第22話 大人と子供の確執


 奴隷が泣いて、姉上となだめていたら父上が来た。前世の僕との話が終わったらしい。


「まさか、シルフィーも女性を泣かせるとはね……」


 シルフィー姉上は、イタズラが見つかった子供のようにビクッ!と飛び跳ねて、イタズラがバレた子供のように言い訳をする。


「いや、これは違うんです。フィルが――」


「――ご主人様は悪くないですぅ!」


「あたしが悪いです!すいませんでした!」


 泣いてる子供の権力が強い。

 奴隷が貴族にくちごたえして認めさせた挙句、謝罪までさせたよ。パワーバランスがおかしい。


「フィルの近くにいる女性はスゴイね。貴族に物怖じしない」


 僕もそう思うけど、奴隷は子供だから、貴族とかそういうのが分からないんだと思う。

 というか、遠回しに、無礼だって言われてる気がする。一応、謝るべきかな?


「申し訳ありません。奴隷はまだ子供なので、大目に見て貰えると助かります」


「もちろん、大目に見るけど、教育はどうなっているんだい?」


 言い方が……怒ってそうだな……。さすがにお咎め無しとはいかないか……。


「初めての奴隷なので、教育の仕方が分からず……母上からは人を使う練習をするように言われているので、奴隷ではなく部下として扱うようにしています」


「なるほど。部下としてか……。だが、部下としても、まだまだ教育が足りないね」


 うん。教育してないもん。

 やばいな。教育不足どころの話じゃない。教育放棄?教育不足より業が深い。


 僕が冷や汗をかいていると、奴隷が声を上げた。


「うう……お役に立てなくてすいません……うう……」


「私の会話に割って入るのは二回目だね」


 基本的に、自分より身分の高い人の会話に割り込んではいけない。貴族には、そういうマナーがある。

 

 悪魔祓いの少し前、父上が僕を拘束した時、奴隷は父上と領主の会話に割って入った。

 その時は許して貰えたけど、今回はマズイ。見逃してもらってから、あまり時間が経ってない。短時間に同じミスを繰り返すのは、心象が良くない。

 仏の顔も三度までと言うが、二度目で何も感じないわけがない。


「申し訳ありません。あの後、教育をする時間が無く……」


 本当はあったけどね。姉上に抱えられて逃げた後、奴隷と話すタイミングはあった。

 ただ、僕が奴隷制度に無知で、お勉強が始まって、奴隷に注意するどころじゃなかっただけで……まあ、言い訳でしかないな。


「まあ、フィルが奴隷を貰ってまだ三日目だ。一昨日は熱で倒れていたし、昨日は病み上がりで安静にしていた。教育の時間がなかったのは事実。今日は見逃そう」


「ありがとうございます」


 よかった。お咎め無しだ。怖かったー。


「しかし、このままは良くない。サラと奴隷は、明日、バネッサに教育を施してもらおう」


 ちゃっかりサラも教育に組み込まれた。まあ、彼女に関しては当然の帰結だけど……。


 父上が屈んで奴隷と目線を合わせる。


「君が悪いことをすれば、主であるフィルが悪者になる」


「そんな……ご主人様はすごく優しくて……いい人で……」


 そういう問題じゃない。

 悪い人の仲間は、悪い人って思われる。二人以上の集団は一纏めに評価されるものだ。個人を評価する人は意外と少ない。


「君が悪いことをしなければいいだけだ。明日から、それを勉強してもらう。できるかな?」


「はい!やります!」


 奴隷が、頑張るぞいのポーズで気合いを入れる。


「かわいいな~。今日からあたしの奴隷にならないか?」


「イヤです!」


 ハグしようと近づいた姉上の顔を、奴隷が拳で殴った。


「…………フィルの近くにいる女性は、貴族に物怖じしないね」


「あれは、姉上が悪いのではないかと……」


 姉上が悪いとは思わないけど、子供に嫌われる姉上が悪い。


「嫌われた……」


 姉上は相当なダメージが入ったようだ。膝をついて項垂れている。

 レベル差は大きいし、顔を触られたぐらいにしか感じないだろうけど、可愛い子に拒絶されるのは精神的ダメージがデカい。


 落ち込む姉上に、父上が声をかける。


「気持ちは分かるぞ。子供に嫌われるのは、とても辛い。さあ、パパが慰めてやろう。おいで」


 抱き寄せようとする父上を――


「触んな!」


「ぐあっ!?」


 ――姉上が拳で殴る。


「今ならいけると思ったのに……」


 相当なダメージが入ったようだ。父上が膝をついて項垂れる。

 あれは痛いだろうな……物理的にも精神的にも……。


 そういえば、父上は姉上に殴られたくて追いかけ回していたって、言ってたような……。マゾだと思っていたけど、違うのかな?


 落ち込む父上に、前世の僕が話しかける。


『父親は娘に嫌われるものだから……普通だから……』


「普通なのか……」


 フォローになってないよ、前世の僕。励ましてあげてよ。


『近親相姦を防ぐ仕組みが体に組み込まれていて、ある程度成長すると、親を嫌いになるんです』


 ああ〜、たまにSNSの投稿で見かけてたよね、そういう話。同族嫌悪だっけ?違うかな?


『親を嫌いになるまで、無事に成長できたんです。娘さんが大人になったことを喜びましょう』


「そうだね……。娘が無事に成長して、こうして目の前にいる。それ以上に幸せなことはない……よく、ここまで立派に成長したね」


 感慨にふけっている父上が、姉上の頭に手を伸ばす。


「触んな!」


 姉上は父上の手を叩き落とした。


「ハカモリくん」


 墓守はかもりは、前世の僕の苗字だ。


「娘が無事に成長したのは嬉しいが、拒絶されるのはやっぱり辛い……」


『えっと……』


 前世の僕が何か言おうとしているが、言葉が出ない。口をパクパク、手をうろうろさせている。


 頑張って!前世の僕!


『フィルさんなら、大丈夫だと、思います……』


 ここで僕に振るのか……。


 前世の僕が、僕を手招きしている。呼ばれたら行くけど、何か釈然としない。


「フィル。君はパパを拒絶しないのかい……?」


「父上は、領主として立派に仕事していて、戦場での活躍も聞き及んでいます。尊敬しております」


「おお……そうか……」


 感極まった父上が僕を抱き寄せる。胸に抱くのではなく、肩の高さを合わせての抱擁。

 必然、僕の口は父上の耳元にくる。


「ですが、今日、父上と話して、僕の考えは間違いだったと気づきました」


「え……?」


 僕の耳元で、父上の困惑した声が上がる。

 そして、僕は父上の耳元で、父上への批判を囁く。


「姉上に殴られて、そのショックで、殴ってくれと追いかけ回す。そんな父上は尊敬できません」


「そんな……」


 そんな……じゃないよ。普通に引くでしょ。正気じゃない人を尊敬できないよ。


 僕は父上の背中に手を回して、父上が離れないようにする。聞きたくなくても、しっかり聞こえるように……。


「前世の僕と話している時も、ほとんど父上が喋っていました」


「そんなことはない。しっかり、彼にも話してもらったさ」


「僕が、自分を傷つけるようになるという話、覚えていますか?」


 それは、最後に言い残したことを聞かれ、彼が話したこと。

 父上は曲解して、僕がマゾになると言い出し、正当化までした。これは許せないことだ。僕はマゾじゃない!


「あれは、僕がマゾになる話じゃなくて、ストレスで精神が不安定になることを言いたかったんです」


「そんなこと、彼は言ってなかったぞ?」


「父上が曲解した上に、血みどろな結婚観を言うから、ドン引きして説明する気にならなかったんです」


 彼はコミュ難で喋るのが好きじゃないんだ。面倒になったら逃げ出す。


「しかし、説明を放棄したのは彼の責任だろう?パパは悪くないと思うな」


「父上は、相手の心を見抜くような、すごい人だと思っていました。でも、本当は違いました。彼の気持ちに気づかず、自分の解釈を正当化して、彼の意見を握りつぶしました」


 僕は、父上から離れて、目を合わせる。


「僕は、父上のことを勘違いしていたようです。すごい父上ではなく、普通に良い人な父上でした」


「…………それは、褒めているのかな?それとも、貶しているのかな?」


 どっちも褒め言葉ではあるんだよね。『すごい』から『普通にいい人』にランクダウンしただけで、褒めても貶してもいない。ただ……。


「期待はずれ、というだけです」


「ぐはッ……」


 父上が膝をついて項垂れた。


「皆がすごいって言うから、僕も父上はすごいって思っていただけでした。自分の目と耳で確かめるのが重要ですね」


 父上にトドメを刺した僕は、奴隷に向き直る。


「悪い所だけじゃなくて、良い所も見て、評価するのが大事だよ。ほら、姉上を見て。君はどう思う?」


 奴隷が姉上を見る。


「怖くないぞ〜。あたしは悪い貴族じゃないぞ〜」


 貴族がそれを言ったら悪者にしか思えないです、姉上。


「ご主人様を殴る人は悪い人です!」


「ぐうッ!嫌われた……!」


 奴隷は牙を剥いてガルガル唸っている。


 話の流れ的に、上手く姉上のフォローをできると思ったんだけど……姉上の心の傷を広げただけか……。

 

 けど、まあ、悪いところだけを見て悪い人って言うのが、子供らしいかな?

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