの姿を見ていると、フィルが小さかった頃を思い出すわ。よくニアが、ああやって食べさせていたわね」
「うんうん。私が家にいる時はいつもやってた。あの頃も可愛かったけど、今も可愛いな〜」
珍しく、母上とニア姉上が仲良く会話している。
仲が良いのは好ましいんだけど、内容が僕の小さい頃の話という……なんか恥ずかしい。
僕は覚えてないし、かなり小さかった頃だろうな……。
というか、父上もシルフィー姉上も暖かい目で僕を見ている。なんか、居心地が悪い。
冷静に考えてみたら、なんで僕はメイドの膝の上に座って、食べさせてもらっているんだろう?家族と護衛の目がある所でこんなことするなんて正気じゃない。
食べ物に気を取られて冷静さを失っていた。とにかく、サラから離れよう。
「やっぱり1人で食べる。離して」
「嫌です♪」
メイドの癖に口答えしやがった。
この食事会は無礼講。ルールもマナーも気にしなくていい。そう父上が宣言した。
だから、僕のお願いを聞く必要は無い。無いけどさ、忖度とかしないの?一応、僕は上司みたいな立場なんですけど?しかも、そんなに変なお願いじゃないよ?むしろ、今の状態が変だよ?普段から変なメイドに普通は通用しないのかな?
ともかく、この状況を何とかしたい。
「せめて、隣に座ろう?それならいいよね?」
「嫌です♪」
むぎゅうっ!とサラが僕を抱きしめる。これ、あれだ。完全に可愛がられている。
八歳の子供の、照れや嫌がる様子は可愛いものだ。ロリがメインのアニメでは、何度も悶えさせられた。
サラは今、悶えているのだろう。力いっぱいに抱きしめて、腕の力が緩む気配はない。
感情には波があるから、すぐに落ち着くと思うけど……落ち着くまでこのままか……。恥ずかしい……。せめて、目を瞑っていよう。父上たちの表情が分からないだけでも、かなり違うはずだ。
……………………目を瞑ったら、サラの体の柔らかい感触がハッキリ分かってヤバいな。なんか、変な気持ちになってくる。
あ、頭にサラの顔の感触。めっちゃ頬ずりしてる。無抵抗だからってそこまでするのか?男女逆だったら事案だよ?YESロリータ・NOタッチだったよ?
「すうううううう……」
「うわあッ!?」
頭吸われた!猫吸うみたいに、頭吸われた!この人、何やってるの!?
「サラ!止めて!」
「坊ちゃま、良い匂いですよ」
「いや!匂いの感想とかいいから!僕、料理食べたいんだけど!?」
「かしこまりました。……はい、どうぞ。あーん……」
「…………あ、あーん」
躊躇しながら、差し出されたスプーンを口に入れる。
「かわいい……」
サラが僕の頭を撫でる。完全に可愛がられている。
「坊ちゃま。あーん……」
「……あーん」
なんだろう?バブみのような中毒性が……。なんか、心地いい。ずっとこうしていたい。サラの腕の中に住みたい。
だんだん抵抗が無くなっていく。というか、羞恥心がほとんど無くなった。もう、周りの目とかどうでもいい。
僕は、サラのハニートラップに引っかかった。
………………………………………………………………
僕は自室に戻り
「恥ずかしい……」
食事が終わって、正気を取り戻した。随分と恥ずかしいことをしてしまった……。
「恥ずかしがってる坊ちゃまも素敵ですよ♪」
「ううう…………」
恥ずかしいけど、サラの全肯定が心に染みて胸がキュッとなる。頭を撫でられると脳がとろける。もう、サラ無しじゃ生きていけないかもしれない。
サラをハニートラップに引っ掛けたはずなのに、いつの間にか僕がハニートラップに引っ掛かってる。何やってるんだろう?
「ご主人様。嬉しいんですか……?」
聞かないで。察して。この気持ちを言葉にするのは、拷問に近い。
まあ、奴隷は子供だし、例え子供じゃなかったとしても察するのは難しい。ちゃんと言葉にしないと伝わらないか。
顔を上げると、奴隷が怪訝な顔をしていた。
純粋無垢な子供の、変な人を見るような目が心を抉る!何これ?拷問?
「君にはまだ分からないかもしれないけど、嬉しい気持ちと恥ずかしくて逃げたい気持ちが同時にやってくることがあるんだよ」
「……?…………あっ!分かります!私も、ご主人様にギュってされた時、そういう気持ちでした!」
僕が奴隷をギュッとした時…………?あっ!姉上に男の落とし方をレクチャーした時か!?あの時は、教えたい気持ちが強くて冷静さを失っていたから…………いや、今思うと下心が強かった気がする。紳士失格だ……。切腹せねば……。
「ご主人様?どうしました?」
「いや、なんでもない」
切腹するにしても、奴隷が見ていないところで……いや、奴隷の豊かな生活が保証されてからだ。幸せにせねば……。
そんなことを考えていると、母上が部屋を訪ねてきた。
「母上、どうされましたか?」
「私は、あなたを立派に育てようと、厳しくしてきました」
「はい。僕の夢を応援して頂き、感謝しています」
「…………でも、領主は諦めるのよね?」
「はい。僕の決定で、何万人もの人の暮らしが左右されると思うと、恐ろしいです」
「そう。領主になりたくないなら、それでも構わないわ。フィルのやりたいことをやりなさい」
「はい。わかりました」
「それと……」
母上が
「……パパやニア、ハカモリにも、色々言われて…………」
喋り出したと思ったら、また口籠った。相当、言いづらいようだ。何を言われるのか、ちょっと怖い。
やがて、意を決したように僕を見て、両膝を着いて、目線を合わせた。
「今日だけよ」
そう言うと、僕を胸に抱き寄せた。
紅茶のような香りが、
懐かしくて、心地よくて、安心する。
「頑張ったわね、フィル」
母上が、僕を褒めて頭を撫でてくれた。それが、嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れてくる。
そんな僕の背中を、母上がさする。その手が、大きくて、温かくて、心地いい。
「今日のフィル、立派だったわよ。だから、今だけは、甘えなさい」
「うん……」
僕は、母上の腕の中で泣き続けた。
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