第14話 やっぱり残念なメイド


「ああ、坊っちゃま、怖がってる顔も素敵です」


 僕は今、メイドに何かされようとしている。何されるか分からないが、身に危険を感じる。


「チュッ♡チュッ♡坊っちゃま。愛しています。チュッ♡」


 メイドは僕に抱きつき、頬っぺたにキスを落としている。

 

 反対側には僕の腕に抱かれている奴隷が居る。


 両手に華ってやつか。何も怖がることなかったな。天国だったよ。


「キス……」


 奴隷が呟いた。


 キスしたいのかな?いや、違うかもしれない。どっちだろう?

 キスしていいって言ったら、自惚れていると思われそうだな。


 まあ、いいか。僕には魔法の言葉がある。


「君も、好きにしていいよ」


「は、はいっ!」


 どうとでも受け取れる、曖昧な許可!


 奴隷は僕の腕に抱かれている状態。何もしていない。


 離れたかったら離れていいし、キスしたかったらキスしていい。自惚れていると思わせない!……たぶん!


 奴隷は身動きして顔を近づけ、頬っぺたにキスをする。


 キスをしたい、が正解だった。自惚れではなかったか。


「くうぅぅ……!」


 逆側でメイドが唸っている。


 そういえば、メイド褒めてないじゃん。自己肯定感を上げるのが目的だったのに……。


「食材の手配、ありがとうね」


「い、いえ、ご命令に従ったまでです」


 なんか急に、しおらしくなった。


「チーズ屋さん、あんなに寒いと思わなくて、コートを準備してくれていて助かったよ。買ったチーズも帰りに受け取らないといけないって思ってたから、配送の手配をしてくれて助かった」


「それも、メイドの仕事ですから……」


「気の利くメイドさんで助かっているよ」


「はうぅぅ……♡」


 よし!いい感じ。もう一押し!


「あと、思っていた以上に疲れててね、少し強引に宿屋に連れ込んでくれて助かったよ」


「坊っちゃま……」


 決まったかな?自己肯定感上がったかな?


「犯しますね♪」


「なんで!?」


 あっ!そうか!このメイドは快楽を満たそうとするセクハラタイプ!

 

 セクハラタイプは、何かしらの行為を受け入れると調子に乗る。あと、褒めても調子に乗る。

 調子に乗って自分のことが好きだと思い込み、セクハラをしてくる。

 

 これの対処法は嫌いですアピール。不快なことをされたら、我慢せずに嫌な顔をしたり「キモイ」と言えば勝手に傷ついて離れていく。


 というか、僕が褒めてもサラの自己肯定感は上がらない。

 自分で自分を肯定するから自己肯定なのだ。何やってるんだ僕は……。


「坊っちゃまが悪いんです。そんなに私を誘惑して……何をしても不問にするって、最初に言いましたよね?最初からそのつもりだったんですよね?気づかないですいませんでした。今、気持ちよくして差し上げますね」


 メイドの手が体を這う。くすぐったいけど気持ちいい。


 気持ちいいんだけど……。

 

「〇通まだなんだよね……」


 まだ八歳。成長途中なのだ。


「僕が大人になるまではお預けだね」


「くうぅ……!」


 めっちゃ悔しそう。


「坊っちゃまの初めてを貰う絶好の機会だったのに……!」


 それを悔しがるなショタコン。


「その調子だと異動させられそうだね。僕が大人になるまで傍にいるのかな?」


「ぐわああぁ……!離れたくない……!」


 はしたない声を上げて、のたうち回っている。


 やっぱりこのメイドは残念だ。



 ………………………………………………



 宿屋での休憩を終えて、お昼ご飯まで少し時間がある。

 

 ということで、調理道具を買うことにした。


「坊っちゃまが使うのなら、特注品にしましょう」


「いや、今日使うから、出来合いの物にするよ。そんなに自分で料理する気ないしね。今回は実験みたいなものだよ」


「そうですか……」


 料理は化学だ。実験と言っても間違ってない。たぶん、おそらく、きっと……。


 この世界の調理器具は、前世と変わらない。


 料理自体も前世と変わらないんだから、調理器具も変わらないのが普通か。


 今世で食べてきたのは、西洋料理っぽいもの。西洋料理が何かは分からないけど……。

 

 ちなみに、僕は西洋料理の調理器具は知らない。専門用具を使わくても西洋料理作れるんだよね。

 だから、知らない物もある。


 知らない物は無視して、必要なものを見る。


 まず鍋。ある程度の大きさの寸胴鍋。これは適当でいい。

 フライパンはどうしよう?使うかな?何作るんだっけ?


 豚骨スープ、チャーシュー、野菜は切るだけ……。


 あ、チャーシュー作るなら蒸し器いるかな?……いらないか?チャーシュー作ったことないから分からないや。


 煮込めばいいかな?鍋ふたつ買えばいいや。


 次にまな板。

 …………木製の板しかない。代わり映えないなー。まあ、切れればいいもんね。

 

 材料の木が違うっぽいけど、分からないから適当でいいや。


 後は包丁。

 こっちは色々ある。小さいペティナイフ、一般的な牛刀、長い包丁、パン切り包丁。他にも色々たくさん……いや、大きさが違うだけか。種類は少ない。


 中華包丁が欲しいけど、売ってないな。厚めの包丁を買おう。


 メイドに手配を任せて店を出る。


 そろそろお昼時、屋台めぐりだ。



 …………………………………………



「坊っちゃま、今の時間は混雑します。城に戻られるべきかと思います」


 そうか。混雑するか。それは嫌だな。最初に屋台巡りをするべきだったか。

 そういえば、先に市場巡りを提案したのメイドだな。


「お昼は混雑するの知ってた?」


「はい。存じておりました」


「なんで、屋台より先に市場を提案したの?」


「朝食後というのもありますし、屋台の人も休憩や仕込みがあるので、市場を優先するべきだと考えました」


 そうか。休憩時間と仕込み時間か。それなら、しょうがない。

 料理人は時間に追われる。仕込みも大変だし、ゆっくりできる休憩時間に客は来て欲しくないよな。わかる。


「それなら、遅めに行くべきなのかな?」


「はい。そう思います」


 じゃあ、少し待ってから行こうか。

 ……いや、豚骨スープを作るなら、昼過ぎには始めないと、完成が夜中になりそう。


 今から行こうか。どのくらい混雑しているか見るのも貴族の教養だと思うし。うん、そうしよう。


「屋台に行こう」


「え?坊っちゃま?」


 困惑しているメイドに構わず、馬車に乗って屋台が集まる場所に来た。


 人は多いけど、休日の大型デパートぐらいの人混み。歩き回ることは余裕でできる。


「何か食べたいものはある?」


 奴隷に聞いてみた。


「わ、私はなんでも……」


 そうか、なんでもいいか。


「坊っちゃま、奴隷のご飯は城の食事のレベルを約束しておられます。屋台の食べ物を与えると、お母君の尊厳に関わるかと……」


 ああ、そうなるのか。下手に与えない方がいいか。


「じゃあ、僕が食べたいものを……」


 と言っても、食べたいものは特にないけど……。

 とりあえず、いい匂いがする串焼きを食べよう。


 結構、いろんな串焼きがある。あ、それは前世と同じか。

 見て分からないものを店主に聞いてみた。


「コレは豚のお腹、コレは肝臓。心臓。腸。舌」


 全部豚か。そういえば、この世界の豚ってどんな見た目だろう?


 まあいいか。それより、何食べよう?豚バラかな?舌もいいよね。


 うーん……。腸を食べてみようかな。

 民間療法で、強化したい部位の肉を食べて、自信を強化する考えがある。目が優れている鳥の目を食べて、目を良くするとか。

 そんなことで良くなったりしないが、もともと目だった細胞は、自身の目に作り替えるのが楽だとか。


 そこら辺は難しい話だから分からないけど、願掛けにはなるかな?


「お腹と腸をください」


 なんか、そこだけ言うと怖いな。サイコパスっぽい。


 メイドが店主から串焼きを受け取り、邪魔にならない所で食べる。


「坊っちゃま、毒見をしますね」


 ああ、そうか。毒見いるのか。貴族だもんな。城の料理は予め毒見してあるのかな?


「う〜ん。おいしい〜」


 美味しそうにたべるなー。

 メイドが食べたかっただけかな?そういえば、ここで食べないと、メイドも護衛も飯抜きになるのかな?


「毒はありません。どうぞ、坊っちゃま」


「ありがとう」


 一口噛じるが、噛みきれずに一塊り丸ごと口に押し込む。


 塩と油の味が口に広がって美味しい。でも、それが過ぎれば味のない硬い物質。

 ただ噛むだけで飽きる。大きすぎて飲み込むのも難しい。


「坊っちゃま、噛みきれないのなら、私の口に出してください」


 メイドが口を開けて待機している。残念なメイドだ。


 魔法で口の中に水を作って、無理やり流し込む。


 メイドの口には、残りの豚バラを咥えさせる。


「むう?……もういいのですか?」


「うん。噛みきれないから」


 正直、食べたくない。


「承知しました。……奴隷、食べなさい」


「私ですか!?」


「奴隷のご飯は、主の食べ残しを食べるのが普通です。覚えておきなさい」


 それは僕も知らなかった。覚えておこう。


「奴隷には、屋台の食べ物をあげないんじゃなかった?」


「私も護衛も仕事中です。買い食いをすれば、主であるご当主様の威厳に関わります。奴隷には、帰城後きちんとした物を与えれば構いません」


 屁理屈に聞こえるけど、今は仕事の顔をしている。

 仕事の顔のメイドさんは信じたい。魅力的だし。尊敬できるし。


「腸の方も毒見しますね。……う〜ん。おいしい〜」


 ああ、残念だ。魅力が消えた。


 メイドから腸を受け取り、食べる。

 ……うん。美味しくない。そして、硬い。


「坊っちゃま、無理に飲み込まず、私に出してください」


 メイドが口を開けて待機する。


 …………なんか、エロいな。


 口の中の肉と一緒に、言葉も飲み込んだ。

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