第11話 お買い物


 昨日いろいろ考えて、今すぐ状況を改善するのは無理だと結論を出した。

 そして、今すぐは無理だから、考えたこと全部やってみようと決めた。

 

 どのみち、学園に通っていれば二十歳までは勉強と訓練だ。八歳では即戦力にならない。

 今すぐは無理でも、少しづつ力を付ければいい。


 ただ、体の病弱さは何とかしないと、寝込んでばかりでは強くなれない。

 まずは、体づくりから。


 まず改善したいのが、腸。


 腸は体の中で1番汚い場所だ。

 1番汚い場所だから、体の免疫が1番集まる。腸内環境が良くなれば、免疫が腸以外にも働きやすいとか……。あれ?違った気がする。

 

 腸内環境が悪いとガスとか発生して、それが体調不良に繋がるから、それを予防するために腸内を整えるんだっけ?


 まあ、いいや。とにかく腸は大事。


 料理人の体調管理としても、お腹の調子は重要だ。


 お腹が痛い時、腹痛を起こす菌に感染しているかもしれない。

 下痢の時は、下痢を引き起こす菌に感染しているかもしれない。

 そういった感染症を移さないために、腹痛や下痢の症状があれば、食中毒に繋がるから、仕事を休まないといけない。


 検便で腸内検査は義務付けられているが、最低で月に一回だけ。

 月に一回の検査で安心なんてできないから毎日便の様子を見るのだ。


 いつもの癖で、こっちの世界でもやったのだが、普通に悪かった。


 というわけで、腸に良さそうなものを探そうと、城下町に来ている。


「市場と屋台どっちから回りたい?」


「私は、ご主人様と一緒ならどこでもいいです」


 なんかカップルみたいな会話だなあ。ご主人様ってワードがぶち壊しているけど。


 奴隷って結構かわいいんだよな。

 顔がいいし、人懐っこいし、尻尾ぶんぶん振るし、こんな彼女が居たらいいなって思う。

 せめて、呼び方を主人に変えることはできないだろうか?

 いや、僕に向かって主人だとおかしいか。名前呼びか、『あなた』が無難か。

 

 どっちにしても、許されないだろいな。奴隷だし。


 基本的に、奴隷や使用人は主の名前を呼ばない。呼んでいいのは、区別する時だけだ。

 そして、貴族は使用人や奴隷の名前を呼ばない。呼んでいいのは、名指しで指示を出す時ぐらい。


 名前を呼び合うとか、甘い関係にはなれない。


「坊っちゃま。お昼まで時間がありますし、先に市場から回られた方がいいかと思います」


「それじゃあ、市場から回ろうか」


 僕の目当ては、乳酸菌系の飲食物。あとは、食物繊維の多そうなもの。


 市場をザッと見てみる。

 さすが異世界というか、何かよく分からない物だらけだ。

 前世の野菜とかなり似ているけど、色や形、大きさが全然違う。


 トマトとナスが合体したようなものとか、スイカみたいな縞模様のキュウリとか、ミニトマトサイズのカボチャとか……見てて楽しいけど、目的の物が探せない。


 そもそも、前世の栄養学が通用するとは限らないから、体に良さそうなものがあればいいな、ぐらいに思っていたが……全く分からない。


 見た目で判断できそうな食物繊維を探したいけど……切ってみたり潰してみないと判断が難しい。


 とりあえず、水に溶ける水溶性食物繊維を探してみようかな?アレは海藻のイメージがあるし、海藻を探せばいいかな?


 そんなことを考えながら歩いていると、茎野菜が目に入った。


 茎は、真っ直ぐに伸びようと頑丈に育つ。アスパラガスとか、食物繊維が多いイメージがある。


 茎野菜を選べば良かった。不溶性食物繊維は見つけたことにしよう。


 市場は区画ごとに種類を分けているみたいだ。

 野菜、果物を眺めて歩いて、次は肉の区画だった。


 加工肉が多い。ソーセージ、ベーコン、生ハム原木らしき物もある。


 特に代わり映えがなく、さっさと歩いていると、チーズを見つけた。


 肉と一緒の区別なんだ。動物の乳で作っているから、間違っては無い気もするけど……。


 チーズは探していた食材の1つだ。


 乳の発酵食品。乳酸菌が入っているに違いない。


 人の母乳には免疫物質が入っている。赤ちゃんはそれを飲んで免疫を手に入れる。……みたいなことを栄養学の先生が言ってた気がする。


 予想だが、同じ哺乳類である牛や豚も、そうやって免疫を手にいれるはずだ。


 その免疫を是非とも頂きたい!……いや、無理だ。腹壊す。

 というか、免疫が生きているわけないか。

 乳酸菌は免疫物質とは違うんだっけ?


 まあいいか。

 乳酸菌にも種類があって、体に合うもの、合わないものがある。

 毎日食べて、調子が良くなったら良いな、ってことにしよう。


 何はともあれ、チーズのお店に行く。


 お店の前は日が遮られていて、涼しい。いや、ちょっと寒い。魔道具が使われているんだろうな。


 メイドがコートを着せてくれる。準備がいい。しかし、奴隷の分のコートはないようだ。

 奴隷は魔道具の効果範囲から出てもらった。


「いらっしゃいませ!どんなものをお探しですか?」


「癖がなくて食べやすい物はありますか?」


「はい。ありますよ」


 いくつかオススメを試食させてもらった。

 

 味は日本のチーズとあまり変わらないかな?でも、旨みが強い気がする。

 原料とか製法で味が変わるから、誤差の範囲かな。


 どれも美味しい。全部欲しい。


「どれを買いますか?」


「どれも美味しいし、試食したやつ全部買いたいな」


「おお!ありがとうございます!」


 買うのは決めたけど、今買うと痛むんだよな。帰る前に寄った方がいいよな。


考えていると、サラが動いた。


「お城まで届けてください」


「はい!かしこまりました!」


 そうか、届けてもらえばいいのか。貴族だもんね。買いに行くより届けさせるのが普通だよね。


 サラが会計を済ませ、城への手配をしてくれる。

 私語が多かったり、残念な言動が多いけど、意外と優秀なのかもしれない。


 母上は優秀な部分だけ見て僕の専属メイドになるのを許したのだろうか?


 可愛いくて仕事が出来るメイド。仕事中の横顔は綺麗で大人の魅力を感じさせる。


 メイドが僕の視線に気づき、笑顔を見せる。仕事中じゃない、僕に向ける顔だ。


「坊ちゃん、見惚れてたんですかぁ〜?良いですよ〜♡好きなだけ見てください♡」


 やっぱり、残念なメイドさんだ。


「行こうか」


「え?坊っちゃま?私の品定めはもういいのですか?今なら無料ですよ?買いませんか?」


 やっぱり残念だ。この状態のメイドも可愛いが、仕事の顔をしたメイドの方が断然魅力的で好きだ。


「ご主人様、人を買うのですか?私は用済みですか?」


 奴隷が涙目で聞いてくる。尻尾も力無く垂れて悲しそうだ。


「用済みじゃないよ。手放すつもりは無いから」


 頭を撫でて落ち着かせる。

 

 頬が緩んで、尻尾がパタパタ動き出した。かわいい。


「坊っちゃま、私の頭も撫でませんか?今なら撫で放題ですよ」


「行こうか」


「え?坊っちゃま?」


 いつでも撫で放題になりそうなメイドに構わず、奴隷の手を引いて歩き出す。


 ああいった人は下手に構うと調子に乗るのだ。そこそこ塩対応した方がいい。


 あっ、でも、優秀だし、アンチじゃないし、どちらかと言うとファンみたいな雰囲気あるし、少しファンサービスしてもいいかな?

 さっき、手際よく手配してくれたし、お礼はしないと今後に支障が出るかも。


 振り返ってメイドの手を取り、目を合わせてお礼を言う。


「さっきは手配してくれてありがとう。帰る途中で受け取りに寄らないとなって思っていたから、助かったよ。これからもよろしくね」


 言いながら、ぎゅうっと握る手に力を入れる。

 アイドルが握手会でやる方法だ。相手が惚れるらしい。


 効果は抜群らしく、サラの顔が緩んでいる。それを隠すように、空いてる手で顔を隠しながら天を仰いでいる。


「坊っちゃま!疲れましたよね!?宿屋に行きましょう!」


「市場を回ろうか。行くよ」


「あ、坊っちゃま……」


 宿屋でナニをする気なんだ?護衛もいる前で堂々と誘うか?っていうか、こっちの世界でもそういう目的の宿屋があるのか?


 何はともあれ、宿屋には行かない。残念そうなメイドの手を引っ張って歩く。


「ああ、坊っちゃまに引っ張られるのいい……♡」


 やっぱり、このメイドは残念だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る