第15話 残念な着眼点


 気になった物だけ食べて、さっさと帰った。

 

 屋台のお目当ては、ヨーグルト的な発酵食品だったけど、見つからなかった。

 でも、乳酸菌が入ってそうなチーズが手に入ったから、それでいいや。


 今は馬車の中。

 僕は、ぼけっとしながら、お腹を抑えた奴隷を見ている。食べさせすぎたな……。


 城に帰ったら、僕は豚骨スープ作りに。奴隷は昼食に…………食べさせすぎたな……。


 豚骨スープは僕の部屋で作ろうと思っている。

 魔法で火事が起こらないようにすれば大丈夫だろう。

 

 ……ああ、でも匂いがキツいか。

 ちゃんとした作り方が分からないから、豚骨臭が酷くなりそう。臭みのない豚骨スープって、どうやって作るんだろう?


 考えても仕方ないし、相談するか。

 今は、メイドさんが仕事の顔しているし、きっと力になってくれる。


「豚の骨でスープ作る時、かなり臭くなるかもしれないんだけど、どこで作ればいいと思う?」


「お時間を頂ければ、私がメイド長に尋ねて参ります」


「じゃあ、お願いね」


「承知しました」


 頼りになるメイドで助かる。



 …………………………………………



「奥方様!坊っちゃまがぁ!坊っちゃまがぁ!」


「落ち着きなさい。お前は礼儀作法も出来なくなったのですか?」


 バネッサがサラをたしなめる。


 最初は物静かで優秀なメイドだったのだが、今はその面影がない。

 注意を受けても反省せずに、更に叫ぶ。


「先輩!あんな坊っちゃま見たら礼儀作法も吹っ飛びますよ!」


 バネッサは深呼吸する。

 怒ったとしても、このメイドの様に取りみ乱せばメイド失格だ。そう思っているのでしょう。


 このままでは、話が進まない。私が話を戻すべきね。


「礼儀はいいから、何があったか話しなさい」


「はい!私は、宿屋で食材などの手配を済ませて、手紙を書きました」


「ええ、読んだわ。豚の骨を欲しがったらしいわね」


「そうなんです!医学書を読んだと仰ってましたが、本当ですか?」


「調査中よ。まだ確認できていないわ。それで?それだけ?」


「あ、違います」


 一番言いたかった、大事なことを忘れていた。


「坊っちゃまから指示を受け、食材を手配し、手紙を書いて戻るまで、あまり時間はなかったと思います。それなのに……!」


 メイドの手が握りしめられ震えだす。


「坊っちゃまが……!」


 悔しそうに顔を歪めて叫んだ。


「奴隷と寝てました!」


「それだけ?」


「それだけってなんですか!?一大事ですよ!初めては私のものなのに!」


 メイドが発狂した。昔は優秀だったのに、残念だ。


「はあー……私の前でそれが言える度胸は褒めてあげるわ」


「褒美は坊っちゃまの坊っちゃまの初めてでお願いします!」


「褒美をあげるとは言ってないわ。少し落ち着きなさい」


 サラが深呼吸をする。

 それを確認して、口を開く。


「もともと、あの子に奴隷を与えたのは、そういう意味もあるの」


「そういうのは、私にやらせてください!」


 もうメイドの言葉を無視することに決めた。同じ懇願ばかりで埒が明かない。


「あの子も男の子ですし、女を抱きたくなることもあるでしょう」


「そのお相手は、是非とも私に!」


「あの子が選ばないぐらい、あなたに魅力がないのでしょうね」


「そんな……」


 このメイドは品性がない。

 そういう所なんだろな。見た目はいいのに残念だ。


「報告はそれだけ?」


「いえ、まだあります。先程の話の続きなんですが……」


 指をモジモジ。今度は嬉しそうだ。

 何を報告されるのだ?また、些細なことではないだろうな。


「奴隷ではなく、私を推したところ、ベットに呼ばれまして……」


「そう。よかったわね。それだけ?」


 今日の良かったことを報告されているのか?学園に通い始めた子供レベルの報告しかないか。


「その後、坊っちゃまが、私をお口説きになられて……」


「……それで?」


 もう、聞く必要はないと思う。しかし、このメイドは優秀……だった。今もそうだと思いたい。何か考えがあると思いたい。


「舞い上がってしまい、朝から夜の務めを行おうとしたのです」


「………………」


 もう、相槌すら打てない。なんで、私がメイドの話に付き合わされているんだ。


「まずは、坊っちゃまを昂らせようと、撫でていたのですが」


 本当に何を聞かされているのだろう?


「坊っちゃまが、精〇がまだだと仰いまして、残念ながら、お預けとなりました……」


「そう……」


 時間の無駄だった。こいつが優秀だと思った自分が馬鹿だったのだろう。


「坊っちゃまは、いつ、精〇という言葉を知ったのでしょう?八歳にその様な教育をされているのですか?」


 そのような教育はないはずだ。だが、聞かれたら答えるだろうな。

 教育を担当していたメイドに確認する。


「どうなの?」


「…………そのような教育はありませんが、ドトス様が精〇された際、大人になったとご自慢されていました」


「そう……」


 言葉を知っていてもおかしくないようだ。


「先輩。なぜ、精〇が大人の証なのかは、ご説明されましたか?」


「いえ、説明しておりません」


「では、男女の営みがどの様な行為かも、坊っちゃまはご存知ないのですね?」


「はい。その通りです」


「それは妙ね……」


 メイドが言いたいことが分かってきた。


 メイドが行為におよぼうとした時、何をしようとしているのか、明らかにわかっている。


 子供の考える男女の営みなんて、ハグとキスぐらい。それと精〇を結びつけることはないだろう。


 教えてもいないことを、なぜ知っている?


「やはり、坊っちゃまではないのでしょうか……?」


 それは、二日前にメイドが言い出したこと。

 曰く、坊っちゃまがご乱心になった。あれは坊っちゃまでは無い、と。


 温厚なフィルが、メイドに怒気を向けたという。このメイドの不敬な態度を見れば怒って当然だと、最初は気にしなかった。


 その後、水を頻繁に飲むのか聞かれた。確認させたところ、あまり水を飲まないことが分かった。

 それをメイドが騒ぎ立てたが、耳を貸さなかった。たまには水をたくさん飲みたくなることもあるだろう、と。


 その後、フィルがぬいぐるみが欲しいと言い出した。メイドはそれを騒ぎ立てなかったが、私は気になった。

 フィルはぬいぐるみより剣や甲冑を好む。なぜ、いきなり嗜好が変わったのだろうか?


 翌日、フィルが領主を諦めると報告を受けた。

 領主になるため、日々頑張っていた。それを、いきなり諦めると言い出したのが、信じられなかった。

 しかし、結果が出ず、挫折したと考えられる。


 夫に相談し、長男のドルスに確認してもらうことになった。

 

 ドルスが確認した結果、領主どころか政治を拒絶している、フィルとは別人の思惑を感じる、と断定した。


 誰かがフィルを諭した。そう考え、専属メイドと護衛に確認したが、政治に関わらないよう諭した者の存在は確認できなかった。


 それで、悪魔憑きの可能性が出てきた。


 悪魔憑きは、ゴーストが人に憑いた存在。

 最初は本人の意思があるが、次第にぼやけていき、ゴーストが体を乗っ取ると同時に精神が入れ替わる。


 対処が遅れると、入れ替わった精神が薄れて消滅し、ゴーストを払っても消滅した精神は復活しない。

 眠ったまま目覚めない。食事も水分補給もできず、そのまま息を引き取る。


 フィルは既に体を乗っ取られ、精神も入れ替わっているかもしれない。


 もう、あの子は帰ってこないかもしれない。


 どうしようもない不安が募っていく。


「はあ、坊っちゃまでない人に愛を囁くなんて……ぼっちゃま以外のお嫁にいけない……」


 そうじゃなくても、フィル以外のお嫁に行く気がないだろう。

 これでも、優秀なメイドなんだけど……なんて残念なんだ。精〇の話から確信に迫るし……なんて残念なんだ。


 残念すぎて、呆れて……逆に少し気を取り戻した。


「悪魔祓いの手配はしているわ。もうじき、準備が整う。それまで、骨のスープを飲ませないようにして。何かあるかもしれない」


「かしこまりました」


 その後、いくつか打ち合わせをして、メイドは退室した。

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