第25話 恋の駆け引き(脳筋仕様)


 父上と前世の僕が言い争っている。


「君は、強い女性が好きと言ってたじゃないか!?」


『はい。強い女性は好きです』


「だったら、シルフィーでいいじゃないか!?」


「自分に暴力が向くとなれば、話が変わってきます。一方的に殴られて、正直、怖かったです」


「くうッ……!模擬戦は間違いだったか……!」


 明らかに間違いだと思います。


 前世の僕は、コミュ難と思えないほど淀みなく話している。

 普段の彼は、相手が傷つかないような言葉を探したり、妥当な発言か考えて話す。その考える時間で、無言になったり、つっかえたりする。

 それが今は無い。相手を傷つけても良いと、誤った発言をしても良いと、そう思っているのだろう。

 この状態の彼は厄介だ。言い換え、屁理屈、なんでもござれと言わんばかりに論破してくる。


 しかし、言い換え、屁理屈、なんでもござれなのは、彼だけでは無い。


「シルフィーは誇り高い騎士よ。理由もなく暴力を振るわないわ」


 そう、僕の母上も口が達者なのだ!ドヤあ!


『暴力を振るわなければ良いと言う話ではありません。暴力を振るい慣れている。それが問題なのです』


「貴族として、弱き者を守るために暴力を振るうのは当然のことよ。何が問題なのかしら?」


『………………』


 彼は黙った。理由も考えずに発言するから反論できないんだ。

 ……いや、前世の価値観とのヅレが大きいか。平和な日本で、暴力を振るい慣れていると言えば、不良とかヤクザとか、パワハラ教師とか、虐待する親とか、悪人としか思えないような人ばかりだったからなぁ……。


「何も問題は無いようね。騎士として、力を振るう時、相手は間違えないように教育しているから、あなたに暴力が向くことは無いわ。安心してちょうだい」


『………………』


 完全に論破してるね。ぐうの音も出てないよ。


「もう不満はないかしら?」


『えっと、三年ほど様子を見てお付き合いするか決めたいので、今回はご縁がなかったということで……』


「なら、三年一緒に行動すればいいのね?そのように手配するわ」


『あ、はい』


 たぶん、『三年あるなら、三年後にまた考えよう』とか思っている。難しい「反論」より、簡単な「逃げ」を選択した。


「一緒に行動すれば、直ぐに気持ちが変わるでしょう。その時は三年も待たずに婚約して良いわ」


『…………うっす』


 前世の僕は気圧された。彼が母上に歯向かうことなどできないのだよ。ドヤあ!


「ところで、いつまで魔法を使っているの?」


『え?』


 魔法は心の動きで無意識に発動する時がある。今の彼は、模擬戦で見せた、オリジナル魔法が発動してしまっている。

 

 彼は慌てて魔法を解いた。


「それは、どういう魔法なの?」


『えっと……壁を隔てる魔法です』


「それは、触れなくなるものなの?」


『えっと……なんていうか……』


 支離滅裂ながら、彼は説明した。要約すると、距離感を操るらしい。それで瞬間移動とかしていたと……チートじゃん。


「魔法は、心の動きで無意識に発動するわ。つまり、あなたは、距離を置きたいと思って魔法が発動したの。どうして距離を置きたかったのかしら?」


『それは、暴力的だから……』


 それは理由になってない。

 暴力的じゃない父上や母上と話している時も発動していたから、別の理由があるはずだ。


「本当は違うでしょう?本当のことを言ってみなさい」


『……………………』


 彼は答えない。俯いて口を閉ざしてしまった。


「遠慮しないで言ってくれ。嫌なところは直すから……」


 姉上も話しかけて、ようやく口を開く。


『その、僕は少し、潔癖でして、あまり恋人とするようなことは……』


 そういえば、彼は衛生に気をつけるあまり、潔癖症になっていた。すっかり忘れていた。

 潔癖症と言ってもそんなに酷いものじゃない。手に触れるものと口に入れるものには結構気をつけるぐらいだ。具体的には、手を繋ぐとか、キスとか、そういうのに拒否感がる。


『すいません……僕の問題です……』


「謝るなって。大丈夫だ。きっとなんとかなる」


 申し訳なさそうにする彼を、姉上が慰める。これで一件落着と思いきや……。


「まだ何か隠しているでしょう?言ってみなさい」


『……………………』


 母上はまだ納得していなかった。


 そういえば、潔癖症も理由になってない。

 恋人とするようなことがダメなら、姉上相手にだけ発動している。……いや、そもそも、恋人らしいことしないと発動しないのかな?


「本当、遠慮しなくていいぞ。じゃんじゃん言ってくれ」


『その……』


 彼が姉上に向き直る。


「なんだ?」


『僕で良いんですか?』


「お前が良いんだ。あたしより強いからな」


 それを聞いて、前世の僕が俯く。


「どうした?気になることがあるなら、ちゃんと言ってくれ」


『……僕が弱くなったら、捨てませんか?』


「何言ってんだよ!捨てるわけないだろ!」


 姉上が彼を抱き寄せる。


 彼はチョロい。自分に自信がなくて、それ故に安心させてくれる人を好きになる。優しくされたとか、褒められたとか、好意を向けてくれたとか、そういうのでコロッといっちゃうのだ。


 もう、彼は姉上の虜だろう。これで一件落着!と、思いきや……。


『……すいません。まだ心の整理が……』


「そうか……」


 彼は魔法を使って姉上の腕の中から脱出して、距離を置いた。童〇には刺激が強かったのかもしれない。


 姉上は項垂れている。

 奴隷からは拒絶され、やっと見つけた婚約者にも距離を置かれ、今日は避けられてばかり。精神に堪えたのかもしれない。というわけで、僕の出番かな?


 彼をデレさせて姉上に癒されてもらおう。といっても、既にデレているんだけどね。


 彼は、自分に自信が無い。故に、恋愛に奥手で臆病。失敗を恐れて、失敗しないように逃げる。それが、結果的には失敗だとしても……。

 要するに、逃げるのだ。常に捕まえて安心感を与えた方がいい。そうなると、グイグイ攻める肉食系が最善かな?

 バブみ、ヤンデレあたりが彼の好みだけど……姉上は俺様系だし、バブみもヤンデレも失敗するだろうな。


「姉上、嫌われてはないので、グイグイ攻めちゃってください」


「はあ?攻めるってどうやって?」


「それは……こう……なんというか……」


 口での説明が難しい。


「フィルが奴隷にやってみろよ」


 僕が奴隷にか……。口説くようで恥ずかしいけど、お手本だし?姉上に教えるためだし?しょうがないし?


 僕はドキドキしなが奴隷に向き直った。奴隷は状況が分かっていなくて、コテンと首を傾げている。


 かわいい。むちゃくちゃ可愛い。純粋で可愛い。今からこの可愛い子を口説くのか……。


 そう思って更にドキドキしていると……。


「お待ちください!!!」


 残念な人が割って入ってきた。


「どうか!実演のお相手を私に務めさせてください!」


「おまえ、遠慮は無いのかよ……」


「ありません!坊ちゃまへの下心のみで生きております!」


「そんなこと大声で叫ぶな恥ずかしい……」


 さすがサラ。常軌を逸した変態性で姉上の度肝を抜く!

 ……あれって、僕のメイドなんだよね。恥ずかしい。


 何はともあれ、大人サラの駄々をあしらう時間が惜しい。サラなら緊張しないし、さっさとお手本見せちゃおう。


「姉上、目を合わせて率直に思いを伝えてください。彼は奴隷ですし、所有していることを強調すれば良いと思います」


 独占欲全開は、あまり良いとは言えないけど、彼は自分に自信が無い。支配されたい欲求とかありそう。ヤンデレ好きだし。


 言ってから気づいたけど、奴隷身分は関係なかった……。


「ちょっとやってみますね」


 サラに近づく。サラはワクワクした笑顔を向けてくる。


 サラは中腰で待ち構えているけど、それでも少し顔の位置が高い。見上げる形になる。


 僕は、サラの後頭部に手を回して、引き寄せ、顔を近づける。


「僕の物になって」


「ふあ〜〜〜♡」


 サラは気絶した。ガチ恋距離での告白は効果てきめんだった。


「なんか、すごそうだな……」


 気絶したサラを見て、姉上が舌を巻いている。


「やってみるか……」


 姉上が彼に向き直る。そして、後頭部に手を当て、引き寄せようとして、手が空を切る。


「魔法か……」


 距離を置く魔法。緊張で再発動したらしい。


「……まだ、しばらくは魔法を封じておこうか」


 父上が、彼に手枷足枷を着ける。


 仕切り直して、姉上が彼の頭を抑えて、顔を近づける。


「あたしの物になれ」


 ガチ恋距離で囁かれた彼は、顔を覆って座り込んでしまった。


「この後はどうするんだ?終わりか?」


「成功みたいなんで、終わりですけど、もうちょと追い打ちをかけても良いと思います」


「追い打ちか……ちょっと、奴隷でやってみろ」


 奴隷でやってみるのですか……。


 奴隷を見ると、コテンと首を傾げる。


 かわいい。むちゃくちゃ可愛い。純粋で可愛い。こんな可愛い子に、あんなことをするのか……。

 

 お手本だし?姉上に教えるだけだし?しょうがないし?別にやましい事は無いし?


「両思いですし、体をくっつけましょう。逃げなくなるかもしません」


 そう言って、僕は奴隷を抱き寄せた。


「ふぁっ!?ご主人様!?」


 奴隷が驚いている。驚いた顔も可愛い。


 僕は、そんな可愛い奴隷に囁きかける。


「好き。愛してる。大切にする。だから、僕の物になって。どこにも行かないで。離れないで」


「ふぁあ〜〜♡」


 座り込みそうになった奴隷を抱き寄せて、座らせない。


「このくらい過剰な方が、彼も正直になれると思います」


「わかった。やってみる」


 そうして、姉上がお手本通りに彼を籠絡していたんだけど……。


「いつの間にかフィルが女誑おんなたらしに……」


「子供の成長は早いわね……」

 

 父上と母上の視線が痛かった。

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