第26話 親子喧嘩


「ところで、フィル。豚の骨のスープは完成したのかい?」


「え?豚の骨のスープ?……すっかり忘れてました」


 バタバタしていて、豚骨スープどころじゃなかった。


 調理していた場所を見ると、鍋が地面に置かれていた。結界魔法で拘束された時に、魔力で作った竈とか火とか色々消えたみたいだ。


「豚の骨のスープは栄養価が高いって本当かい?」


「はい。本当です。骨は血液を作ったり、免疫を作ったりする大事な部分ですから、豚に限らず、骨には栄養が多いのでは無いかと……」


 知らんけど。


「どこでそれを知ったんだい?」


「彼の記憶にありました」


「彼の記憶に……」


 あれ?この話、父上にしてなかったっけ?


「……まあ、いいだろう。それで、豚の骨のスープはいつできるんだい?」


「火から外していましたし、今から再開して、日が暮れた頃かと……」


「随分と時間がかかるんだね……」


「骨は頑丈ですから、栄養が溶け出るのに時間がかかるのではないかと……」


 知らんけど。


「どうにかして早められないかい?どんなものか気になるんだ」


「鍋を結界魔法で包んで、中の空気を逃がさいようにすれば、二時間ほどで完成すると思います」


「二時間か……。それじゃあ、先に彼を受肉させよう。フィル、私が戻る前に食べちゃダメだからね。必ず、私が戻ってから完成させるんだ。いいね?」


「はい。わかりました」


 謎の念押をして、父上は姉上たちと訓練場を後にした。


 残ったのは、母上と奴隷とサラ。そして、一部の護衛。


 父上が豚骨スープを飲むことになったから、ちゃんとしたものを作りたい。それで、急遽必要になったものを用意して欲しいんだけど……サラが気絶している。


 あまり、護衛にお使いを頼むのはよろしくない。一人減れば、それだけ警備が緩くなる。

 奴隷はお使いを果たせるほど城の中に詳しくないだろうし、母上に頼むのは論外。


 …………どうせ、二時間はかかるんだから、その間にサラが起きればいいか。


 とりあえず、豚骨スープ作りだ。鍋を結界魔法で覆い、火にかける。そして、鍋の周りにもう一度、結界魔法をかける。爆発したら怖いからね。念の為。


 チャーシューも同じようにして……キャベツも切っちゃおうかな?


 キャベツっぽいものを千切りにする。

 スライサーがあれば綺麗に細く切れるんだけど……無い物はしょうがない。ゆっくり、細く切っていく。


 そうしていると、姉上がやって来た。シルフィー姉上じゃなくて、ニア姉上。昨日、僕のお見舞いに来てくれた姉上だ。


「悪魔祓い、無事に終わったんだね」


「はい。父上やシルフィー姉上のおかげで……」


「体は大丈夫?辛くない?」


「はい。大丈夫です。むしろ体が軽いくらいで、今なら、なんでもできそうです」


「そっか。よっかた。でも、頑張ったらダメだからね。体を大切にして」


「はい。もう心配をかけません」


「ほんと〜?信じるからね〜」


 そう言って、姉上が僕を抱きしめる。


「ところでさ、今、何作ってるの?」


「豚の骨のスープです」


「えッ……!?」


 姉上が衝撃を受けている。犬の餌で作るスープはショッキングなんだろう。


「家畜にでも飲ませるの?」


「いえ、僕が飲みます」


「え!?フィルが!?」


「父上も飲みますよ」


「あ、そっちはどうでもいい」


 …………父上が娘に蔑ろにされている。シルフィー姉上に続いて、ニア姉上もだなんて……不憫だな。


「本当に、フィルが飲むの?飲むの止めない?代わりにお姉ちゃんが飲むよ」


「いや、僕が飲みたいだけだから……」


 姉上が飲んだとしても、僕も飲む。


「本当にフィルが飲みたいって思ってるの?フィオナが飲めって言ったんじゃないの?」


「あなたは、私をなんだと思っているのかしら?実の子にそんなこと強要しないわ」


 フィオナは母上の名前。母上とニア姉上は仲が悪く、よく喧嘩している。


「実の子だなんて、本当に思ってるの?フィルに無茶ばかりさせてさー。母親失格じゃない?」


「結婚もしてない子に母親をかれる筋合いは無いわ。あなたもいい歳なんだから、結婚したらどう?シルフィーは婚約したわよ」


「私にはフィルという子供がいるから、結婚しなくていいんだもん」


 母上に見せつけるように、姉上が僕を抱き寄せる。

 

「はあ?フィルは私の子よ。母親づらしないでくれる?」


 母上が僕を姉上から引き剥がそうとする。


「そんな乱暴にしたらフィルが可哀想でしょ?あんた、本当に母親?ちゃんとフィルのことを思ってる?」


「あなたに言われたくないわ。いつも、いつも、フィルを甘やかして……それでフィルが大人になれると思っているの?」


「倒れて、大人になれなかったら意味ないじゃない。あんたより、私の方がフィルを思っているし、愛しているわ」


「……あなたには、一度、身を弁えさせないといけないようね」


「上等よ。どっちが母親に相応しいか、はっきり決めようじゃない」


 母上と姉上が訓練場の真ん中に移動して喧嘩を始めた。血の気が多いな……。でも、母上、僕のことちゃんと愛していたんだね。嬉しい。


 何もすることがなく、訓練場の端で母上たちの喧嘩を眺める。かなり高度な戦闘で、見てて面白い。


 かなり時間が経過して、二人の息が切れてきた頃、サラが目覚めた。


「ニア様が奥方様と戦って……フィル様の取り合いですか?」


 サラは二人の不仲を知っているのかな?


「…………まあ、そんな感じ」


 自分で肯定するの、なんか恥ずかしい。


「そうですか。フィル様の取り合い……ならば!私も行かねばなりません!」


「いや、行かないでよ……」


 サラの手を握り、引き止める。


「サラにはお願いしたいことがあるんだ。いいかな?」


「はい!もちろんです!坊ちゃまのことを、いっっっっちばん!愛して!お慕いして!隷属している!この私に!命令してください!」


「……………………」


 そこまで重いと引く。


「ご主人様!私も!私にも命令してください!」


 大人しく良い子にしていた奴隷も影響受けちゃったよ……。サラは教育に悪い……。


 とりあえず、サラには器具とか食材のお使いを頼んで、奴隷には肩叩きをお願いした。

 奴隷は肩叩きを知らずに「ご主人様を叩きたくないですぅう」と泣いていたのが可愛かった。


 奴隷にマッサージの概念を教え、戻ってきたサラも加わり、美女と美少女にマッサージをしてもらいながら、喧嘩スポーツ観戦をする贅沢を味わう。


 腕の疲労で奴隷が泣く泣くダウンし、手の疲労でサラが握力を失った頃、母上たちの体力も限界が近づいて口喧嘩が主になっている。


 観戦するほどの見せ場が無くなった喧嘩を見続けること数分、父上たちが戻ってきた。


「ニアと継母ははうえの喧嘩か……さては、フィルの取り合いだな?」


「フィルは女誑しに育ったね。私は少し不安だよ」


 シルフィー姉上と父上が軽口を叩く。僕はそれを無視した。


「料理を仕上げても大丈夫ですか?」


「ああ。構わない。よろしく頼むよ」


 父上からGOサインを貰ったので、仕上げに取り掛かろうとする僕に、待ったをかける人がいた。


「フィル。私にも作ってくれないかしら?」


 母上も豚骨スープをご所望だ。


「わかりました。ご用意します」


「フィル〜。私も食べたいな〜」


 ニア姉上もご所望か。ここでも張り合ってるのかな?調理場の近くとか、食事中の喧嘩は止めて欲しいんだけど……。


「あら?ニアも食べるの?散々文句言ってなかった?」


「我が子の料理を食べれない母親なんていないわ」


「あなたの子ではないでしょう」


 母上と姉上が睨み合う。料理してる近くで喧嘩は止めて欲しいんだけど……。鍋とかひっくり返ったら危ないし。


 喧嘩を止めたのは父上だった。


「ニアがフィルのママなら、パパはニアの夫だな!アッハッハッハ!」


「父上だけは本当に無理」


「あなた。いい加減、娘と結婚しようとするの止めなさい」


 父上がドン引きさせたことで、二人の喧嘩は一時的に収まるのだった。

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