第21話 奴隷は強い
新事実!僕の魂は分裂する!
「どういうことなんでしょうか……?」
「それを、あたしが聞いてるんだ」
彼が前世の僕だとすると、僕と彼で魂が1つのはずだ。転生って、そういう事だよね?
前世である彼の魂に、今世である僕の人格が芽生える。つまり、魂は1つだ。彼の魂だけが幽体離脱するはずがない。
実は、魂が2つあったか。もしくは……。
「彼は、前世の記憶の具現化かもしれません。魂ではなく、魂に残っていた残留思念が姿を作ったのです」
「ふむ……」
姉上が腕を組んで偉そうに頷く。
「……残留思念ってなんだ?」
偉そうに頷いてたのに、分かっていなかった。
「そのままの意味です。思い。考え。そういった、感情や記憶が残るのです」
そもそも、この世界に残留思念という言葉がない。というか、それに当たる言葉を知らない。
だから文字から察せるように、残留と思念をくっつけて言ったのだが……まあ、ちゃんと説明ないと分からないか。造語だもん。
「おそらく、僕の魂に残っていたのではないかと……」
「なるほどな」
今度こそ分かったかな?
「分からないから、父上が話し終わってから聞いてみる」
「分からないんですね……」
「当たり前だろ。あたしは戦闘以外からっきしなんだからな!」
ドヤぁ!じゃないです姉上。そんなことでドヤらないでください……。
でも、素人が勝手に判断しちゃいけないか。
高校で食品衛生の授業中、病気の話になった時に先生が、「私はお医者さんに診てもらってないので、私が病気か、どうか、分かりません」「自分で勝手に診断したらダメですよ!ちゃんと病院に行ってください!」と言っていた。
頭痛とか、色んな病気に共通する症状があるし、素人の判断は危うい。
というわけで、専門家である神官長か、あらゆる分野に詳しい父上に聞いた方がいい。決して、面倒になったとか、逃げたとか、そんな事実は無い。仕方がないだけだ。うん。
「ところで、フィル。奴隷の扱いはどうなってるんだ?」
「奴隷の扱いですか?母上からは人を使う練習をしなさいと言われていますが……」
「酷い扱いはしてないよな?」
「特に命令してませんし、大丈夫とは思いますが……」
大丈夫って思ってると、思わぬ落とし穴にハマるから怖いな……。意地でもダメな所を見つけたい。
うーん……名前を呼ばずに奴隷って呼んでるとか?あとは……四六時中一緒だからプライバシーが無い。一緒のベットで寝てるから、それも問題かな?手は出してないけど、コンプライアンス的にね。
「……マズイかも知れません」
「え!?」
「マジか!?何をしたんだ!?」
…………今、奴隷が「え!?」って言った。
奴隷が驚くってことは、何もしてないって事だよね。あの反応は、仲が良い人から「お前をイジメていた」って言われた、前世の僕と同じ反応だ。
奴隷の反応を信じるなら、酷い扱いをしてない。でも、奴隷は酷い環境にいたから、常識が歪んでいてもおかしくない。
姉上に確認するべきかな?
素人が自分で勝手に判断すのは危険だ。奴隷を使ってそうな姉上に聞かないと不安だな。
「奴隷を名前で呼んでいません」
「それなら大丈夫だ。貴族ではそれが普通だし、神は下界のマナーとか風習に寛容だから、許してくれる」
寛容というか、都合が良い神だな……。
「四六時中一緒なので、プライバシーが無いです」
「そもそも、奴隷にプライバシーは無い。見なし奴隷でも、贖罪中の人権は無い」
暴論が飛び出たな。ひくわぁ。
「人権が無いのに、酷い扱いをしたらダメって矛盾してませんか?」
「人権が無いからって、ろくに罪の無い人間を痛めつけて良いと思うか?」
「思いません」
「そういうことだ。神は、我々に優しさを求めておられる」
じゃあ、養子でいいじゃん。
「もう、奴隷である必要が無いですよ」
「あのな、世の中には、孤児とか仕事を失う人が沢山いるんだ。沢山いるから、そいつら全員無償で助けるのは無理がある。破産するぞ。だから、服従を条件に面倒を見る形に落ち着いたんだ」
「なるほど……」
世界は厳しい。
「そのぐらいか?他に酷いことしてないか?」
同じベットで寝てるのは言わなくていいかな?奴隷に人権が無いならコンプラも無い気がする。
でも、不安だな。万が一があると怖いし、聞いておこうかな。
「一緒のベットで寝てるんですけど……」
「そうか。フィルも大人になったな」
「僕はまだ八歳です。子供ですよ。そういうことはありません」
「そういうことって、どういうことだ?」
「…………………………」
あれ?墓穴掘った?
いや、墓穴掘ってない。やましいことは無い。落ち着こう。姉上がニヤニヤしてるから、墓穴掘ったと思っただけだ。
「大人なことですよ。子供は横に並んで寝るだけです。よく考えたら、僕ぐらいの歳の子は、男女で一緒に寝ますよね?」
遊び疲れて寝てそう。
……あ、でも、夜に一緒に寝るのはないかな?お泊まり会とかは同性どうしだよね?ちょっと不安になってきた。
姉上は僕の質問に答えず、しゃがんで奴隷と目線を合わせる。
「寝てる間に、フィルに何もされなかったか?大丈夫だったか?」
僕、そんなに信用ないかな?まだ八歳だよ?普通、何もしないでしょ。
「はい。何も無かったです……」
「そうかー。つまんねーなー」
楽しんでいただけか。
姉上が奴隷の肩に腕を回す。少女に絡んでいるヤンキーみたいな絵面だ。
「奴隷は何もしてないのか?」
セクハラおっさんが少女に絡むような大罪。ゆるすまじ……。
「奴隷に聞くのは止めてください。穢れます」
「自分で穢したいか。大人になったな」
「違いますよ。いいから、奴隷から離れてください」
奴隷は純粋なままでいいんだ。さっさと離れて欲しい。
「なんだ?嫉妬か?」
「違います。奴隷が怖がってるんです」
姉上から奴隷を引き剥がすために近づくと、しゃくり上げる声が聞こえた。
「あれ?泣いてる?」
「フィル!泣かすなよ!」
「泣かせたのは姉上でしょう!?」
罪の擦り付け合いをしながら、姉上と二人で慰める。抱き締めながら、頭と背中をポンポン。
「大丈夫だよ。怖くないよ。姉上はこれでも優しいよ」
「フィルはこれでも優しいから、嫌がることはしないぞ。嫌なことは嫌って言うんだぞ」
「違うんです……ぐすっ……私、ご主人様に何もできてなくて……」
「おい、フィル!子供に無茶な命令してんじゃねぇよ!可哀想だろ!」
「え!?特に命令してないですけど……ごめんなさい!」
小さい子を泣かせるのは万死に値する。切腹する前に償わないと……。
「違うんです!!」
僕がワタワタしていると奴隷が叫んだ。何事?
「ご主人様は、何も悪くありません!私が……お役に立てないだけで……うう……うわああああん!」
号泣させてしまった。
「お前、思い悩ませるんじゃねえよ!」
「え!?いや、それはフォローしたつもりなんですけど……ごめん!」
「ご主人様は悪くありませんんん!うわああああああああん!」
「そうだなー。フィルは悪くないよなー」
と言いながら、奴隷に見えないように、姉上が僕の頭を小突く。僕はそれを甘んじて受け入れながら、奴隷の背中をさする。
「ご主人様を殴るなあああああ!」
見なくても音で分かるのかな?犬獣人って耳良さそうだもんな……。
「あああ……。ごめんごめんごめん……」
奴隷が姉上を殴る。
年齢差も、レベル差も、大きく離れているから痛くないだろうけど……奴隷が貴族の令嬢を一方的に殴るってヤバいな……。
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