第10話 姉上


 考え事をしていると、姉上がやってきた。


「フィル。また体調崩してたらしいね」


「ええ、そうなのですが、もう回復しましたので安心してください」


「回復すれば安心する訳じゃないのよ。体調を崩すこと自体が悲しいの」


「すいません。ご心配をおかけして……」


「フィルの為ならいくらだって心配できるわ。だから、そろそろ剣は諦めて勉強に専念しない?」


 勉強もいいけど、剣を辞めることはできない。

 

 今までは力を求めて剣を振っていたけど、今からは健康のために剣を振るのだ。

 もう、心配させない。


「適度に体を動かさないと、体が悪くなるので、剣は嗜む程度に続けます」


「そうか。無理しないならいいよ。頑張ってね。……あっ!いやっ!、頑張らないでね!無理はダメだよ!」


「ははは……」


 本当、今まで沢山心配させてきたんだな。頑張らないでねって初めて聞いた。


「そ、そうだ!私、南の方に視察に行ったんだよ!領の端っこまで!それで視察ついでに、村の設備の強化とか、魔獣狩りとか、魔獣の肉を保存食にしたり。それでね、お土産持ってきたんだ!」


 姉上は懐から魔獣の牙を取り出す。


「これは、悪食の牙!病だって食べちゃうって言われているんだよ!」


「へえ〜。どんな魔獣から採れる牙なの?」


「えっとね、たしか、毒を持つものを食べた動物の牙が『悪食の牙』って言われているらしい」


「そうなんだ。効果はどのくらいですか?」


「お守りみたいなものだから、無いに等しいわ。教会でちゃんと力を込めてもらえば、かなり効くと思うけど……」


「教会の祈りの力は効果がなかったですもんね……」


 病気なんかは基本的に教会で治せる。でも僕は治らなかった。

 だから、体調を崩す度に寝込んでいるのだ。ちゃんと効果があれば、学園にも通えたのだが……。


「どうせ効果がないなら、お姉ちゃんが持ってきたお守りを使ってみない?」


「そうですね。ぜひ、使わせてください」


 姉上からのお土産。何度も貰っているけど、やっぱり嬉しい。


 何かを貰う。そして受け取るという行為は、相手を認める様なもの。

 嫌いな人からは何も貰いたくない。だけど、受け取った。その矛盾に正当性を持たせるために、アイツは嫌いじゃないと、脳が勝手に勘違いするのだ。


 まあ、姉上のことは最初から好きだから、好きの上掛けされているだけなんだよね。


「姉上の調子はどうですか?」


「元気だよ。でも、フィルに会ってもっと元気になっちゃった!」


「それは良かったです」


 姉上は、僕のどこが好きなんだろう?

 

 僕は何も姉上にあげていない。ただ、僕が貰うだけの関係だ。


 世の中には〝与える人〟と〝奪う人〟が居る。

 

 与える人は、物でも知識でも与える。その性質上、聖職者のような人徳を持つ。

 奪う人は、物でも知識でも奪う。その性質上、泥棒のように、人に嫌われる習慣を持つ。


 聖職者は、同じ聖職者を好み、泥棒を悪として嫌う。

 泥棒は、物や知識をくれる聖職者を好み、物や知識を奪う泥棒を嫌う。


 僕は、物も知識も与えてもらって、何も返せていない。泥棒のような存在。

 姉上は、物も知識も与える聖職者。泥棒の僕を好むはずがない。


「そういえば、メイドさんが噂していたんだけど、領主になるの諦めるんだって?」


「うん。僕には無理だよ」


「そうかー……。諦めちゃうんだー……」


 姉上は、僕に領主になって欲しくて、物も知識も与えてくれていたのかな?


 期待を裏切るようで申し訳ない。でも、それ以上に、姉上に嫌われると思うと、悲しい。


 結局、僕は泥棒。何も返さないくせに、姉上の愛は欲しい。浅ましい。自分が嫌になる。


「でも、フィルに無理はして欲しくないし……勉強も嗜む程度に抑えるのかな?」


「いえ、体調が戻れば知識だけは詰め込むつもりです」


「そうなの?無理しちゃだめだよ。頑張らないでね。私はフィルが元気でいてくれる方が嬉しいから。もし、それじゃダメだって叱る人がいたら、私に言ってね。ぶっ飛ばしてくるから」


「ははは……ありがとうございます」


 勉強するだけでここまで心配されるって、どんだけ信用ないんだろう?

 今まで自分のことで精一杯だったから、よくわかんないんだよね。


「姉上は、僕に領主になって欲しいんじゃないの?僕が領主にならなくていいの?」


 領主になって欲しいのか、なって欲しくないのか、意思がブレまくっていて、目的が分からない。

 いや、僕が元気ならそれで良いって言ってたか。それが答え?


「フィルが大好きだから、大好きな人に夢を叶えて欲しかっただけだよ。まあ、戦場で全力を出したいし、フィルが領主になるって言ってくれたのは渡りに船だったんだけど……」


 僕が好きだから、応援してくれていたのか……。

 なんか、ますます申し訳なる。

 

 このままでいいのかな?まあ、こうやって悩んでいるぐらいだし、良くないってわかっているけど……。


「悩まないで。お姉ちゃんはフィルの味方だから」


 姉上は僕の味方。でも、僕は姉上の味方になれない。

 好きなのに、守れない。力になれない。

 でも、せめて、心配だけはしたい。


「姉上、無理はしないでくださいね。僕も姉上が元気じゃないと悲しいです」


「ありがとう」


 姉上が僕の頭を撫でてくれる。

 嬉しいけど、姉上の顔は、少し寂しそうで……。


「本当は、無理しないって言うんだけど、フィルも八歳だし。正直に言うね」


 姉上が真剣な表情になった。

 姉上のこんな表情見たことない。いつも、優しい顔をしていたから……少し怖い。


「私は、皆を守る。村の人も、街の人も、大好きだから。何かあれば、全力で戦う。例え、死ぬとしても退かない。大切な人たちを見捨てて逃げるぐらいなら、死んだ方がマシ」


 死んだ方がマシ。姉上の口から聞きたくなかった。

 兄上も同じことを思っているのかな?何かあれば、僕に任せたいって、そういう事なのかな?


 悲しい。大好きな姉上と兄上が居なくなるかもしれないなんて、そんなの嫌だ!


 涙が溢れて前を向けない。何も出来ない自分が悔しい。


「ごめんね。無理しないと、一番大好きなフィルも守れないから。ごめんね、フィル」


 そう言って、姉上が退室する。


 姉上を失いたくない。兄上を失いたくない。姉上と兄上を失うくらいなら、僕が死んだ方がマシだ!


 ……そうか、姉上達も僕と同じだ。失いたくないのだ。

 ただ、姉上達には力があって、僕には力がない。


 ……力が欲しい!姉上も兄上も助けられる力が!


 何か無いか?前世の記憶で強い力。


 銃、ミサイル、核……思いつくのはこのくらいか。


 銃は役に立たない。

 姉上たちは見えないぐらい早く動ける。そんな姉上達が苦戦する相手に銃で勝てるわけない。


 ミサイルと核もダメ。

 前世は料理人だったから作り方がわからない。


 自分を鍛えるしかないか?

 正直、鍛えられるとは思えないけど、銃より確実。

 というか、銃の作り方もわからないな。


 姉上達を強化するのもいいか?

 武器とか防具とか……その知識が僕にはないのか。


 魔法での強化はいけるか?

 いや、そもそも姉上達は、強化して素早く動いているのかもしれない。

 もっと強化できるとしても、それは僕がやるのか?その場に僕が居るのか?


 魔道具みたいなものを作ってみるか?

 作れるとしても、腕のいい魔道具師は既にいるだろうな。銃の知識を使っても、役に立てるか怪しい。


 どうすればいいんだろう?

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