第23話 お見合い
『あはははは!あはははは!』
「あはははは!待てよー!」
前世の僕と姉上が、訓練場でキャッキャうふふしていた。
前世の僕が駆けて、それを姉上が追いかける。笑い声が飛び交い、そこだけ見ると甘い関係に見える。そこだけ見れば……。
『えい!』
「甘い!」
追いつかれそうになった前世の僕が、姉上に蹴りを放つ。蹴りと言っても、後ろに足を出す程度で、威力は無い。
目の前に差し出された足に、姉上が体当りする。直前まで走っていたため、助走は十分。オマケに、前世の僕は片足立ち。片足で体当りを受け止められるはずもなく、地面に倒される。
倒れた前世の僕は、すぐに転がって移動、姉上の踏みつけを躱す。
キャッキャうふふ しているけど、砂浜で追いかけっこでは無い。訓練場で追いかけっこだ。水を掛け合うようなノリで、暴力を振るい合う。…………僕の頭おかしくなったのかな?
前世の僕と姉上は戦っていた。しかも、ただの戦いでは無い。お見合いも兼ねた戦いだ。……意味わからない。僕の頭おかしくなったのかな?
「父上、アレは本当にお見合いですか?」
「その通りだ。楽しそうで微笑ましいだろ?」
「それを僕に聞かないでください」
物騒だ。『こんなお見合いは嫌だ!第十位』ぐらいにランクインしそうなお見合いだ。
僕は父上を過大評価していた。すごく偉大で尊敬する父上だと思っていた。でも、こうして会話すると、スゴくおかしくて変な人だとしか思えない。
この父上のどこを尊敬していたのか、過去の僕の正気を疑いたくなる。
「フィルに軽蔑されたままでは居られないからね、シルフィー達が遊び終わるまでに上手い言い訳を考えて、このお見合いを見事に成功させてみせる。そうすれば、フィルの気持ちも変わるだろう?」
「今の言葉だけで気持ちが変わりましたよ」
「本当かい!?」
「はい。軽蔑が呆れに変わりました」
「あ、呆れ……」
ショックを受けないでください父上。ショックを受けてるのは僕の方です。
なんで僕に心の内を明かすんですか?父上がこんなに間抜けだとは思いませんでした。
母上は父上のことどう思っているんだろう?
隣にいる母上を見上げる。
僕たちの会話を気にした様子は無く、澄まし顔で姉上達の
何を考えているのか分からない。母上はいつもそうだ。
周りの会話を聞いていないようで、実は聞いている。周りを気にかけてくれていると思うけど、距離を置いているように感じる。
そういった矛盾が、母上の真意を分からなくさせている。
姉上達のお見合い――もとい、殴り合いも、母上が発端だったりする。
……………………………………………………
父上と姉上が子供に嫌われて膝を着いていると、母上がやって来た。合流したとも言う。
「何をしているのですか?膝を着いてみっともない……」
「フィルに、期待外れと言われたんだ……」
「そうクヨクヨしていると、私も期待外れとしか言えないわ」
「ぐはッ……!」
額も地面につけて項垂れる。
愛する人に期待外れと言われる辛さは、分からなくもない。
「それで、シルフィーはなぜ落ち込んでいるのかしら?」
「奴隷に嫌われた……」
「あなたが小さい子供に怖がられるのは、今に始まったことではないでしょう?」
「ぐはッ……!」
姉上は、小さい子供に怖がられているのですか……。僕はそんなこと無かったんだけどな……。
「自分の子供を持てば、少しは変わるんじゃないかしら?そろそろ、結婚しなさい」
「そう言われても、あたしより強い奴が居ないからな……」
「そうだよなー。シルフィーは、シルフィーよりも強いパパと結婚するん――ぐあッ!?」
父上が殴られた。
何やってるんですか……。年頃の娘に、「パパと結婚するんだもんな?」はダメですよ。
「うう……冗談はこのくらいにして……シルフィーに大事な話があるんだ」
「大事な話?今することか?」
「ああ、そうだ。彼の処遇について……」
彼とは、前世の僕のことだ。
彼は奴隷に落ちていて、父上の決定で全てが決まる。彼に拒否権は無い。とても重要な話だ。
「彼と結婚しないかい?」
「はあ?なんであたしが、悪魔と結婚しないといけないんだ?そもそも、そいつ肉体もないだろ?結婚出来るわけ無いじゃん」
肉体ないんだ……。でも、言われてみれば、その通りか。
そして、結婚は生者同士で行うもの。死者と生者が結婚したなんて、ファンタジーなこの世界でも聞いたことがない。
「彼は少し特殊だから、肉体を持てる。それに、悪魔と結婚してもいいだろう?教会は何も言わないさ」
何も言わないのか……。どういう教えなんだろう?教義は難しい言葉ばかりで、ちっとも分からないんだよな……。
「教会が何も言わないとしても、あたしより弱いやつと結婚したくないね!」
なんか、意地になってるように見える。姉上は、指図されるのが嫌いなのかもしれない。
「彼は強いよ。……シルフィーにアレをやってみせて」
父上が彼にお願いするが、ブンブン首を振って拒否している。何をやらせる気なんだろう?
「やりなさい」
今度は命令した。奴隷である彼に拒否権は無い。嫌々、渋々、姉上に近づく。
「シルフィー。手を出して」
「あ?こうか?」
父上に言われ、姉上が握手をするように手を伸ばす。彼はその手を握らず、手首を持つと、思いっきり捻りあげた。
「痛たたたたたたたたた!」
手首が回る限界異常に回そうとすれば、当然痛い。そして、捻られた腕は動かせない。
ただ拘束されるだけなら抵抗できるけど、あれは背中の筋肉を使うと連動して痛みが増すから、抵抗できない。殴るのも、蹴るのも、背中の筋肉を使うからね。
姉上は、刑事に取り押さえられる犯人みたいな格好で絶叫を上げ続ける。
「どうだ?強いだろ?」
「はあ!?あたしが、じっとしてないと出来ないくせに、あたしより強いわけ
「そうか……。ハカモリくん、もっと強めにしなさい」
「はあ!?ふざけ――痛たたたたたたたたた!あああああああああああああ!」
姉上は兄弟最強で、とっても強くてカッコイイのに……こんなふうにいいようにされる姿なんて見たくなかった……。
僕が感傷に浸っていると、隣からパタパタと音が聞こえた。隣を見ると、奴隷が目を輝かせて、絶叫を上げる姉上を見ていた。
尻尾をパタパタ、胸の前で拳を作って、今にも「いいぞー!もっとやれー!」と、彼を応援しそうな勢いで喜んでいる。
……なんだかなー。大好きな姉上が負けているのが悔しいけど、大好きな女の子が喜んでいるのは嬉しい。複雑だなー……。
いくら姉上でも、人体の構造的に抵抗できず、けっきょく負けを認めた。
「……はあ、痛かった。……コイツがあたしに勝ったのは認める。だが!あんなので結婚相手なんて決められるか!あたしは嫁に行かんぞ!」
「彼の技はアレだけじゃない。他にも、シルフィーを倒す技がある。そうだろ?ハカモリくん」
『……まあ、ありますが……』
「技があっても決まらないと意味がねえ!私の方が強い!」
「それを言われると……」
何も反論できないよね。実際、腕を捻るのは姉上の協力があってできたこと。普通なら、手首にも触らせて貰えない。だって、シルフィー姉上は強いんだもん!ドヤぁ!
父上が口ごもり、代わりに母上が口を開く。
「そもそも、お見合いもせずに婚約するのは、どうかと思うわ。もう少し、順序を考えてはいかが?」
「それもそうだね」
父上は納得したようだ。というか、母上の言葉には納得しかない。
貴族だし政略結婚とかあるんだろうけど、政略結婚でも顔合わせ的な、形だけのお見合いはあるよね。たぶん、おそらく……。
「よし!それじゃあ、模擬戦をしてきなさい!」
え?模擬戦?なんで?お見合いは?
「シルフィーなら、拳で語り合った方が盛り上がるだろ?」
拳で語るとか、不良マンガみたいなこと言わないでください、父上……。
「それはいいな!始める前から盛り上がってきだぜ!」
盛り上がらないでください、姉上……。
姉上は、ニヒルな笑みで拳を打ち鳴らしている。もう、不良にしか見えない。こんな姉上見たくなかった……。
………………………………………………………………
という感じで、お見合いという名の模擬戦が始まったのだ。
原因は母上じゃなくて父上だけど、母上は異を唱えなかった。父上の提案に、納得しかなかったのかな?姉上、戦闘狂だし……。
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