第9話 兄上


 軽く運動して、ベットに横になって奴隷と会話して、今はお昼ご飯。


 お昼ご飯はサンドイッチ。


 基本的に昼休憩は無いから、軽くつまめるものを食べるのが一般的だ。


「お昼、サンドイッチだけでいい?昨日の夜みたいな豪華な食事じゃなくも大丈夫?」


「はい。前は朝と夜しか食べていませんでしたし、量も少しでした。美味しくて、十分な量を食べれて幸せです」


「そうか。よかった」


 奴隷の昔話は重くて受け止めきれない。なるべく過去に触れないように会話しよう。

 そう思ったら、何を話せばいいかわからず、結局一言も喋れないのであった。



 …………………………………………………………



「やあ、フィル。こんにちわ」


「あ、兄上。こんにちわ」


 長男のドルス。爽やかイケメンな次期当主候補。

 ドルス兄さんは、当主候補でありながら、当主を目指していた僕を応援してくれていた。

 相手にされていなかったのか、別の理由があるのか分からないが、大好きな兄上だ。


「領主になるのを諦めるって聞いてね。本当にそれでいいの?」


「はい。領主にはなりません」


 前世の記憶では、政治家がしょっちゅう叩かれていた。

 あっちを立てればこっちが立たないというか、何をしても文句を言われる。

 僕はそんなの耐えられない。


「フィルは優しいから、いい領主になってくれると思っていたんだが、残念だよ」


「兄上の方が優しくて、頭も良い。絶対兄上の方がいい領主になるよ」


「ははは。褒めてくれるのはありがたいんだが……私に何かあればフィルに頼もうと思っていたんだ」


「何かって、縁起でもない……」


「私は戦になれば戦場に行くし、強力な魔物が現れれば討伐に行かねばならない。その間の留守と、帰れなくなった時の代行を任せたいんだ」


 貴族として、国民に危険が近づけば一番危険な場所で戦わなければいけない義務がある。

 当然、死ぬ可能性は高い。兄上の考えも当然の帰結だろう。


 この世界には冒険者や傭兵がいて、領軍の代わりに町や村を守っているが、ろくに訓練できない人がほとんどだ。領軍には遠く及ばない。


「それでは、僕が傭兵団を作りましょう。そして、兄上の生存率を上げます。それと、領軍が不在の間の領内の安全も確保します。政治は兄上か姉上に任せます」


「ははは。そうか。助かるよ。しかし……フィルを可愛がっている人は多い。兄弟にも、騎士にも、使用人にもフィルは人気だ。政治をしないとしても、皆の上に立ってくれるとありがたいんだ」


 僕ってそんなに人気なんだ。兄上や姉上にはよく可愛がられていたけど、騎士とか使用人にも可愛がられていたのか。


「フィルを支えようと言っている兄弟も多いんだ。考え直さないか?」


「屋敷の中の人だけにしか、人気は出ませんか?街の人とか、村の人はどうですか?」


 屋敷の外で人気が出るのなら、傭兵団を立ち上げて事業拡大をした方がいい。


「…………正直、フィルは屋敷の中にいて欲しい」


「どうしてですか?」


「フィルは体が弱いからね。軍役の義務が免除されるだろう。だから、フィルが屋敷で政治をするのが、貴族としての義務だと思っている」


 貴族の義務だとしても、政治はやりたくないな。座学は結果が出てないし、政策も上手くいくとは思えない。

 上司の決めたことで部下が散々な目にあうのは、前世の記憶に深く刻み込まれている。


 できれば、別の道を進みたい。

 領主や役人の手が届かないところに行くとか、町民に紛れて困っていることを伝えるとか、そういうのがいいかな。


 それに、問題もあるし……。


「僕は、学園に通えません。学園に通わず政治をするのは、他の貴族に示しがつきません」


 学園には、他の貴族との顔合わせや領地経営を学ぶために行く義務がある。

 

 学園に通わずに政治などしたら、なめられるどころか不信感を持たれる。

 僕が政治を行えば、取引のある貴族との契約が打ち切られるだろう。


 僕が学園に通えればいいが、体が弱い。まともに学園生活を送れないだろう。それに、成績が悪ければ、どのみち不信感を持たれる。学園に通っても、どうにもならない。


「兄弟全員が戦場に出るわけではない。残った兄弟に形だけの領主代行をしてもらって、実質的な領主代行をフィルに任るつもりだよ」 


 それなら、大丈夫か?

 でも、政治は嫌だし……頭が回らなくなってきた。

 一度休もう。


「申し訳ありません兄上。病み上がりで、まだ調子が悪く、少し休ませてください。領主代行の件は考えておきますので……」


「ああ、そうだね。気を使えなくて済まない。ゆっくり休んでくれ。フィルが元気でいることが、私の一番の願いだよ。無理はしないで、周りを頼るんだよ」


「はい。ありがとうございます、兄上」


 兄上が退室し、僕はベットに横になる。


 脳は、同時に二つのことをするのが苦手だ。話を聞きながら考え事するとすごく疲れる。

 

 頭を休めるには、とっても単純な何か一つのことに集中する必要がある。

 というわけで、呼吸に集中する。


 特に意識しない。自然体で呼吸して、それを認識する。

 息を吸った時に肺が膨らむのを感じて、息を吐いて肺が萎むのを感じる。


 自然な呼吸は意識しなくてもするもの、それに集中すれば脳を休めることができる。


「ご主人様。ぽんぽんしましょうか?」


 僕が寝ると思ったのかな?奴隷が寝かしつけようとする。


「いや、大丈夫。寝るわけじゃないし、アレをしなくても寝れるから」


 ぽんぽんされるの心地いいけど、同い年からされるの恥ずかしいんだよね。僕って思春期だし。

 それに、前世の記憶を入れたら僕、三十歳超えだし、子供にぽんぽんされるのは抵抗がある。

 昨日のは、精神が弱っていただけだし、普段からして欲しいわけじゃないし……。


「じゃあ、何かして欲しいことはないですか?」


「う〜ん……特にないかな」


 ないというか、考えるのを止めただけだ。

 頭を休めたいのに、頭を使うのは本末転倒だ。


 なるべく考えないようにしなければ!……と思う時ほど、ごちゃごちゃ考えてしまうのだが……。


 


 僕は政治をできるかな?まあ、無理だろう。


 僕が把握出来ないぐらい、職業がある。生活様式も様々。商人の商売なんて頭が爆発するぐらい意味わからない。


 そんなわからないだらけで、僕が何か指示したとして、上手くいく保証はちっともない。

 

 精密な機械のように、人と人が結びついて社会が機能している。

 精密機械を下手に弄ると、当然壊れる。

 上手に弄るには、機能の理解と、変更点が他の部位にどう影響するかの予測が必要だ。


 僕はまだ八歳だ。これから覚えられるかもしれない。

 でも、知識だけでは足りない。実際にやらないと分からないことがある。

 体力の消耗とか、現場の細かな工夫とか。

 特に現場の工夫は大事だ。それを潰されれば、上手く機能していたものが、成立しなくなってしまう。


 学園では、広く深くそういったことを経験するのだが、僕は学園に通えない。


 学園卒業後も領内の視察ついでに体験したりするのだが、僕は体が弱いから視察に耐えられない。


 どう考えても、領主代行はできない。兄上は何を考えているのだろうか?

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