第24話 彼は、強いけど弱かった


「オラオラオラ!もう終わりか!?その程度か!?」


『ううッ!』


 姉上がマウントポジションをとって、一方的に殴っている。こんな暴力的な姉上、見たくなかった……。


「そういえば、彼は肉体を持っているのですか?」


 前世の僕は、ゴースト。肉体を持っていない。なのに、姉上は普通に殴っているし、彼も姉上に触れている。なんで、肉体がないのに殴り合いをできるんだろう?


「まだ肉体は持っていないよ。魔道具で、彼の魔力を物質化させているんだ」


「魔力の物質化ですか……」


 魔力は、空気のようなものだ。触れることができない。見ることもできない。それを物質化できるものなのかな?


「フィルは、悪魔憑きを知っているかい?」


「いいえ。知りません」


「悪魔憑きは、ゴーストが生者の体を乗っ取る現象だ」


 憑依かな?恐ろしい。


「ゴーストが体に入れるのは、自分よりも魔力が少ない存在だ。つまり、彼はフィルよりも魔力が多い」


 彼は、元々僕の体の中に居たと思うんだけど……後から入ってきたのかな?


「フィルは病弱とはいえ貴族だ。屈強な平民でも傷をつけられないほど魔力が多い」


 魔力が多ければ肉体が強化され頑丈になる。毒にも耐性がつく。なのに、僕が病弱なのはおかしいと思う。僕の予想では、平民以下の魔力量なんだけど……父上が多いって言うんだから、僕の魔力量は多いのかな?


「貴族並みの魔力量を持つゴーストと戦うのは厄介だ。肉体を持たないから壁をすり抜けるし、物理攻撃も効かない。魔法も、土とか水とか物理的なものは効かない。ゴーストをすり抜けていく」


 意外だなあ。ゲームなんかでは、物理無効の敵は魔法で倒せるのに……。現実は厳しい。


「こちらの攻撃は効かないのに、向こうの攻撃は効くんだよ。貴族並み魔力があるから、貴族を殺せるくらい威力が強くてね……」


 同じ貴族と戦っている感じかな?ただ、相手は物理無効で、一部の魔法も無効なだけで……いや、貴族より強いな!?こっちの攻撃手段ほぼないじゃん!


「屋内での戦闘とか、本当に最悪なんだ。天井をすり抜けて真上の部屋に移動したり、真下の部屋に移動したり……そして、私たちが部屋を移動している間に魔法の準備をして待ち構えているんだ。その魔法を耐えても、直ぐに移動されて魔法の準備を……」


 …………幽体のアドバンテージすごいな。


「しかも、こちらが撤退しようとすれば、先回りして退路を塞がれる」


「うわあ……」


 殺意がすごい。死者だから生者を恨んでいるのかな?怖いなあ……。


「正直、戦いたくないし、話し合いで解決できるなら話し合いで解決する。まあ、ほぼ確実に戦闘になるがね」


 ほぼ確実なんですね……。生者を恨んでいるのかな?恨まれたくないなあ……。


「戦闘になった時、真っ先にするのは、ゴーストの実体化。それをする魔道具が、彼につけた首輪だ。アレをつければ戦闘がかなり楽になる。覚えておくと良い」


「正直、戦いたくないのですが……」


「奴隷やサラが悪魔に憑かれてもかい?」


「それは……」


 なんとしても助けたい。


「平民に取り憑くゴーストならフィルに傷一つおわせられないだろう。倒すのは難しいかもしれないが、首輪をつけて実体化できれば拘束できる。覚えておきなさい」


「はい。わかりました」


 拘束できるかは置いといて、対策がわからないよりマシだ。覚えておこう。



「それにしても……彼、弱いね」


「彼は喧嘩もしないような一般市民でしたからね……」


 体育の授業で柔道はしていたが、その程度。


 合気道とか太極拳とか気になったものを動画で調べたりしていたけど、実践はしてない。


「彼の過去が分かるのかい?」


「はい。彼の記憶を持っています」


 父上が顎に手を当て考える。


「彼がシルフィーに勝てそうな方法は知らないかい?」


「そんな方法あったら、既にやっているかと……」


「それもそうだね」


 再び父上が唸り出す。

 どうしても、姉上を結婚させたいらしい。親として、いつまでも姉上が独身なのは心配なのかな?


 いくら唸ってもいい答えは出ず、時間だけが過ぎた。

 そして、魔力で強化していた耳が、姉上の呟きを拾った。


「はあ。つまんねえな」


 時間切れかな?あの様子だと、彼は姉上に見初められずに、お見合いは失敗……。


「お前、魔法は使えるか?」


 姉上が問いかけた。

 彼が手の平を上に向けて魔法を使おうとするが、上手くいかない。


「手枷と足枷をつけていたら魔法を使えないぞ。はあ……このままだとつまらねえし、もし魔法使えないなら付ける必要もねえしな……外してやるよ」


 姉上が手枷足枷を外す。


「おし。魔法使ってみろ」


 もう一度、彼が手の平を上に向ける。すると、火が起こった。


「一応、使えそうだな。それじゃあ、お前のオリジナル魔法を作ってみろ」


 いきなり無茶を言い出した。

 魔法は、なんとなくできるものだ。コツとかない。練習あるのみ。それなのに、ぶっつけ本番でオリジナル魔法なんて……。


「お前の本質に、魔力が答える。深く考えないで、なんとなくやってみろ」


 彼は思いっきり眉をしかめながら、魔力を動かす。そして、彼を魔力が包み込んで魔法が発動した。


「結界魔法か?面白くないな」


 姉上が結界を指で突く。その手に彼が触れようとして、姉上が手を引っ込めないのを確認して触れた。


「結界の外からは干渉できないが、内から外には干渉できる。……まあ、普通だな」


 今度は、彼が真っ直ぐ手を伸ばす。その手に魔力が纏っていて、なんらかの魔法が発動していた。

 その手に姉上が触ろうとして――すり抜けた。


「……首輪は着いているし、幽体になった訳じゃないか。そっちからは触れるのか?」


 彼が姉上の手を触り、姉上は触られていない方の手で彼の腕を触ろうとして――すり抜けた。


「おお!?すげえ!お前は触れて、あたしは触れないのか!?」


 何それチートですか?


 姉上が彼の手を握りながら、反対の手で彼の腕の当たりを探る。


「おし、それでもう1戦するぞ!」


 再び殴り合いが始まった。まあ、殴り合いでは無く、彼が一方的に姉上の肩にタッチするお触り会だけど。……なんか変態的だな。


 彼の手が、パッと消えてパッと現れる。


「ちょっ!?なんで避けた先に手があるんだよ!?」


 彼が瞬間移動したみたいに、消えては現れる。

 

「えッ!?ちょっ!いつの間に移動したんだ!?」


 形勢逆転。今度は彼が一方的に攻めている。


「ちょっ!ちょっと待て!待ってくれ!」


 幽霊みたいな動きを見せる彼に、思わず姉上が待たをかけた。


「はあ……。まさか、あたしが手も足も出ないとはな……」


 姉上が項垂れる。


「……戻るぞ」


 姉上がトボトボと肩を落として戻ってきた。


「どうだい?彼は強かっただろ?」


「弱いけど、強かったよ。あの魔法は反則だろ……」


 攻撃も本体も瞬間移動するもんね。ゴーストに効く魔法ならダメージ与えられるんだろうけど、そもそも当たらなければ意味が無い。


「彼との婚約を認めるかい?」


「ああ。負けちまったし、しょうがない……」


 姉上が肩を落として答える。それを見た彼が、口を開く。


『あの、僕は嫌です』


 彼は背筋を伸ばし、笑顔で言い切る。無意識に魔法も使っているようで、魔力を纏っている。

 魔法は、なんとなくで発動する。だから、心の動き方で、なんとなく発動してしまうことがあるのだ。


 おそらく、発動しているのは、さっきの触れられない魔法。つまり、今の彼は誰にも触れられない、触らせない気持ちでいる。…………どんな気持ちだろう?拒絶?


「私の娘に文句があるのかね?」


『はい』


 笑顔でハッキリ肯定した。


 彼にとって笑顔は処世術。心を覆い隠す方法。本心で笑っていないからか、少し歪に見える笑顔だ。


「あたしの何が不満なんだよ」


『暴力的なところが苦手です』


「そんな……」


 姉上がショックを受けているけど、自業自得だ。マウント取って殴りまくれば暴力的と思われても仕方がない。


「あたしから暴力を取ったら何も残らねえのに……」


 …………淑女としての教養を積んでください。


 まあ、教養を積む必要はないかな?彼はチョロイし、姉上にベタ惚れするのは時間の問題。


 どうしようもない時は僕も加勢しよう。

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