第16話 男の料理


 訓練場で豚骨スープを作ることになった。僕の部屋や調理場が臭くなるのはダメらしい。


 というわけで、訓練場に来た。運動場みたいな、何も無い開けた場所。


 広い訓練場の隅に簡易キッチンを作って調理開始だ。


 まず、野菜を切る。


 土魔法で作ったテーブルに、野菜を並べる。

 見た目は、玉ねぎ、ニンニク、ネギ、ジャガイモ、キャベツ、人参。

 味も匂いも分からないし、全部入れてみよう。

 

 拳大のニンニクを、強化魔法で握力を強化し、握り潰して鍋に入れる。

 …………包丁要らないな。


 玉ねぎ、ジャガイモ、人参も握り潰して鍋に入れる。

 

 出汁を取る時は、表面積を大きくすると旨みが溶けだしやすい。

 それに、出汁を取った野菜を食べるわけでもないから、綺麗に切る必要が無い。

 

 いっそ、すり潰してペースト状にすれば旨みが強いソースにできるけど……面倒だし、今日はソースじゃなくてスープ。出汁を取った具材は基本的に廃棄だ。……もったいないな。


 後は、ネギとキャベツ。


「これは、香味野菜?」


「はい。二つとも香りの強い野菜です」


 キャベツっぽいやつ、香り強いんだ……。


 ネギはそのまま、キャベツは半分に割って鍋に入れる。

 包丁が要らない……。


 次は、豚の骨。


 鶏ガラなら血合いを取るんだけど、コレ血合いあるのかな?初めて見るから血合いなのか肉なのか分からない。


 分からないから、処理をしないことにした。鍋に入りそうなものを、鍋に入れていく。


「本当に豚の骨を食べるんですか?」


「豚の骨で出汁を取るだけだよ。骨自体は食べない」


「だとしても、豚の骨は犬の餌ですよ。奴隷にも与えません。家畜の餌で取った出汁を坊っちゃまが飲むなんて……私……うぅぅ」


 泣いてしまった。そんなにダメなのか?犬だって、骨以外の肉も食べるでしょ?そういう話じゃない?


 カルチャーショックってやつかな?


 海外では、タコを悪魔の魚といって忌み嫌って食べないらしいし、昔の日本は肉食を忌み嫌っていた。


 でも、海外の人でもタコを食べるし、今の日本人はお肉大好きなイメージがる。


 子供の頃からの食習慣が食べる物・食べない物の固定概念を作っているんだろう。


 調理師の責務に、食文化レベルの向上・発展がある。

 今の僕は調理師じゃなくて貴族だが、十年以上の調理師としての記憶が、騒ぎ立てる。このままじゃダメだと。


「パンだって、元を辿れば小麦粉だ。奴隷が食べる物と同じじゃないかな?」


「奴隷のパンと貴族のパンでは、使っている小麦が違います。家畜も食べません。どうか、どうか豚の骨はお考え直しください……」


 例が悪かったか。家畜も口にするもの……。


「…………み、水だって、家畜も奴隷も貴族も口にするんだよ。そんなに区別しなくていいと思うな。豚の骨に毒入ってないし、食べれるんだからさ……」


「戯言を言わないでください。水と豚の骨は明らかに別物です」


 僕もそう思う。説得は諦めよう。分が悪い。

 でも、これだけは言っておこうかな。


「固定観念は敵だよ。視野を狭め、死角を広げ、成長の余地を削る。僕は成長しないといけない。君の目から見て、僕は異質だと思う。でも、それが、この領地、我が国の発展の礎になると思って、許して欲しい」


 メイドは何も答えない。

 僕が礎になるのが嫌なのか、やっぱり豚の骨がダメなのか……まあ、いいか。僕は僕にできることをやらないとね。


「ご、ご主人様!私は何があってもご主人様の味方です!」


「ありがとう」


 同情も応援も要らない。

 結局、自分が評価するのだから、自分が満足出来なければそれまでだ。同情も応援も届かない。

 

 でも……味方がいてくれるのは嬉しい。独りじゃないのが嬉しい!自分を認めてくれるのが嬉しい!


 奴隷の頭を撫でると、目を細めて尻尾をパタパタして喜んでくれる。ああ、かわいい。こんな子が味方で嬉しい。

 

 僕も嬉しくて相手も嬉しいって最強じゃん!


「ぼ、坊っちゃま。私も、何があっても味方です!なので、全身を撫でてください!」


 大の字で訓練場に寝るメイドは残念だ。


 メイドを放置して、豚骨スープ作りの続き。


 鍋に水を入れる。


 なるべく高火力で煮ても吹きこぼれないようにしたい。

 でも、水を少なくすると直ぐに蒸発して無くなりそう。


 もっと大きい鍋にするべきだったかな?

 いや、量を減らすべきだったか。そんなに食べれないだろうし。

 でも、少ない量を作るの難しいんだよな。一人前の分量も分からないし。


 ………………水は多めで、吹きこぼれそうになったら結界魔法で高さを増やそう。

 むしろ、結界魔法で蓋をして圧力鍋みたいにするのもありかな?…………爆発しないよね?怖いからやめよう。


 土魔法で作ったかまどに鍋をセットして、火魔法で火を起こす。


 火力は僕の意思で自由自在。

 魔法って便利だな。今まで攻撃魔法と戦闘用の強化魔法の練習しかやってないから、こういう日常で役立てるのは新鮮だ。


 とりあえず、火力をできるだけ上げてみる。竈の中が火で満たされてちょっと怖い。

 これ、竈の耐久性大丈夫かな?


 魔法は魔法で打ち消せる。魔力が散って、魔法を維持できなくなるのだ。

 このままだと、竈の魔力が散らされて崩れる。


 というわけで、寸胴鍋を上から吊り下げる。

 四角錐のテントみたいに、土魔法で作った棒を竈の上でクロスさせる。

 クロスさせた所から土魔法で作った鎖をぶら下げ、鍋に繋げる。……鎖状にしなくても良かったな。


 さて、次の問題。熱くて近づけない。

 熱を遮る魔法なんて使えない。どうしよう……。


 魔法が無理だから、工夫を……。


 そうだ!空気口を変えよう。

 僕の感覚で火力を調節できるから、直接火を見る必要が無い。

 僕の正面の穴を塞ぎ、別の場所に空気口を作る。


 そうこうしている間に沸騰して吹きこぼれた。

 慌てて結界魔法で高さを補う。


 下が焦げ付いてないか心配だし、一度かき混ぜよう。

 …………鍋下の隙間からの空気が熱い!しかも、結界魔法に遮られてレードルが使えない!


 仕方ないから、火力を弱めた。

 吹きこぼれ無い程度に沸騰するよう調節。

 


 中華スープには、清湯スープと白湯スープがある。


 清湯スープは澄んだスープ。塩ラーメンや醤油ラーメンのように透明性がある。

 これを作るには、沸騰させずに煮込む必要がある。


 白湯スープは濁ったスープ。味噌ラーメンやとんこつラーメンがコレ。

 これを作るには、沸騰させる必要がある。


 そういえば、透明な豚骨ラーメンがあったな。見た目が塩ラーメン……というか、あれ塩ラーメンだな。出汁が鳥か豚の違い……いや、そういう問題じゃないのか?分からない。

 


 さて、やることは無くなった。


 チャーシュー作ろうかな。


 チャーシューは焼豚って書くぐらいだし、焼くんだろうけど、面倒だから煮込もう。


 メイドは調味料も準備してくれている。優秀なメイドだ。訓練場で大の字になって寝ないなら、素直に感謝できる。


 チャーシューと言えば醤油だけど、醤油がない。

 仕方ないから、水を張った鍋に、酒と塩と香味野菜と豚バラを入れて煮込む。

 


 やることが無くなった。暇だ。


 まあ、いいや。ボケっとして頭を休めよう。


 グツグツしている鍋を見つめる。


 …………味噌豚骨とかいいな。味噌無いから無理だけど。

 味噌入れたら豚臭さ消えるかな?あれって臭み消しできたっけ?

 


 味噌って、大豆のタンパク質が分解されてて、吸収しやすいんだよな。それで、細胞の回復がしやすいからガン予防にもなるらしい。

 発酵食品で腸にも良いかもしれないし、手に入らないかな?


 どんな言い訳で探そうかな?

 腐った豆を食べたいとか言ったら、絶対手に入らない。

 前世の記憶〜とか言う訳にもいかないよな。悪い貴族に利用されるのがオチだし。


 ………利用する貴族って僕自身じゃん。


 隠す理由がない?いや、悪用される可能性も……無いか。

 父様も兄様も姉様も皆いい人ばかりだ。大好きな家族が僕を裏切るはずがない。


 ……でも、ちょっと怖い。

 受け入れてくれるのかな?転生した僕を、赤の他人って言われたり、距離を置かれたら、寂しい。


 でも、貴族として、できることはやりたいし……打ち明けようかな。

 

「お父様かお母様と話をできないかな?」


「確認して参ります」


 緊張で息が詰まる。息苦しい。上手く言えるのかな?

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