第18話 悪魔祓い


 父上、母上、姉上、騎士の皆さんが、ぞろぞろと訓練場に入ってきた。


「やあ、フィル」


「父上。無理に呼び出したようで、申し訳ありません」


「構わないさ。フィルの願いなら、なんだって叶える。それより……」


 父上の視線がサラに向く。


「ついに、女性を泣かせるまでに成長したんだね……」


「いえ、これは、その……」


 不可抗力なんです。前世の記憶があるって言ったら泣いちゃったんです。……なんて言えない。


 前世の記憶を話すって決めたけど、いきなり本題って言うのもね、緊張するって言うか、心の準備が……。


「フィルは男なんだからいいじゃん。遊んであげても」


「姉上……」


 すっごいクズな発言だけど、死が身近なこの世界では、意外と一般的な考え……だと思う。


 魔獣の襲撃、戦争、暗殺、工作、陰謀……かなり物騒な世の中で、一夫一妻だとあっという間に一族が滅びる。


 一夫多妻が一番多くて、多夫一妻、多夫多妻が同じぐらいらしい。


「彼女の何がいけないの?かわいいじゃん」


「いや、そういう問題では……」


 遊ぶっていうワードに引いただけだ。


 ちなみに、サラは訓練場の隅に控えている。領主が来たら、さすがに両膝をついていられない。


「まあ、いいじゃないか。フィルは恥ずかしがるお年頃なんだろう」


「え〜。つまんない……」


「面白がるものでは無いさ。……さて、そろそろフィルの話を聞こう」


 聞きますか。聞いちゃいますか。話さないといけないか……。緊張する……。


 緊張をほぐすには、百メートル全力ダッシュか、筋トレが効果的なんだけど……今から急に走り出す訳にもいかない。

 父上たちが来る前に全力ダッシュするべきだった……。なんで、今思い出すんだろう……遅いよ……。


 嘆いても仕方ない。深呼吸して、話し出す。


「僕には、前世の記憶があります」


「「「…………………………」」」


 父上たちは、何も言わない。真顔でアイコンタクトを取っている。

 何その反応。ちょっと怖いんですけど。


「フィル。前世の記憶って、具体的にどんなのかな?」


「こことは違う、魔法の無い世界の記憶です」


「魔法が無い?」


 父上と姉上が眉をひそめる。


 なんだろう。真顔じゃないのが逆に安心する。

 眉もひそめず、ここまで一言も喋っていない母上が一番怖い。


「前世の世界では、自然の理を利用して発展していました」


 違う気がするけど、間違ってもないと思う。


「物が地面に落ちる。木が燃える。そういったものを観察して、解析して、実験して、魔法のような力を作り出したんです」


「そうか。それを私たちに話して……どうしたいんだい?」


「父上たちの力になりたいです。この世界には無い技術が、きっと我が国の発展に役立ちます」


「ははは。私たちの力になってくれるか。嬉しいよ。フィルの願いだ、応援するよ」


「あ、ありがとうございます!」


 やった!認めてくれた!拒絶されたら泣くところだったよ。本当に良かった!


 胸に手を当て、安堵の息を吐く。

 緊張で息が詰まっていたみたいで、自然と呼吸が大きくなる。


 本当に良かった。

 改めてお礼を言おうと父上を見上げて、僕は固まった。


 別に何かあった訳では無い。

 父上たちは、さっきの表情のまま、変化がない。

 強いて言うなら、体が動かない。物理的に。


「ご主人様!?」


 奴隷が駆け寄って、僕を引っ張っているのが分かる。だが、いくら引っ張っても僕はビクともしない。


「フィルに酷いことはしない。大切な我が子だからね。安心して欲しい」


 父上が奴隷をなだめる。

 奴隷は引っ張るのを止めたが、震えながら僕に抱きついて離れない。


「ふむ。しっかり信頼関係を築けているようだね。よくやったね、フィル。やっぱり、フィルは領主に向いているよ」


 それは違うと思うけど……父上に微笑まれながら褒められると嬉しい。拘束されているけど……。

 結界魔法かな?結界内の動き制限する魔法。

 どれくらい制限されているんだろう?口は開くかな?

 あ、開いた。喋れそう。


「これは、母上とバネッサの力です。僕は何もできませんでした」


「そんなこと、ありま――」


「――黙れ」


 奴隷への強制命令で黙らせる。基本的に、奴隷と使用人は黙って控えているものだ。


「父上。まだ、教育の途中でして、見逃して頂けると助かります」


 貴族同士が話している最中に、奴隷が話を遮ってはならない。

 奴隷に限らず、使用人や格が劣る貴族も例外では無いが、奴隷は最低身分だから、身の安全が保証できない。


 父上が来ると聞いた時点で下がらせるべきだった。今更後悔しても遅いけど……。


「愛するフィルの頼みなら構わないよ。不問にする」


「ありがとうございます」


 よかった〜。優しい父上で助かった。


「フィルの頼みなら、なんだって許すが……君は、本当にフィルなのかい?」


「あ……」


 信じて貰えないのか。僕がフィルだって、認められていなかったのか……。

 

 それもそうか。僕も信じきれていない。

 僕がフィルなのか、違う別人なのか、分からないのに、父上が分かるはずがない。


 当たり前だ。当たり前なのに……涙が出る。涙が止まらない。

 赤の他人だと疑われたのが、すごく辛い。


「君の話は、すごく魅力的だったよ。魔法の無い世界の技術は、とても気になる。でもね、国益よりもフィルが大事なんだ。我が子を、返させてもらうよ」


 そうなんだ。僕が大事なんだ。

 嫌われたわけじゃない。拒絶されたわけじゃない。僕を助けようとしてくれているんだ。


 国益よりも大事だなんて……凄く嬉しい。大切にされて、愛されて、幸せ者だ。


 涙が止まらない。むしろ、さっきより酷くなって、呼吸もままならない。


「領主様。神官長様を連れて参りました」


「ご苦労。……神官長、よろしく頼むよ」


「はい。お任せ下さい」


 神官長が詠唱を始める。詠唱と言うより、祝詞のりとかもしれない。ちょっと、仰々しい。


 詠唱が終われば、前世の記憶が無くなるのかな?

 前世の記憶を利用したかったけど……もう、自分は誰なのか悩まなくていい。


 残念なような、安心するような、複雑な気分。


 足元が光って、僕の周りが明るくなっていく。魔法陣が出ているのかな?


 光が強くなるにつれて、奴隷が僕を抱く力が強くなっていく。

 怖いなら、離れればいいのに。いや、怖くて動けないのかな。


 やがて、詠唱が終わり、神官長が仰々しい身振りで言葉を発する。


「悪魔よ、姿を現せ!」


 その言葉と同時に、魔法陣が強く光り、一瞬、目が見えなくなった。

 いや、今も見えない。閃光弾食らうとこんな感じになるのかな?空飛ぶモンスターが落ちるのも納得出来るほど、クラクラする。結界魔法で拘束されているおかげでフラつかないけど……。


「君が、フィルに取り憑いていた人か。改めて、目的を聞こうか。どうして、フィルに取り憑いていた?」


『…………………………』


 その問いに返答は無かった。

 というか、誰か居るのか……。前世の僕が居るのかな?彼は人見知りだし、コミュ難だし、返答が難しいだろうな……。


「言わないのなら、それでも構わない。このまま君を消すだけだ」


『…………………………』


 目が見えるようになってきた。

 目の前に前世の僕がいる。ずぶ濡れで……たぶん、死んだ時の姿だ。


「何も話す気は無いようだね。何も言わないだろうが、一応聞いておくよ。……最期に言っておきたいことはあるかね?」


 無いだろうな。突然、蘇っただけだし。

 ただ惰性で生きて、死ぬ時も、ろくな未練もなかった。

 しかも、もといた世界では無いのだから、遺族や友人に伝言を頼むこともできない。

 彼には、もう、何一つない。


 なのに、手を宙にさ迷わせて、何か言おうとしている。

 

 声が出ないのは、コミュ難で語彙力がないからかな?

 いや、彼は優柔不断だったな。それもあるかもしれない。


 彼の未練は僕も気になる。背中を押してやろう。


「遠慮なく言うといいよ。父上は優しいから、君の言葉を笑ったりしない。言葉を整理しなくていい。思ったまま言ってみて。僕も気になるな〜。僕でも知らない言い残したことって何?」


 彼は振り返って、困った笑い顔になる。

 そして、俯いたり、頭を掻いたり……余計、悩ませちゃったかな?


『まあいいか……』


 考えるのを放棄したみたいだ。

 あまり頭が良くなかったから、すぐにパンクして、ヤケクソになってたんだよな〜。懐かしい……。


 彼が、父上に向き直る。でも顔の向きが、チラチラと母上に向かっている。


 母上に言うのか?何を言い残したんだろう?


『あの……もっと、フィルさんを」


 え?僕?


「その、褒めてあげて、ください……』


「ちょっ!?」


 何言ってるの!?父上たちの前で、恥ずかしいこと言わないでくれる!?


「私はいつも、フィルを褒めているつもりだが……足りないのかな?」


『いや、その……フィルさんの、お、お父様は、大丈夫です。それより……お母様が、その……』


「もういいよ!それ以上言わないで!」


 恥ずかしい!八歳にもなって、母上に褒められたいとか!子供みたいじゃん!!たしかに、褒められたいけども!!


 彼が振り返って、微笑んだ。

 これ、絶対に言うやつだ。彼は僕だから分かる。


 そして僕は彼だから、彼にも僕が分かったんだろう。

 心の中で、恥ずかしいと、褒められたいを、同時に叫んだことを。


『お母様は、最近、会うことも無くて、話す時も、日常会話というか、報告みたいな感じで、親子の会話というか、その……甘えた――』


「――待って!!言わない――むぐうっ!?」


 口を塞がれた!?


「フィルでも、領主との会話に口を挟んじゃいけないんだよ~」


 とか言ってるけど!!楽しんでますよね姉上!?声が弾んでますよ!?


『フィルさんは、まだ子供ですので、もう少し、母親の愛情をですね……感じさせないと、寂しさで』


「んんんんんー!」


 大声を出して妨害しようとするが、上手くいかない。

 口を塞がれると、大声が抑えられるんだな……。


「………………」


 妨害は失敗だと思った。けど、彼は黙っている。僕の気持ちを汲んでくれたのかな?

 いや、言ってる途中で何を言ってるのか分からなくなったのか。彼はコミュ難だもんね。


 ともかく、今は彼が口を閉じている。今なら、きっと止められる!

 

 正直、姉上の拘束を解けるとは思えない。が、そもそも、拘束を解く必要が無い。拘束を解かなくてもやりようはある。

 姉上を懐柔して、話に割り込ませればいいのだ。


 姉上と話すだけなら、領主の会話に割り込むことにはならない。手を退けてくれるだろう。


 話す意思を伝えるために、顔を向け……向けられないじゃん!まだ、結界魔法で拘束中だよ!


 どうしよう?奴隷となら話せるかな?

 耳よさそうだし、何となく、聞き取ってくれないかな?…………無理か。口を開けない対話とか人間技じゃない。


『フィルさんは……』


 話し始めちゃった……。黙っているしかないか。僕の赤裸々な暴露話を父上たちに聞かれるのは恥ずかしすぎるんだけど……やっぱり足掻こうかな?無理だけど。


 大人しく、彼の話に耳を傾ける。


『……人を傷つけるようになります』


「ははは!それはないよ!フィルは優しいからね」


 父上の信頼が嬉しいけど……なぜか申し訳なくも思う。


『じゃあ、自分を傷つけるようになります』


 あ、それは分かる。

 他人にも物にも向かない暴力は、自分に向くのだ。どんな形で向けられるかは、人それぞれだけど……。


 父上は、あまり分からないようだ。


「自分をかい?」


『はい。好きな人から、嫌われていると思うと、イライラしてしまうと、思うんです』


「うん。それは分かるよ。初めてシルフィーから殴られた日、すごく凹んでね、一日中『殴ってくれ』と言いながらシルフィーを追いかけ回したよ」


『えぇー……』


 でうしてそうなったの?どういう思考回路なの?マゾなの?

 父上のことは尊敬してたんだけど……変態を尊敬していたと思うと、すごくショックだ。


「フィルもそうなるのか……」


 なりません。


「親子だな……」


 心外だ。父上と一緒にしないで欲しい。

 父上が親なのを嫌だと思ったのは初めてだ。

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