第19話 この世界の結婚観


「さて、フィルがマゾヒストになるのは分かった」


 分かるな。というか、そんな事実は無いです父上。前世の僕も困っているじゃないですか。

 彼は首を傾げるという相槌を打っている。これは、言葉に困った時の、無視して無いというアピールだ。


 


 前世の僕が、「寂しさで自分を傷つけるようになる」と言って、父上が、僕はマゾになると勘違いした。

 否定したいけど、姉上に口を塞がれて声を出せない。


「君やフィルは知らないと思うが、夫婦が殴り合うのは当たり前のことだ」


 どんな当たり前だよ。暴力的過ぎない?殺伐とし過ぎでしょ。


「喧嘩が絶えない夫婦ほど、仲が良いと言うんだ。……フィルは聞いたことあるかな?」


 喧嘩するほど仲が良いみたいに言うな!僕は夫婦円満がいい!


 領主から質問されたことで、姉上が手を離した。やっと喋れる。

 言いたいこと、ビシッと言ってやる!もう尊敬する父上じゃなくて、軽蔑する父上なんだから、遠慮も容赦もない!


「聞いたことありません!僕は、父上みたいな変態じゃありません!夫婦円満、明るい家庭を築きたいです!」


「ハッハッハ!それは良い!サラ、できるかね?」


 何故そこでサラに話を振るのですか?年の差的に、一番ありえない相手でしょ。

 ……いや、愛さえあれば年の差なんて関係ないけどさ。レベル高ければ寿命伸びるし、若い見た目のままだし、サラは可愛いし……。でも、僕が変態サラを好きみたいに言うのは違うと思うな父上。


 不満はあるが、今は口を挟めない。

 領主は僕に話しかけていないから、マナー的に口出しが許せないんだ。仕方ないんだよ。決して、サラの返答が気になるとか、サラとの婚姻が確定するのを期待してるとか、そんなこと思ってるわけじゃない!


 サラが仕事の顔で口を開いた。


「坊っちゃまと二人の夫婦であれば、可能です。しかし、第二夫人、第三夫人とお増やしになれば、不可能です」


 いや、僕そんなに結婚しないんだけど……。あ、でも、一夫一妻だとすぐに一族が滅びるか。一夫多妻には、一人死んでも、遺された1人で子育てしないように助け合う意味あいもある。両親が死んで子供一人になるのも避けやすい。


 まあ、僕が死んでも、きっと兄上や姉上が助けてくれるだろうし、心配は要らないね。

 サラの話はまだ終わってない。話に集中しよう。


「夫を同じくする夫人の間には、上下関係がありません。たとえ奴隷であっても、貴族から嫁いで来たご令嬢と対等な立場になります」


 ちょっと違うけど、表向きは対等。それは知ってる。当然、父上も知っている。

 わざわざ説明する必要は無いけど……奴隷に説明しているのかな?奴隷も婚約者候補?それなら嬉しいなあ。奴隷、可愛いし。


「もちろん、私も身分を気にする必要はありません。なので、夜の独占権を巡って争うことになるでしょう」


 あ、仕事の顔が崩れた。手にギュッと力を入れて震えている。

 嫌だな、続き聞きたくないな。でも、耳塞げないんだよな。未だに結界魔法が張られている。


 なんで、僕は拘束されているんだろう?僕を拘束する必要ないのに。父上はそういう趣味なの?僕の尊敬を返して欲しい。


 そんな現実逃避をしていたが意味はなく、サラの声が耳を叩く。


「私は、骨が砕けようと!血を吐こうと!諦めずに立ち向かうのです!ですが!心優しい坊っちゃまは、決してそのような争いを許しません!坊っちゃまに拳を振るうことが出来ない私たちは!為す術もなく坊っちゃまに縛り上げられ!お仕置きと称し――」


「――もういいよ。君の言いたいことは分かった。控えたまえ」


「畏まりました」


 メイドが仕事の顔に戻って口をつぐむ。


 ナイス父上。止めてくれてありがとう。

 僕は息を吸って、肺に空気を送る。気づいたら、呼吸が浅くなっていた。息が浅くなったことで、鼓動も早くなっている。興奮してドキドキしている訳じゃない。

 前世の記憶は未だにある。子供じゃないし、あの程度で興奮するわけない。きっとそうだ。

 

 ふう、空気が美味しい。決して、息を飲んで話を聞いていたわけでも、お仕置として何をするか気になるわけでもないが、少し話に集中し過ぎていた。

 呼吸は大事。しっかり、深呼吸しておく。


「フィル。サラが言ったように、夫婦喧嘩は避けられない。嫉妬するし、取り合いになるし、拗れれば殺し合いになる。最悪を避ける為のガス抜きが夫婦喧嘩なのさ」


 結婚、怖いな……。独身貴族というものを謳歌した方がいいかも。僕って、貴族だし。字のままの意味で独身貴族。なんちゃって!あはははは……はあ……現実逃避が虚しい。


「さて、この話はもうここまででいいだろう。それとも、まだ言いたりないか?」


 父上が前世の僕に問いかける。


『あ、いえ、大丈夫です……』


 面倒になって逃げたな。というか、ろくに言いたいことを言えていないはずだ。

 彼は、説明しながら相手の反応を聞いて言葉を考える。そのせいで、話がズレた分だけ話がややこしくなる。


 でも、そうするしかない。

 彼の考えは少し独特な上にコミュ難で、支離滅裂な説明になりがちだ。それで相手の理解を得られない。自分が喋り続ける説明は苦手だ。


「他に、何か言い残したことはあるかい?」


『いえ、無いです』


 あっても言わないだろうな。

 コミュ難の彼は、親しくない人と喋ることを苦痛に感じる。そんな彼が頑張って説明して理解を得られなかった。

 今は、疲労感と相手に関わりたくない気持ちでいっぱいだろう。


「本当に大丈夫かい?――」


『――はい。大丈夫です』


 食い気味に答えたな。そんなに嫌か。

 父上は近づきたくないぐらい変態だけど、そんな嫌がられるとムッとする。


「それじゃあ、かえってもらうよ」


 神官長が再び祝詞を呟き始める。それと同時に、彼の体が光り始める。そして、幾つもの小さな丸い光になって、体が崩れていく。

 完全に体が崩れた後には、小さな光の集合体が球状になって浮かんでいた。


「在るべき場所へ戻り給え!」


 神官長の仰々しいセリフを合図に、丸い光が動き始め、ゆっくりと僕の方に移動する。……僕に近づいてる?天に昇るんじゃないの?


「姉上、アレ、僕に近づいてませんか?」


 近くの姉上に問いかける。


「近づいてるが、まあ、大丈夫だ。アレが魔法陣の中に入ってくることは無い」


「そうなんですか……」


 魔法陣。強力な魔法を使うのに必須な技術。足元を見れないから分からないが、展開されているんだろう。

 息子を強力な結界魔法で拘束するなんて変態としか思えないが……光の玉が入って来れないという事は、外からの干渉が制限されているんだろう。姉上と奴隷は普通に入ってきているけど、そこの所どうなってるんだろう?


「おい、クソ親父!魔法陣に入ってきているぞ!」


 入ってきているんですか?姉上が入ってきた原理と同じですか?そこの所どうなってるんですか?


「時間を稼いでくれ!」


「クソがっ!」


 結界魔法を解いたらしい。姉上が僕を持ち上げ、後ろに飛び退く。光の玉は僕らを追ってスピードを上げる。


 ちなみに、奴隷も一緒だ。彼女は僕を抱きしめたままだったのだ。

 姉上は僕と奴隷を抱えて逃げている。ご苦労様です。

 

 そんな姉上は、ぐんぐんスピードを上げている。ジェットコースターとか、恐怖を感じるレベルに早い。


「あの、姉上――」


「喋るな。舌噛むぞ」


 そう言って、姉上はジャンプした。フワッとする浮遊感、その直後に急降下。


「「うわあああああああああああああ!!!」」


 真下に降りたわけじゃない。斜め下に猛スピードで移動。まるでジェットコースタ。

 次いで真横に急転換。再び駆け出し、縦横無尽に動き回る。


 急転換の度に内蔵を揺らされるような重力Gに襲われる。

 最初の急降下こそ叫んだが、それ以後は目を瞑って、体を縮めるように力を入れてGに耐えるしかなかった。


 そんなこんなで必死に耐えていたのだが、僕らの恐怖体験は意外と早く終わり、僕と奴隷は無事に地面に降ろされた。


「じめんだぁ……ぐすっ……」


 奴隷が地に這いつくばって泣いている。僕を守るように抱きついていたばかりに、怖いを思いをして……。


 僕は地面に這いつくばりながら、無言で奴隷の頭を撫でる。かける言葉が見つからない。

 

 声をかけたのは姉上。


「大丈夫か?」


「だいじょうぶですぅ……ぐすっ……」


 そう言いながらも、地面に這いつくばっている。復活までまだ時間がかかりそうだ。


「そんなに怖かったか?」


「こわかったですぅ……ぐすっ……」


「僕も怖かった……」


 姉上はジェットコースターだ。しかも、悪名高いやつ。八歳が乗っちゃいけないやつ。


「すまなかったな。あの悪魔、かなり速くて追いつかれそうだったんだ」


 姉上の方が悪魔に思えました。 

 そう言いそうになったが、姉上が僕と奴隷の頭を撫でて慰めてくれ、今は姉上が天使に思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る